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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
44日目、荒れるのです
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『キール』子捨て②



「そろそろ着く。呼んで来い」

「呼ばずとも来ますヨ」


 お風呂に入ったみたいですし。


「んで、お前は何やってんだ?」

「これから戦いが激しくなるかもしれませんシ、牽制用の魔法を準備してるんですヨ」

「あぁ、お前等は近づかれたら終わりだしな」

「そういう事でス。悪意が瓶に詰められるのなラ、魔法を詰める事も出来るんじゃないかと想ってたんですヨ」


 詠唱一つで撃てる魔法を、わざわざ瓶詰めしようなんて想いません。でも、連合の人たちは武術を使うみたいですし、オルデクの時の不覚も考えると、そうも言ってられません。口を塞がれても、手が一本でも動けば魔法で逃げられるようにしなければ。


「欲しいのは距離を空ける魔法ト、相手の動きを止める魔法でス」

「どっちも瓶に詰めるだけじゃ使いにくいんじゃねぇか」

「そこが難しいところでス」


 距離を空ける魔法の代表格は”疾風”ですけど、瓶を空けるだけでは発動はしても風の道に入れません。拘束魔法は対象を見てから詠唱しないと縛れません。瓶詰めでは効果は低いですし、ちゃんと発動するかも要実験となります。


「相手の動きを止めてからならば”疾風”でも構わないんですけどネ。咄嗟の判断を要求されますシ」


 何をおいても、拘束魔法をどうやって篭めるかです。


「個人ではなく空間を……でも範囲が……」

「どうしたの?」


 リツカお姉さんと、先程より機嫌が良さそうな巫女さんが戻ってきました。いつもの事ですけど、お風呂で何が起きてるんです?


「相手の動きを止める魔法を瓶詰めしようと思ってるんですけど、良いのが決まらなくて」

「人相手?」

「そうですネ。マリスタザリアだと殺す気でいけますけド、人だとどうしても時間かかっちゃいますかラ」


 ピンチが増えます。


「動きを止めるだけなら」


 リツカお姉さんが両手をスススと上げて、思いっきり――パンッと叩き合わせました。


「っ!」


 吃驚しました。


「ちょっと体固まったよね。それくらいあれば逃げられるんじゃないかな」

「なるほど。音、ですカ」


 瓶詰めなんて他の人は考えませんし、瓶からいきなり爆音がしたら皆固まりますね。良いかもしれません。


「後は瓶に詰めるだけでス」

「出来そうですか?」

「微妙な所ですネ。瓶自体かけテ、割れば発動って形にするしかなさそうでス」

「……それなら落とした音で良いんじゃねぇか?」

「むしろ落としただけで効果ありです。何かあるって思うだけで警戒するし、もしそこで普通より大きい音が出たら止まります」


 中々効果が高そうですね。緊急回避用にいくつか用意しておきましょう。逃げる為の魔法はどうしましょう。”疾風”よりは”転移”、”転移”よりは”転換”ですね。


(”転換”は扱いが難しいですけど、予め用意しておく事で失敗が減りそうですね。私の最大距離はせいぜい五十メートル程ですけど……)


 そうですね。一つの瓶にこの二つを入れて、”転換”は――これならいけそうです。何も自分を逃がす必要はありません。私が魔法を使う時間さえ作れれば良いのです。




 シーアさんも、前に進もうと一生懸命みたいです。私も今以上にならないといけないのですけど、伸び悩んでいます。やっぱり魔法の上達は必須条件。”強化”は私の想い次第……これは、戦いになればいくらでも沸いてきます。でも……”光”と”抱擁”が弱いのです。


 ”光”を伸ばす方法が分かりません。”抱擁”はそもそも、私を包み込むって事しか……。次の幹部との戦いまでに、強くならないと。


「見えてきたぞ」


 あれが、キールですか。平屋が多く、高い家は一軒だけ。あれが、村長宅だと思います。しかし、何でしょう。子捨てが行われている村にしては……豊かです。


「余裕がありますネ」

「そう、だね。ここから見える範囲だけでも、子供から年寄りまで皆……栄養が足りてる」

「子供達も笑顔ですし、平和そのものです。子捨てが行われているとは思えない程に……」


 子供を捨て、残っている人たちの生存確率を上げるのです。あの光景にならなければ、子供達は何の為に犠牲に……。それでも、平和すぎるのです。悲壮感がなく、その生活を享受している……。


「何が行われているんですか」

「私も、そう感じました。子捨てだけでは説明出来ません」

「サボリさン、知ってますネ」

「……」


 もう隠す事はないでしょう。あの光景を見て知らない方が酷という物です。


「あの村には子捨てがあった。それは貧困対策だ。昔からずっとあったと聞いている。だがな、今は違ぇ。むしろ村は潤いまくってる」

「じゃあ、どうして」

「あの村じゃ、子供は一人までだ。そいつが五歳になりゃ、次を育てる権利が与えられる。それを守らねぇと、子供を捨てる」


 向こうでも、一人っ子政策というものがありました。一人しか生まないと宣言し、その通りならば数々の優遇を受け、宣言しなければ……数々の不利益を受けるのです。課税や、昇給昇進の停止等、生活が苦しくなるだけの不利益です。


 この村で行われているのは、それと同等かそれ以上? 五歳とは、家に利益を生める最低年齢です。農業の手伝い、家事の手伝い、運搬はまだ無理かもしれませんけど……魔法があれば可能です。親達は子供が手伝う事で時間が出来ます。その分を村への奉仕に使えるのです。


 だから五歳を越えたら次を生める……。


「これがあの村の掟だ。だがな、裏があった」

「裏ですカ」

「ガキが捨てられるのは、三人とか四人とか生んだ所だ」

「……どういう事ですか」

「どこと契約を結んでいるかは調べられなかったが、ガキを買い取ってる奴が居る」


 買取?


「二人までは買い取ってくれるらしい。それ以上は過剰だと断られる」

「何、それ」


 ただの人身売買――。


「待って下さい。それならば、子捨ては必要ありません。お金は十二分に入るでしょうし…………言いたくはありませんけれど、次の買取の際、子供を……っ」


 アリスさんの言いたい事は、分かります。お金があれば捨てる必要はありませんし、子供を残しておけば……次の買取で売れるという事です。何より、お金が入れば労働力を養えます。捨てる事で起こるロスは、残しておいた場合に比べて圧倒的に大きい。残すのが良いでしょう。


 あくまで、子供を労働力としてみた場合です。人間として……私達が許せる道理はありません。アリスさんは、更に踏み込んだ話をしているのです。今でも子捨てをしているあの村の大人、権力者を糾弾するべく。


「頭が回ってねぇんだよ。ガキは穀潰しと思われてるからな。ガキを残した事がねぇから、食い扶持とガキを残す利得を天秤にかけられねぇ。何より」


 まだあるんですか。さっきまで和やかな雰囲気だった船の中は、暗雲が立ち込めています。


「ガキの値はせいぜいが十万。ガキを成人させるには少ねぇ」

「……」

「元々捨てる予定だったガキに値がついた。あいつ等はそれで満足してんだよ」


 子供の価値が、あまりに低すぎます。値段の話ではありません。子供が持つ無限の可能性に対しての、価値です。


 オルデクに居た子達は、下衆学者が優秀と賞する子達でした。もし下衆がまともで、子供達を純粋に孤児として匿い、医療を教えたなら……良い医者になったかもしれません。


 レイメイさんも、道を何度か踏み外していますけれど……ライゼさんの話を聞く限り、ライゼさんに憧れていた、剣士です。他にも居るでしょう。エッボの城で出会った子達も、兄弟想いの良い子達でした。子供は皆、いかようにも変わる。それは全て、導く大人次第です。


「売られた子達の行方は、分かりますか?」

「分からねぇ」

「想像は出来まス。生まれたばかりで戸籍がないのでス。出自も隠せれバ、捜査対象から外れまス。裏の人間には都合が良いでしょウ」

「エッボ……?」

「もしかしたら、あの中に居たかもしれませんね……」


 捕らえた二百人以上の構成員の中に、キールの孤児が居たのでしょうか。それとも、今まさに教育している最中だったのでしょうか。


 想像でしかありませんけど、そうなのだろうという考えは確信に近い形で私の中にあります。


「この村で、何を……」


 私達は何をしてあげられるのか。私は口を開く事が出来ませんでした。だって、何も……出来ないのですから。



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