掃除中
シーアさんの抜き打ちのような部屋チェックが始まろうとしています。アリスさんと私の部屋は大丈夫でしょう。昨日少し整理していますし、普段から綺麗に使っています。
問題はレイメイさんとシーアさん。無骨者に見えるレイメイさんですけど、運転は繊細です。意外と整頓されているかもしれません。そして、自ら散らかっていると言ってしまったシーアさんは……どれ程なのでしょうか。レイメイさんの部屋を見た後、レイメイさんはシーアさんに要求するのではないでしょうか。
乙女の部屋ですから、見せなくても良いとは思います。
「早速サボリさんの部屋を見ましょウ――――ト、”伝言”でス」
シーアさんが”伝言”に出ました。
「はイ」
《レティシアさん。トゥリアの調査終わったっす》
「早かったですネ」
《昨日のうちについてたんで、直ぐに始めたんす》
「ありがたいでス。それデ、結果はどうでした?」
《報告にあった男は保護しました。抵抗はされたんすけど、今は船で大人しく寝てるっす》
公開設定で”伝言”を受けてくれます。トぅリア、ライゼさんの故郷にしてマクゼルトの故郷。そして私が、戦った場所。マクゼルトが虐殺を行った、現場です。
《なんて言えばいいんすかね。臭いキツイし……鴉やらが飛び回って……ゥプ……すんません……》
「いエ」
私達が見た時はまだマシだったようです。時間が経った事で、腐臭が増していたのでしょう。そんな中で活動していた兵士さん達の精神的疲労は私達の非ではないでしょう。
「それデ、教会はどうでしタ?」
《あ、はい。レティシアさん達が言ってたように、壁一面に遺品が入ってました。これから入る予定だった人の分も用意されてたみたいっすね》
「中身を見たりはしました?」
《リ、リツカ様! お久しぶりです! 中身は、まだ見てないっす。回収するかどうかはアンネさんに確認中っす!》
教会の品も、証拠です。生き残りの男は殺された人達の遺品を入れた事でしょう。それならば、回収しなければいけません。今回殺害されてしまった人達が誰なのか、どういった人達なのか、それを調べるのも仕事なのです。
でも、墓を発くみたいで、少し……思わず聞いてしまいました。ダメですね。仕事の邪魔をしてはいけません。
「挨拶は後ほどで構わないでしょウ。家はどうでしたカ」
《荒らされた痕跡なんて一つもないっす。殺しが目的っすね》
「他に帰って来た人は居ませんカ」
《居ないっすね。ただ》
「たダ?」
《教会っていうんだから、教本とかあるはずじゃないっすか》
「そうですネ。そういえば探し忘れてましタ。どんな内容でしタ?」
いくら淡々と捜索をしていたとはいえ、私達にも動揺は少なからずありました。あの場所で行われていた宗教がどんな物なのか知りたければ、教本を探すべきでした。なのに、そこに頭が回らなかったのです。
《それがっすね。一つもないんすよ》
「何ですト」
《男に尋ねると、はぐらかすんすよ》
「元々無かったという事はないですカ」
《あったはずなんすよ。調べた家全部の本棚から一冊抜き取られてますし、男に教本の話を振ったら、目に見える位置に置いてたっていうんす》
本棚のような場所に置いていたはずの教本。それの存在はしっかりと男が示したはずなのに、無かったと。隠した?
「隠したんでス?」
《いや、どうやら……レティシアさん達が去った後に、誰か来たみたいなんすよね》
「どうしてそう思ったんでス?」
《男との話なんすけどね。墓の設置やら鎮魂の儀とかどうするかって話になったんすよ》
人の死に際して、その話になるのは当然でしょう。すでに事件から数日経っています。男もかなり落ち着いているのか、しっかり会話できてるみたいです。抵抗はしたものの、諦めたといったところでしょうか。
《教主? っていうんすかね。その人がすでにやったって言ってるんすよ》
「ふム」
つまり、私達が去った後……事件後に教主が来て儀式をやったという事ですか……。
「だとしたら、自らに繋がるであろう教本を教主が持ち去ったのでしょう」
「そうみたい、だね」
「教会については分かりそうにないですネ」
《そうっすね。男に教主について聞いても答えてくれないっすから》
答える気がないのに、教主について言及するのはどういった心理でしょう。思わず喋った? あの人は人を信用しませんし、レイメイさんとの因縁を考えれば良い人ではありません。遊びでマリスタザリアを呼ぼうとしたんですからね。ならば、もう一つの可能性。教主の存在や村に来たという事を知らせる事でこちらを、おちょくっている。
「私達が教主について知りたがってたから、意趣返しかな」
「可能性はあります。こんな事ならもっと調べる時間を取ったほうが良かったですね……」
「あの時は一刻も早く出たいって思っちゃいましたシ、サボリさんと喧嘩してましたしネ」
まさか、捜索前に教本だけは持ち去られるとは。教主という人は頭が回るのでしょう。でも、その事実はつまるところ……教本には大事な事が書かれているという事ですね。宗教として成り立っているのなら他の所にも根付いているかもしれません。そこで調べましょう。後悔ではなく、次です。
《報告出来るのはそれくらいっすね。残りは王都に帰って専門家に調べてもらわないといけないっす》
「分かりましタ」
《次はオルデクっすね》
まだまだ気力が満ちています。連続での遠征と捜索、逮捕。モチベーションの高さは優秀な証です。
「これだから男ハ」
「はぁ……」
「独身なんだ。許してやれよ」
《ツェッツてめ……!? ち、違うっすよ! レティシアさん! アルレスィア様! リツカ様!》
……? 一体、何を弁解しているのでしょう。思わず首を傾げてしまいます。
「とりあえズ、次もお願いしますヨ」
《ッス。明後日には連絡出来ると思いますんで》
”伝言”を終えたシーアさんがため息をつきました。私も少しため息が出そうです。過ちと甘い考え。少し落ち込んでしまいますけれど……言う程冷静さを保てていなかった事に、私は安堵してしまっているのです。少し、自己嫌悪です。最善を、尽くさなければ。
「さァ、お部屋確認しますヨ」
「あぁ」
カチッと切り替えて、レイメイさんの部屋に再び足を進め始めました。報告を聞いての会議とかもあると思いましたけど、すでにやる事言いたい事は言い尽くしています。
教主には気をつけなければいけないという事と、トぅリアの事は、まだ終わっていないという事です。終わらせるには、教主から話を聞かないといけません。次からの町、宗教についても聞く必要があります。
「さテ、どれくらい汚いんですかネ」
シーアさんがレイメイさんの部屋を空けました。父以外の私室を見るのは、初めてですね。
部屋の中は、そうですね。形容するなら、普通。私達がこの船に乗った時と殆ど変わっていません。物が増えたかなってくらいです。
「面白くないお部屋でス」
「部屋に面白ぇも何もねぇだろ……」
「物を散乱させてたリ、脱ぎ捨てた衣服を見た巫女さんに威圧されたリ、アーデさんの写真が落ちてたりですネ」
「ねぇよ」
「写真がないんですカ。あの時撮っておけば良かったのニ」
「……」
あの顔は、その手があったかといった顔です。時間はいくらでも用意したんですけどね。レイメイさんが意地を張ってすぐに出ようとするから。
「捨てるものとかありますか」
「ねぇな。お前等みてぇに無駄な物なんざ持ってねぇ」
無駄とはなんですか。無駄とは。私達の思い出を貶さないで欲しいです。それに、多分ですけど、私達は荷物が少ない方ですよ。集落から出発する時、エリスさんに言われましたから。「本当に私が用意した荷物だけで行くの?」と。
「次は巫女さん達でス。何度か見てますけど、しっかり見ますヨ」
「それは、良いけど」
「……」
「あ?」
「サボリさんは甲板とか水回りの掃除しててくださイ」
「あぁ……」
(部屋とか関係なくねぇか? 見てぇ訳じゃねぇが、俺だけってのは気にいらねぇ)
とか考えてるんでしょうね。見せても問題はないですけど、見せたい訳じゃないんです。