掃除中②
私達の部屋に入ったシーアさんは、じっと眺めた後タンスを開けました。
「同じ服ばっかりでス」
「それは、当たり前かなって」
「私達の未熟さの証でもあります」
お揃いで嬉しいです。アリスさんお手製というのも最高。ですけど、未熟の証でもあるのです。
得意魔法三つ。これは異例です。その為私達は核樹とローブがなければ魔法を満足に扱えません。腕輪で自由度は上がりましたけれど、ローブは脱げないのです。
「お洒落用とかないんですかネ」
「このカーデとか」
「色違いとカ、ローブも色違いとカ。桃色から赤とか白になれたんですかラ、もっと色々作っても良かったんじゃないかと思いましテ」
そう考えた事はあります。興味がないとか、形状が問題だったのかなとか。でも、違うのです。この色には全て、意味があります。昨日、分かりました。怪我をした時、私は感じたのです。アリスさんの優しさと、想いを。
この赤は、私の血を隠してくれる。白いカーデの意味は昨日教えてくれた。白いラインは、アリスさん。私の赤が包み込むように入ってる。袖の広さは私の手がギリギリ隠れるかどうかといった形。手の動きが読まれ難く、動きやすい。スカートのスリットは前よりも短いのに、動きに制限が掛からない。私の動き全てを知っていないと、これは出来ません。初めて会って、初日に作った服では出来なかった物です。どれ程私を見てくれていたか、一緒に戦ってくれていたか。
「これ以上に、私にあう服はないよ」
「確かニ、リツカお姉さんにも巫女さんにもぴったりでス。それ以上を想像出来ないくらいニ」
「お洒落はリボンとかアクセサリーがあるし、全部終わって私服とか着れる様になってからでも良いんだ」
私にとっての全てです。この服が私の世界。私が生きている証明であり、アリスさんが私を想ってくれているという証。これ以上はなく、これ以外ありえません。
(ちょっと前まで、リツカお姉さんのこういった話を聞いて思ったのは……お兄ちゃんもこれくらいーとか何ですけど……何でカルラさんが浮かんで? どうなっちゃったんです?)
(恋愛沙汰に興味がなく、縁がない年齢の所為ですね。免疫がないのです。もう少し大人になって、ゆっくり考えられるくらい経験を積めば自身の気持ちに気付きます。教えて上げても良いですけど……もう少し悩んでもらいましょう)
何故か首を傾げているシーアさんを、アリスさんが意地悪な笑みで見ていました。流し目とか、くすりと微笑んだ口角とか、すごくドキドキしてしまいます。でもそれが、私に向いていない事に、ちょっとだけ……本当にちょっとだけです。チクリと胸が痛みました。
「リツカお姉さん達のお部屋も面白みに欠けますネ」
レイメイさんも言ってたけど、どんな部屋なんだろう。面白い部屋って。
「じゃあ最後にシーアさんの部屋かな」
「……?」
シーアさんが再度首を傾げ、「私の部屋ですか?」といった表情を浮かべています。何故、シーアさんはそんな顔をしているのでしょう。元々、シーアさんの部屋が散らかっているかどうかで起きたお部屋チェックだったはずなんですけど、ね。
「あ? 次はチビの部屋か」
レイメイさんが本当に、モップを持ってます。まさかシーアさんに言われた通り掃除をするとは……。確か掃除用の魔法もあります。シーアさんはそれで――って、そんな魔法があるならシーアさんの部屋は綺麗に……。
(って、思ってたんだけど)
「結局見るんですカ」
「そりゃな。お前ぇの部屋がどれだけ汚ぇかって話だったろうが……って、何だこりゃ」
「……本の、城ですね」
本が高く積み上げられ、階段のようです。時には白い紙が束ねられた資料が間に挟まっており、模様の様です。窓の代わりといわんばかりに本が縦に重ねられて……不安定なはずなのに、上に乗っている本が重いのか、安定感があります。
「ある意味、芸術的」
床に散らばった衣類。訂正するのが面倒だったのか、丸められた紙。あれは、染髪用の溶液でしょうか。洗髪剤等と間違われないように、ここに置いているみたいです。とにかく……それらがなければ、少しずぼらな読書家だったかもしれません。これでは本当に、散らかっているだけです。
「倉庫に持って行かないのですか?」
この船にはしっかりと倉庫があり、本棚もあります。そういえば私は、倉庫の中を見てませんね。
「面倒だったのデ」
「そりゃ分かるがな。どこで寝てんだよ」
「あそこでス」
シーアさんが指差したのは、本の上です。まさか、ベッド代わりに……。
「お前ぇ普段身嗜みがどうこう、生活の態度がどうこう言ってるじゃねぇか……」
「自分の部屋は別でス」
「……普段からの心掛けなんじゃねぇのか」
「部屋の汚さ程度デ、私の素行が乱れる事はありませン」
シーアさんが胸を張っています。確かにシーアさんが外で、粗雑さを見せる事はありません。
ただ、今確かに……。
「……今、汚いって」
「……気のせいですヨ」
私の上げ脚取りに、シーアさんは視線を逸らすだけです。実際、レイメイさんの部屋を見た後では何も言えないのでしょう。汚いのでは? という疑問の元に見たレイメイさんの部屋は、簡素で質素、しかし整頓された部屋でした。シーアさんは今、居心地が悪いのでしょう。結局自分が、一番だらしがなかったわけですから。
「シーアさん、整頓をお願いします」
「…………はイ」
流石にこのままでは、シーアさんはこの部屋で寝られなくなってしまいます。これ以上本が増えることは無いと思いますけど、何も荷物は本だけではありません。まずは、要る物と要らない物を分けないといけません。
「手伝う?」
「まずは自分でやりまス。整頓くらい一人で出来ないといけませんシ」
断捨離は必要だと思います。自分にとって必要な物をしっかりと認識出来るというのは、人としての意識を変えます。判断力は大いに鍛えられるでしょう。
「それでは、掃除をしましょう」
「うん」
「はイ」
とりあえず、昼まで掃除をしましょう。綺麗にするという行為ほど、安らぐものはありません。煮詰まったときは掃除が一番だと私は思っています。手軽な息抜きとして有効です。
さて、私とアリスさんは厨房とお風呂場ですね。一番、私達が使う場所です。気を張らずに、ゆっくり丁寧にしていきましょう。
皇国が誇る飛行船には、船との大きな違いがある。空を飛ぶ、等という前提ではない。飛行船と船の違いは、音がしない事だ。隠密性が優れているというのは大きな武器になる。何より、マリスタザリアに見つかり難い。
「あれがキャスヴァルなの」
エアラゲから僅か半日。カルラは急がなく良いと言っていたけれど、早く王都を見たいという気持ちは隠しきれていなかった。その意思を酌んだ乗組員達が気を利かせて急いでくれていたようだ。
「あっしらも、船を止めたら降りますんで」
「なの。わらわ達は先に行ってるの」
「へい」
カルラは先に降りていく。止まった場所は南門の丘の上。そこからカルラは王都を見ている。
「活気に溢れているの」
「はぁ」
相変わらず、気のない返事をするエンリケを見る事無く、カルラは坂を下りていく。
「人の出入りも多いの」
(最近マリスタザリアに襲われたとは思えないの。陛下の統治の賜物なの? それとも、リツカ達のなの?)
小さい歩幅で歩いている為か、時間がかかっている。門まで後十分といったところか。その間に見えた者は、兵士、柄の悪そうな屈強な者、商人、酪農家。歩いて街に下りてくる、上品で優雅で、妖艶な少女とぱっとしない男の二人組み。怪しみながらも商人達は頭を下げた。
(こんな怪しい二人組みに警戒しながらも挨拶なの。あっちだと中々見られない光景なの)
カルラも会釈する。
(リツカ達はこの町で、どんな生活をしてたの?)
知りたい。純粋に、カルラは想った。