王と皇
カルラの雰囲気が気になったのか、商人の一人はパチパチと目を瞬かせた。
(この国の者では、ないよなぁ。どことこなくリツカ様に似ているか? 絶世の美女って事くらいしか、ないか? クランナの土産話にでもするか。クランナの方が私の土産にとっておきそうだけど)
自身の娘を思い浮かべ笑う。”巫女”達が出発して、どことなく寂しそうな娘。新しく出来た友人であるリタ達と話しているのを良く見るが、それでも居ない者の代わりにはならない。
父の恩人、ひいては国の恩人。それ以上に、自分へ慈愛をもって接してくれた事がクランナにとっての宝だ。クランナの人生は大きく変わった。大人しく、引っ込み思案、誰かの背中で隠れながら顔色を窺う少女だった。しかし、今は違う。率先して人と話し、自分の力へと変えていく。少しでも”巫女”の手伝いがしたいという想いを胸に。
(商人なの。護衛が二人しか居ないの。それくらいで良いって事なの?)
カルラも静かに、商人を見ていた。五人組で、内二人は護衛だ。
(やっぱりこの国は、比較的安全なの)
警戒心を隠しながら、カルラは門の近くまでやってきた。そして次にすれ違ったのは、牧場に向かう酪農家達だった。
「……」
「あんたら、またか。さっさと行く」
「お、おう」
(めっちゃ綺麗だよ。あの三人くらい?)
酪農家達はカルラに頭を下げる。何故下げたのか、酪農家達は分からない。しかし、頭を下げる事に躊躇がなかったのは分かった。その感覚はまさに、エルヴィエールに会った時と同じだった。
(酪農家なの。直ぐ近くに、牧場があるの? 牧場なんて、アルレスィアの話から考えると一番の戦場なの)
そんな人たちが笑顔で居られる。それだけ豊かなのだと、カルラは考える。保障にしろ、安全面にしろ。
(だから笑顔が、自然なの)
ここにも、リツカ達の想いが通っているのだろうか。カルラは夢想する。
(こんな美人、何人目だ? 巫女様二人に、巫女様の母君、女王陛下、妹君……結構見て来たが、リツカ様に一番?)
次は門番。商人だろうが国王だろうが、門を通るときは許可証の提示を要求される。昔はそうではなかった。少なくとも、エルヴィエールがこの国に来た時には。
その後、”洗脳”と”影潜”といった魔法の登場が、王国の警備体制を変えたのだ。誰であっても身分を証明させ、何故来たのかを明確に提示させる。そして、それ以外の行動をとった場合即刻退去となる。
「許可証なの」
「拝見します」
この男は、巫女達が来た時の門番だ。リツカを訝しんだ事で、アルレスィアから睨まれていたりする。そんな経験からだろう。門番は自然と敬語になった。経験から学んだ。こういった女性は得てして、国にとって重要な客人なのだ。
(カルラ・デ=ルカグヤ。出身……皇国!? み、身分……皇、姫……? え、偉い人なんだよな……?)
「し、失礼を――」
「いいの。この国ではただの旅人なの」
「し、しかし。いえ、すぐに陛下へ」
「それも良いの。紹介状があるの」
「は、ハッ!」
敬礼をする門番を手で制し、カルラは紹介状を検めさせる。
「レティシア・エム・クラフトからの紹介状なの。わらわの目的は国王への謁見なの」
「確かに、確認しました。どうぞ、お通り下さい」
紹介状の差出人と、レティシアが押した共和国の王族だけが持つ印を確認した兵士は、カルラを通す。
(レティシアも信頼されてるの。それも当然なの。”巫女”に認められて、共に戦う事を許され、国を背負ってるの)
カルラは当然とばかりに頷き、静かに国内に入っていく。その姿は堂々としており、しかし圧のない雅なものであった。
「やっぱ美人は、特別なんだなぁ」
門番が守衛に話しかける。
「お姫様ってのは驚いたが、一番はやっぱ巫女様達だな。まず会えないんだから」
「また会いたいなぁ。こんな下っ端にも笑顔で挨拶してくれるんだもんなぁ」
一度疑った人間に対し、「それが当然の仕事」とすぐに許した二人。それ以来、牧場に行く二人は門番に何度か話しかけたり挨拶をしたりしている。巫女二人にしても、南門を預けられている優秀な門番という認識だった。笑顔の挨拶は、労いの気持ちが強かったために自然と出たものだ。
「でもよ。巫女様達が居なくなって――」
顔が曇った守衛の肩を、門番が掴んだ。
「おい! 滅多な事言うな! そんな訳ないだろう!?」
「す、すまねぇ。そうだよな。今でも世界の為に頑張ってくれてんのに、俺は……何を……」
「……悪い。俺も、声を荒げすぎた」
守衛と門番がお互いの非を認め謝っている。
(本当に声が大きいの。聞こえてるの)
カルラはその二人の会話を聞いていた。
(リツカ達が危惧してた事なの。”巫女”を狙ってマリスタザリアがやってくる。その反対が、ここで起きてるの)
王都のマリスタザリア発生件数は大幅に減っている。皆、どことなく思っているのだ。もしかして、”巫女”の所為なのではないのか? と。
(そうなると、巫女を疑うのは自然なの。それでも二人を信じてるの)
「でも、疑った事自体、わらわを苛立たせるの」と、口元を隠した扇子を少しだけ上げる。
皆疑っている。そして恐怖している。マリスタザリアはいつか、”巫女”を殺してこの街を再び襲うのではないのか? と。
しかし”巫女”を知っている者は違う。先ほどの商人は街の外に出ても不安はなさそうだった。それは何も、マリスタザリアが出ないからではない。いつかくる平和を信じているからだ。
酪農家も、再び出るかもしれないホルスターンのマリスタザリアに怯える事無く仕事を続ける。それも全ては、リツカ達との約束があるからだ。次会うまで無事で居る事。そして、帰って来た二人にごちそうを用意すると。
門番と守衛もそうだ。一度は疑った。しかし、二人がしてきた事を知っている。命がけでやってくれた事を知っている。この国の人間は皆――知っている。
(そういった疑問を押し殺せるくらい、リツカ達の想いが浸透してるの)
カルラはそれらを知らない。知らないけれど、会ってきた者の目を見れば分かる事もある。全員、”巫女”を信じている。”巫女”の想いを。言葉を。カルラは苛ついた。しかし同量の喜びもまた、持っていた。
リツカ達くらい人を見れなければ、カルラの喜びには気付かない。しかし王都には、色々な人が居る。
(やけに嬉しそうな女の子だねぇ。リツカちゃんを思い出すよ)
ギルドから自分の店に帰ろうとしていたロミルダも、その一人だ。
「ロミィ?」
アンネリスが首を傾げながら、ボーっと見ていたロミルダに声をかけた。
「いや。可愛らしい子が居たと思ってね」
「可愛らしい?」
ロミルダが見ていた方向を見たアンネリスは目を見開き、資料を捲っていく。
「どうしたんだい?」
「…………ごめんなさい。ロミィ。食事はまた今度」
「ん? あぁ、それは構わないけどね。後で説明しなよ」
「えぇ」
アンネリスはカルラに、近づいていった。その顔に汗を流し、珍しく緊張した面持ちであった。
(落ち着いてるの。この国の街ってこれが普通なの?)
カルラの疑問は、ただの疑問なのか。それとも、自国と比べての物なのか。
(皇国には、マリスタザリアなんて殆ど居ないの。でもこの国では、見ない日がないと聞いてるの)
最近はまた、頻度が落ちて来ている。その所為で他の町では、”巫女”の演説が忘れられていっている。”巫女”と過ごした時間と、演説を忘れる時間は比例している。”巫女”と過ごした時間が長ければ、忘れるまでにかかる時間も長くなる。王国で特に、”巫女”と関係した人以外も何れは……そうなるだろう。
(見ない日はないのに、この国は穏やかなの。マリスタザリアの殆ど居ない皇国では、あんなのにも――)
「失礼。皇姫、カルラ様とお見受けします」
カルラに女性が話しかける。
(おや……? ふふ。シーアも最初はそうやって話しかけてきたの)
待ち遠しい。たった十数時間が長く感じてしまったのだ。カルラは、本当の恋をしていた。
「そういう貴女は、アンネリスなの」
「私を、ご存知なのですか……?」
「シーアから聞いたの」
「レティシア様から……お会いしたのですか?」
「なの。昨日、エアラゲで会ったの」
(やはり、進行速度が早過ぎます……)
アンネリスは、リツカ達を心配している。明らかにペースが早過ぎる。いくらマリスタザリアを屠る事が出来ようとも、それを片手間に行えるだけの力とスタミナがあろうとも、子供なのだ。