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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
45日目、利用なのです
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王と皇②



(精神的疲労を抱えすぎているはず……リツカ様達ならば乗り越えるでしょうが、肉体的疲労と合わさった時、もし……)

「アンネリス?」

「っ! も、申し訳ございません」


 負い目からか、アンネリスはリツカの事が……ただただ心配であった。アンネリスは、リツカが王都を発ってから考えていた。リツカが抱えている、傷について。


 この世界に来て、最初のマリスタザリアを倒した。まともな魔法はなく、無我夢中で発動させた魔法で、何物か分からぬ物を殺した。世界の秘密と危機を聞かされ、その場で英雄となることを選んだ。幾度もの戦闘を経て、傷つき、それでも折れる事無く進んだ。折れかけた戦争後のマクゼルト強襲。それすらも乗り越えた。

 

 起きてすぐに、自身の異変を知った、無くした魔法と感知能力。それでもなお戦った。感知すらない所為で、いつもより傷ついた。病み上がりなのに、死に掛けたのに、それでも戦った。


 ライゼルトの死を知った。それも自分の所為だと思っている。そして、アンネリスから殺意を向けられた。リツカにしてみれば、いわれのない悪意であっただろう。アンネリスはそれを理解して尚、止まれなかった。リツカはそれを――受け入れてしまった。


 更に旅は続いた。恐らく初めて見たであろう死体。向けられる人の憎悪。この世界の裏。純粋だからこそ、傷つく。アンネリスはそう考えている。


「カルラ様はどうして、王都へ? 妹君ならば、この周辺には……」

「なの。カルメなら北なの。リツカ達が探してくれるの」

「では」

「陛下にお会いしたいの」


 カルメが紹介状を出そうとする。しかしアンネリスは即刻頷き答える。


「分かりました。では、こちらへどうぞ。ご案内します」

「良いの?」

「もちろんです」

「それは……」


 カルラは訝しむ。いくらなんでも簡単に信じすぎではないか? と。しかし、アンネリスの言葉はすとんと胸に落ち込んでくるのだった。


「レティシア様がシーアと呼ばせるのは、親しい者だけです。リツカ様もアルレスィア様とも親しい事が伝わってきます。ならば貴女様は、我々王国の――大切な客人です」

「――なの」


 カルラがぽかんとした表情でアンネリスを見ている。王国の国王、コルメンスの側近であるアンネリス。皇国の諜報部も掴んでいる。厳格で冷静沈着、優秀という言葉が合う麗人であると。


 そんなアンネリスの、なんとも生ぬるい言葉。カルラはそんな言葉を、信じた。皇国では一笑にふし、裏の裏を探るべき言葉を。


(アンネリスの事を信じているはずのシーアはなぜ、アンネリスに呼ばせてないの? それともアンネリスが断ってるの? 良い人なのは間違いないの。何かあったの? レティシアがアンネリスの話をする時、リツカ達から隠れるようにだったの)


 アンネリスも、何度もレティシアに言われていた。シーアで良いと。それでもアンネリスがレティシアと呼ぶのは、敬意からであった。それにアンネリスはもう、シーアと呼んではいけないと……思っている。レティシアが姉と呼ぶリツカに殺意を向けたことで、その権利はないのだと、決め付けてしまった。


「それでは、こちらへ」


 カルラが何を考えているのか、アンネリスもそこそこ理解している。それでも触れることはない。リツカから許されていないのだから、勝手に許された気分で居るのは筋違い。アンネリスは真面目だ。何より、リツカが怒ってないのは誰の目にも明らかだったけれど、落ち込んでいるのは分かったから。


「なの。一応これは渡しておくの」

「はい。お預かりいたします」


 紹介状を一応預かったアンネリスは、カルラを案内する。アンネリスが真っ直ぐに王宮を目指し、案内している。それだけで国民達は理解する。あの黒髪の美少女は国賓なのだと。


「兄様、ここまでで良いの」

「はい」


 中央広場までやってきたアンネリスは、カルラの言葉で失態を悟る。


「も、申し訳ございません!」

「おや……?」

(ふむ……兄様の事で謝ってるの?)


 突然謝ったアンネリスに、カルラはきょとんとしている。


「兄様は気にしなくていいの」

「し、しかし」

「ここに居る皇家はわらわだけなの。これだけで察して欲しいの」


 察して欲しいというカルラを見ながら、アンネリスは頭を働かせる。カルラが気にしていないのは分かった。しかし、皇家への無礼な態度をアンネリスは悔いている。従者と思っていたのだ。


 恐らくこの国の者全て、カルラだけが特別な者と思っていただろう。しかし実態は、エンリケも元とはいえ皇子だ。それなのに、従者と思ってしまったのだ。アンネリスですら失念するほどに、エンリケには圧がなかった。


(察する……皇家は、カルラ様のみ……。皇家には追放などないはずですけど……まさか……?) 

「……! し、失礼しました。それでは、案内だけ、でも」

(皇家については、分からない事の方が多い。もしそうであっても、私は最低限でも礼を尽くさなければ……)

「お願いするの」

「ありがとうございます」

 

 察した上で、それでも礼を尽くそうとしてくれているアンネリスに、カルラは更に信頼度を上げる。こんな出来た側近を持つコルメンスに、更に興味を持つ。そしてそれ以上に、リツカとアルレスィアとの間に何があったのか気になった。


(何があったの。今聞くの……?)


 案内してくれているアンネリスを見ているカルラは扇子で口元を隠しながら迷う。


「アンネリス」

「はい」

「……リツカとアルレスィアに、何をしてしまったの?」

「っ!」


 僅か数度の会話。恐らく向こうでレティシアがそれとなく見せた態度。それだけでリツカとの確執を見破られてしまった。アンネリスは、皇姫カルラを畏敬する。レティシアが信頼し、リツカとアルレスィア、そして多分ウィンツェッツでさえもこの少女を尊敬し、最大限の配慮をしたのだろう。その証が、妹君カルメの捜索の手伝いだ。


「……リツカ様に、殺意をぶつけてしまいました」

「……理由は何なの?」


 少しの怒りを見せたカルラに、アンネリスは深々と頭を下げている。その怒りには身に覚えがある。アルレスィアやレティシアも同じ怒りを持っていた。それだけでアンネリスはカルラとリツカ達の関係を知る。その怒りをもちながらも、冷静に理由を聞くカルラという少女がいかに優秀な精神をしているのかも。


「私には、将来を誓い合った方が……ライゼルト・レイメイ様が居ました」

「この国の英雄なの。確か――」

「今は、居ません」

「……」

(凡そ掴んだの)


 アンネリスの事情を、カルラは直ぐに掴んだ。愛する者を奪われた経験はないまでも、想像は出来る。


「私は愚かにも、リツカ様の所為と……傷つき眠るリツカ様を、殺そうとしたのです」

「……分かったの」

(確執は分かったの。これをアンネリスが話してくれた事と、レティシアの態度から考えると、そこまで深刻じゃないの)


 リツカ達の問題。カルラが怒る必要はない。それでも怒るのは、リツカ達の努力を知っているからだろう。自分がしてもらったように、何処かの誰かも、リツカ達に救われたのだろう。この街全ての者もそうだ。アンネリスの怒りは自分勝手だろう。しかし、カルラ自身の怒りもまた、自分勝手。


(わらわから言えるのは一つなの)

「赦して貰えるのを願ってるの」

「……ありがとう、ございます」


 頭を下げたままのアンネリスの肩に、カルラの手が置かれる。


(「今は居ない」の。いつか帰ってくることを信じているの。シーアがアンネリス関係の話題を避けていた理由なの。否応無くライゼルトの事を思い出させるからなの。つまりリツカとアンネリスの間にはまだ確執があるの。でも、アンネリスが話してくれた事、シーアがそれを示唆してくれた事から、この事でわらわが怒る必要はないの)

 

 もう王宮は目の前だ。カルラはアンネリスに、気にしなくて良いと示すように先行して歩き出す。


(もうアンネリスとリツカの間で何らかの約束事が交わされているの。わらわの怒りは知ってもらったの。だからもう、わらわが怒る事は無いの。アンネリスという女性が持つ負い目。わらわとリツカ達との関係。もうお互い分かっているの)

「アンネリス。案内お願いするの。出来ればこの街全部見たいの」

「はい。カルラ様。お任せ下さい」


 カルラの器はすでに、姫と呼ぶには大きすぎる。すぐにでも国を任せられるとアンネリスは感じ取った。それでも皇女への道は遠い。それもまた、アンネリスは分かっていた。



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