『キール』子捨て④
「……」
私は、更に聞こうとしました。「子供達をどこに売ったのか」と。しかしそれを聞いて、子供達を保護したとして、どうするんですか。私が面倒を見れる訳ではありません。全てが終わった後も私達は、”神林”に帰り過ごすのです。子供達を預かれる環境ではありません。
レイメイさんやシーアさんに丸投げなんて、以ての外です。葛藤が、私の中で駆け巡ります。
「この村では、子捨てが行われているそうですね」
それでも私は、聞かずにはいられませんでした。
「……それが、何か?」
隠すつもりはない、という事でしょうか。レイメイさんが連れて来たのです。私達が全てを知っていると思うのは当然ですね。
「オルデク周辺に置いてくるそうですけど、どうしてですか?」
「……」
近場ならエアラゲ、エセフぁがあります。距離が遠くなればなるほど、危険は増します。その危険を冒してでもオルデクに良く理由はなんでしょう。
「オルデクが最も、拾ってくれるからです」
「エアラゲや他では駄目なのですか」
「この近辺では、オルデク以上はありません」
オルデクは確かに、この辺りでは裕福な部類でしょう。毎朝町が、人で溢れかえるほどのお客が来るのです。それだけ、収入があります。
「何より……父親不明の子供が多く、両親不明となってしまう子達も馴染みやすいのです」
「そう、ですか」
「せめてもの、親心です」
そこまで考えての、遠征なのですね。本当にせめてもの、ですけど……しっかりと子供の事を考えての事なのでしょう。最低限の親心でもって、危険を冒すくらいには。
父親不明というのは、分かりません。父親の早世という訳ではなさそうですし……認知してくれなかった、という事でしょうか。この村と、大差ありませんね。子供を置き去りにするなんて……。
「男から搾取する町なのです。お金は沢山ある。子供が増えても困らないでしょう。それに、子供達もこの村で貧困に嘆くよりは良い生活が出来るのでは?」
オルデクを悪く言われるのは、少しカチンときます。あの町が搾取すると言っていますけれど、そんなあこぎな商売はしていないと、思います。少なくともドリスさんのお店は、しっかりとしていたと感じました。
(お店の中をしっかり見たわけじゃないから、詳しくは分からないけど……)
朝、町を歩いていた男性客達は殆どが笑顔でした。何人か落ち込んでいましたけれど、顧客満足度は高いのです。お互いに利益がある以上、搾取とはいえません。それは商売なのです。
「……」
私は、目の前の人間を見ます。年のころは三十後半から四十前半。脂の乗った腹と、箪笥からチラとみえる仕立ての良いスーツ。
この人がオルデクを貶した時、そこには経験が感じられました。ただの又聞きでは篭らない感情があったのです。怒りや嘆きといった。
それはつまり、この人はオルデクで遊んだという事になります。そして、一軒か二軒はあるであろう、あこぎなお店に当たってしまったのでしょう。どんな町にもある、搾取するお店です。オルデクに限った話ではありません。
子を売ったお金でオルデク通いをしている人に、文句を言われる筋合いなどないでしょう。
そんなお店があろうとも、オルデクは綺麗な町です。
男性の為の町という前情報で入ったオルデクは、その実――女性が活き活きと暮らす、女性の町でした。活気に溢れた女性達は、毎日を駆け抜けていたのです。そこには笑顔が多く、子供達は皆幸せそうでした。
この家の外から聞こえる、子供の笑い声と親が窘める声とは質が違います。この村は、空虚です。この笑顔の裏には、何人もの子供達の犠牲があるのです。それを知っていながら、この村では普通の生活が行われている。皆心の奥で後悔しているのでしょう。本当の笑顔が溢れる事はありません。
そんな村を治める目の前の長に、オルデクを貶されたくありません。オルデクに拾われた子達は幸せだろうと、長は言いました。その通りだと、私は頷くでしょう。何しろオルデクの人たちは、拾った子達にしっかりと愛情を持って接してくれていたからです。
でも、子供達は本当に幸せでしょうか。両親と共に暮らしたいと思っているとは考えないのでしょうか。現にレイメイさんは、この村に戻ってきています。この村の実状を知らないままに戻ってきています。最初の理由はやはり、本当の両親から話を聞きたかったはずです。何故捨てたのか、と。
それを知っているはずの村人達は、今を普通に過ごしている。目の前の長はオルデクで遊ぶ余裕まである。
私はこんなにも、感情を無にして人を見れるという事を初めて知りました。目の前の人間が、人に見えないのです。
「黒髪の来訪者と、行方不明になった子は居ないんでしたね」
「……? はぁ」
「ありがとうございました」
気のない返事をした長を見る事無く、私は振り向かずに家を出ました。この村に留まりたくない。そう感じたのは、旅に出て初めての経験です。
アリスさんとシーアさんも無言で、会釈する事無く私についてきてくれました。レイメイさんだけは、長にニ、三、話してから家を出ましたけれど、ありがたいです。
長からすれば、いきなりやってきて質問して、機嫌を悪くして出て行くという無礼な小娘です。レイメイさんがいくらかフォローしてくれたのでしょう。でも、アリスさんですら礼を失する相手です。私がこうなる事は、私自身が誰よりも知っていました。
「キレるの分かってて何で聞くんだよ」
レイメイさんが私に向けて声をかけてきます。
「……」
私は膨れっ面のまま、レイメイさんを無視しました。
「リツカお姉さんの性分でス。こればっかりは巫女さんでも止められませン」
「巫女が止められる事の方が少ねぇ気がするが……?」
「止めなかっただけです。私でも怒る事はあります」
アリスさんが止めても止まらないのは、アリスさんに敵意が向いた時だけです。それ以外は私でも、冷静に状況を見れます。でも私は昔から、怒る時は怒ります。不条理を許したくないのです。
「……お前も結構怒り易くねぇか?」
「それはサボリさんが悪いだけじゃないですカ。私なんて怒られたことなんて殆ど無いでス」
(その分怒られる時はドカンときますけど)
アリスさんが怒り易いって、今まで何を見てきたのでしょう。菩薩のようなアリスさんが怒るのは、私を弄りすぎた時とか、私を貶した時とか、私が無茶しすぎた時とかだけです。
(……私の事でだけ)
先程まで膨れて怒っていたのに、頬に熱を感じています。両手で頬を触り、ぴたりと動きを止めてしまいました。怒ってた人間が急に照れ出すという、最高に情緒不安定な姿なんて見られてはいけません。
「……」
「おいチビ。俺は先に船戻っとくぞ」
「はイ。私は二人が戻るまで待ってまス」
いい加減私の発作に慣れてしまっている二人は、順調に村を出る準備をしてくれます。放っておいてくれるのは、正直助かります。
今弄られると、自己嫌悪で蹲ってしまうでしょう。子供達の未来を嘆き、案じていた癖に、自分の喜びに身を震わせてしまった脳内桃色な小娘の無様な姿を晒してしまう事になります。
(……二人?)
シーアさんは、二人が戻るまでと言っていました。
「……」
「……っ」
視線だけで隣を見ると、アリスさんも頬を染め私をチラリ、チラリと見ていました。私と同様に、時と場合を選ばなければと、自制しているように見えます。
いつも思うのです。頬を染めたアリスさんを見ると、私の手と体はアリスさんにどんどん近づいていると。そして周りに人が居なければ、躊躇い無く抱きついてしまうんだろうと。今は何とか留めていますけど、自然と肩は寄って行きます。これでもまだ足りないと叫んでいる心には、お互いに気付かない振りをするのでした。
(何かに対して喜んでしまったのでしょうけど、子供達を想って素直に喜べないって感じですかね。そういう所が二人の良いところであり、もどかしいところです。もっと自分の感情くらい、自由に出せば良いのにって思います)
もどかしいです。そのまま抱き合ったりしてくれた方が、こちらも突っ込みやすいのですけどね。私に気を配ってくれているのでしょうけど、エリスさんへのお土産が捗りません。
(まァ、怒ったまま出発とはなりそうにないですし、息抜きになって良かったです。この村の現状は、私達ではどうにも出来ません。お金の問題ではないですからね)
私達の横を、この村の親子が通り過ぎて行きました。この親子の間には、溝があります。私とお姉ちゃんは元々他人。それでも私は物心着いた時からお姉ちゃんをお姉ちゃんと認識し、家族同然に過ごせました。
でも、本当の親子であるこの人たちには、ぎこちなさがあります。リツカお姉さんの憤りも仕方ないでしょう。この村は、見ていられません。
しかし、不思議です。長い時間共に過ごした私達以外は、お二人の様子に気付かないのです。ただの天使が二人、村の木陰で肩を寄せて和んでいるように見えてるそうです。
私も始めは、リツカお姉さんと巫女さんの表情を見分けるのに苦労しました。しかし今ではすぐに分かります。リツカお姉さんも巫女さんも今は、すっごくもじもじしてお互い意識しまくりです。
(さて、一体いつ声をかけましょう)
多分待たなくてもお二人は文句なんて言いませんけど、今日の活動は終わりですし。ゆっくり待ちましょう。