弱さ③
シーアさんがお風呂から上がるのを待っています。レイメイさんも部屋で少し休んでいます。
「お疲れ様でした。リッカさま」
「ありがとう。アリスさん」
私は余り汗をかいてませんけど、アリスさんがタオルをくれました。滲んではいたのでしょう。拭くとさっぱりしました。
「余り、おはじきを使いませんでしたね」
「もっと長期戦になると思ってたから用意してたんだけど、ね」
「膠着が続いたとき用だったんですね」
「うん」
シーアさんにはもっと撃とうと思ってましたけど、レイメイさんの弱さが露呈したので。
「シーアさんも、薄々気付いてたみたいだから」
「上手く引き出していましたね」
この世界で、近接戦を相手に魔法だけを使う人が勝つのは難しいのです。そんな中でシーアさんは”魔女”として戦いました。そしてレイメイさんは剣士として。
剣士だから絶対有利。その有利を抱えたままレイメイさんは負けたのです。
「レイメイさんも、そろそろ受け入れないと」
「これからの旅で確実にあたる、強敵に備えてですね」
「今のままだとレイメイさんは、マクゼルトに勝てない」
今日で、レイメイさんは一気に強くなる。言葉で分からせるべきでした。いつか気付くでは、遅かったのです。
そろそろシーアさんが戻ってきますね。レイメイさん本人に話すとしましょう。
「何故負けたか分かりますか」
食事が並べられた甲板で、私はレイメイさんに語りかけます。
「……無用心すぎたか」
「では、何故無用心になったか分かりますか」
「何……?」
レイメイさんの本質。敗北への忌避感を指摘します。この数瞬の間から分かるのは、レイメイさんは理解を拒んでいるのです。
「逃げたんですよ。負けから。死から」
「……」
この旅での負けは死。死とは終わりです。人生の、人間としての終わり。それを怖くないという人は居ません。でも、違うのです。
「誰もが持っている感情だからこそ、人はそれを制御しなくてはいけないんです」
「サボリさんは逃げてましたネ」
「死を受け入れ、そして、死なない為の行動を取るという」
戦いに対しての意識の差です。アリスさんと私、そしてシーアさん。私たちにとってこの旅は、負けることが、死ぬ事が許されないのです。シーアさんの両肩には共和国が。アリスさんと私には世界が。個人の感情をもって動いている私たちですけど、その行動は最終的に世界を守るためです。
「死にたくないではダメなんです。死ねないんです」
「レイメイさんは復讐で動いています。それは通過点にすぎないのです」
「死は当然です。それを受け入れ、それを回避して目的を完遂するための行動を取る。レイメイさんにはそれが足りない」
復讐を否定しません。その復讐すら成し遂げられないという危機感はもってもらいます。
「覚えておいてください。この先負けて良い戦いはなく、逃げて良い戦いもないのです。退く事を許されない。レイメイさんは受け入れないといけない。恐怖心と死からの逃走を」
「……俺が、逃げてただと」
「今は疑問で良いです。心に残しておいてください。すぐに思い出せるように」
「…………」
説教なんてされたくはないでしょう。それでもレイメイさんには言わなければいけません。私はとっくに、そこには居ない。頂点をとりたいのなら、私が超えた場所なんかで足踏みしていてはいけません。
「サボリさんは臆病者って事ですネ」
「んだと……チッ……」
まずは落ち着く事です。でも、怒りは必要だと思います。怒りを忘れる事無く、制御する。怒りを力に変え、放つのです。
「そんで、今日行くエセファはどうすんだ」
「どうとはどういう意味でしょう」
「もう町に滞在する意味なんざ、殆どねぇだろ」
まだ確認段階ですけど、町への用事が殆どないのは分かっています。しかしアリスさんが尋ねなおした理由は、意味を聞いた訳ではありません。私達にしてみれば、行かないという選択はないです。
「何よりお前はすぐに厄介事に首を突っ込むからな」
「首を突っ込まざるを得ない状況が多いから……」
「それは、その……リッカさまは……」
「リツカお姉さんの場合、もはや病気じゃないかト」
「私の病気多すぎじゃない……?」
「褒め言葉ですヨ」
褒められてる、のかな? 自分でも病気と思ってるから、良いですけど……。人助けだけしてたら、こんな事は言われなかったでしょうけどね。残念ながら私の場合私情が殆どです。自分で問題を作って首を突っ込むも何もあったものではありません。
「そろそろ言わせてもらうぞ。お前等の”仕事”には何も言わねぇが、お前個人の問題は別だ」
流石に、そろそろ我慢できなくなってしまったようです。いつかは私の我侭を止められると思ってましたけど、思っていたより見逃してもらえました。
「特に巫女関係はな」
「……」
「止めるぞ」
「分かりました」
アリスさん関係で私が暴走したとき、今後は止めると言われています。流石に最近は、目に余りましたね。
レイメイさんの言い分は尤もです。よく解ります。ですけどね。
(止まるかは別問題)
昨日みたいな事があった時、止まれるとは思ってません。止められるとも思えません。私にはアリスさんだけなんです。
(コイツ、止まる気ねぇな)
(止められる訳ないじゃないですか。そこは巫女さん関係だけは例外にするべきでした。それならうやむやにはならなかったんですよ)
レイメイさんは私を見て呆れ顔を浮かべ、シーアさんはそのレイメイさんを見て呆れ顔です。何を考えているか手に取るようにわかります。アリスさんは私の肩に頭を乗せて、私を見ているようです。
「余り体を動かせなかったみたいですけど、大丈夫ですか?」
「準備運動はしたし、私も想像の中で戦ってたから」
私ならシーアさんと、どう戦うかと考えていました。ただ、余り意味はありませんでしたね。シーアさんは私相手だと隠れたりしませんから。隠れるよりも逃げながら魔法を使うでしょう。最初に使うのはやっぱり、氷の結界みたいな魔法でしょうか。
「体は温まってるよ」
アリスさんが私の頬から首筋にかけて撫ぜました。私の体温を確かめているようです。ちょっとだけ気持ちいいです。
「本当ですね。どんどん熱くなっていきます」
「ぅ、うん」
多分、バレちゃってます。体温が上がっているのは、イメージトレーニングの所為ではなく、アリスさんが……触れてくれたからです。触れられたところから熱くなっていくので、すぐに分かります。
「まァ、予定を確認しましょうカ」
(サボリさんだって、アーデさんに何かあったら一も二もない癖に、リツカお姉さんにだけ強制しようなんてダメですよ)
「もう少しここで休みながら船内の整理かな」
「ノイスに着くまでに整理しておきたいですね」
「そういえバ、お部屋が少し狭くなった気がしまス」
それは、散らかっているのではないでしょうか。本とかも街毎に買ってたような気もします。シーアさんは整頓が苦手だったりするのでしょうか。
「お前の部屋汚ぇのか」
「……」
「――――ッ」
シーアさんが、机の下で蹴りを見舞ったようです。
「乙女の秘密に口を出すなんテ」
羞恥はあるようです。
「男の部屋って汚い印象しかないんですけド」
私が知っている男性の個室なんて、偶に帰ってくる父の部屋だけです。偶に帰って来ても散らかす事無く、生活の色を残す事無く再び職場に行っていました。それも仕方ないと思います。帰って来て父が入り浸るのはリビングか母の部屋。そして偶に私の部屋。父が散らかす事はありません。
男性の部屋という訳ではありませんけど、コルメンスさんの執務室も綺麗でした。父の部屋とは違い生活感があった上での清潔感です。父の場合は触れないがために生まれた清潔感。結局片付けているのは母か私です。でもコルメンスさんは自分で整頓しているでしょうね。アンネさんはギルドにずっと居ましたし。
でも、ライゼさんが長く居たであろう工房は雑多でしたね。工房はあれが普通なのかもしれませんけど……。とりあえず、三人分を見ての感想として、女性と大差ないのかな? と。私は思いました。女性の部屋もそんなに見たことはないんですけど、ね。
「サボリさんの部屋は私が確認しまス。人の部屋を汚いなんて言う人の部屋はどんなものでしょうネ」
「構わねぇが」
人による確認は重要だと思います。でも、見られるにしてもシーアさんですね。アリスさんの部屋でもあるのですから、男性になんて絶対見せません。そこだけは、レイメイさんを信用、信頼しても変わりません。




