『キール』子捨て②
「そろそろ着く。呼んで来い」
「呼ばずとも来ますヨ」
お風呂に入ったみたいですし。
「んで、お前は何やってんだ?」
「これから戦いが激しくなるかもしれませんシ、牽制用の魔法を準備してるんですヨ」
「あぁ、お前等は近づかれたら終わりだしな」
「そういう事でス。悪意が瓶に詰められるのなラ、魔法を詰める事も出来るんじゃないかと想ってたんですヨ」
詠唱一つで撃てる魔法を、わざわざ瓶詰めしようなんて想いません。でも、連合の人たちは武術を使うみたいですし、オルデクの時の不覚も考えると、そうも言ってられません。口を塞がれても、手が一本でも動けば魔法で逃げられるようにしなければ。
「欲しいのは距離を空ける魔法ト、相手の動きを止める魔法でス」
「どっちも瓶に詰めるだけじゃ使いにくいんじゃねぇか」
「そこが難しいところでス」
距離を空ける魔法の代表格は”疾風”ですけど、瓶を空けるだけでは発動はしても風の道に入れません。拘束魔法は対象を見てから詠唱しないと縛れません。瓶詰めでは効果は低いですし、ちゃんと発動するかも要実験となります。
「相手の動きを止めてからならば”疾風”でも構わないんですけどネ。咄嗟の判断を要求されますシ」
何をおいても、拘束魔法をどうやって篭めるかです。
「個人ではなく空間を……でも範囲が……」
「どうしたの?」
リツカお姉さんと、先程より機嫌が良さそうな巫女さんが戻ってきました。いつもの事ですけど、お風呂で何が起きてるんです?
「相手の動きを止める魔法を瓶詰めしようと思ってるんですけど、良いのが決まらなくて」
「人相手?」
「そうですネ。マリスタザリアだと殺す気でいけますけド、人だとどうしても時間かかっちゃいますかラ」
ピンチが増えます。
「動きを止めるだけなら」
リツカお姉さんが両手をスススと上げて、思いっきり――パンッと叩き合わせました。
「っ!」
吃驚しました。
「ちょっと体固まったよね。それくらいあれば逃げられるんじゃないかな」
「なるほど。音、ですカ」
瓶詰めなんて他の人は考えませんし、瓶からいきなり爆音がしたら皆固まりますね。良いかもしれません。
「後は瓶に詰めるだけでス」
「出来そうですか?」
「微妙な所ですネ。瓶自体かけテ、割れば発動って形にするしかなさそうでス」
「……それなら落とした音で良いんじゃねぇか?」
「むしろ落としただけで効果ありです。何かあるって思うだけで警戒するし、もしそこで普通より大きい音が出たら止まります」
中々効果が高そうですね。緊急回避用にいくつか用意しておきましょう。逃げる為の魔法はどうしましょう。”疾風”よりは”転移”、”転移”よりは”転換”ですね。
(”転換”は扱いが難しいですけど、予め用意しておく事で失敗が減りそうですね。私の最大距離はせいぜい五十メートル程ですけど……)
そうですね。一つの瓶にこの二つを入れて、”転換”は――これならいけそうです。何も自分を逃がす必要はありません。私が魔法を使う時間さえ作れれば良いのです。
シーアさんも、前に進もうと一生懸命みたいです。私も今以上にならないといけないのですけど、伸び悩んでいます。やっぱり魔法の上達は必須条件。”強化”は私の想い次第……これは、戦いになればいくらでも沸いてきます。でも……”光”と”抱擁”が弱いのです。
”光”を伸ばす方法が分かりません。”抱擁”はそもそも、私を包み込むって事しか……。次の幹部との戦いまでに、強くならないと。
「見えてきたぞ」
あれが、キールですか。平屋が多く、高い家は一軒だけ。あれが、村長宅だと思います。しかし、何でしょう。子捨てが行われている村にしては……豊かです。
「余裕がありますネ」
「そう、だね。ここから見える範囲だけでも、子供から年寄りまで皆……栄養が足りてる」
「子供達も笑顔ですし、平和そのものです。子捨てが行われているとは思えない程に……」
子供を捨て、残っている人たちの生存確率を上げるのです。あの光景にならなければ、子供達は何の為に犠牲に……。それでも、平和すぎるのです。悲壮感がなく、その生活を享受している……。
「何が行われているんですか」
「私も、そう感じました。子捨てだけでは説明出来ません」
「サボリさン、知ってますネ」
「……」
もう隠す事はないでしょう。あの光景を見て知らない方が酷という物です。
「あの村には子捨てがあった。それは貧困対策だ。昔からずっとあったと聞いている。だがな、今は違ぇ。むしろ村は潤いまくってる」
「じゃあ、どうして」
「あの村じゃ、子供は一人までだ。そいつが五歳になりゃ、次を育てる権利が与えられる。それを守らねぇと、子供を捨てる」
向こうでも、一人っ子政策というものがありました。一人しか生まないと宣言し、その通りならば数々の優遇を受け、宣言しなければ……数々の不利益を受けるのです。課税や、昇給昇進の停止等、生活が苦しくなるだけの不利益です。
この村で行われているのは、それと同等かそれ以上? 五歳とは、家に利益を生める最低年齢です。農業の手伝い、家事の手伝い、運搬はまだ無理かもしれませんけど……魔法があれば可能です。親達は子供が手伝う事で時間が出来ます。その分を村への奉仕に使えるのです。
だから五歳を越えたら次を生める……。
「これがあの村の掟だ。だがな、裏があった」
「裏ですカ」
「ガキが捨てられるのは、三人とか四人とか生んだ所だ」
「……どういう事ですか」
「どこと契約を結んでいるかは調べられなかったが、ガキを買い取ってる奴が居る」
買取?
「二人までは買い取ってくれるらしい。それ以上は過剰だと断られる」
「何、それ」
ただの人身売買――。
「待って下さい。それならば、子捨ては必要ありません。お金は十二分に入るでしょうし…………言いたくはありませんけれど、次の買取の際、子供を……っ」
アリスさんの言いたい事は、分かります。お金があれば捨てる必要はありませんし、子供を残しておけば……次の買取で売れるという事です。何より、お金が入れば労働力を養えます。捨てる事で起こるロスは、残しておいた場合に比べて圧倒的に大きい。残すのが良いでしょう。
あくまで、子供を労働力としてみた場合です。人間として……私達が許せる道理はありません。アリスさんは、更に踏み込んだ話をしているのです。今でも子捨てをしているあの村の大人、権力者を糾弾するべく。
「頭が回ってねぇんだよ。ガキは穀潰しと思われてるからな。ガキを残した事がねぇから、食い扶持とガキを残す利得を天秤にかけられねぇ。何より」
まだあるんですか。さっきまで和やかな雰囲気だった船の中は、暗雲が立ち込めています。
「ガキの値はせいぜいが十万。ガキを成人させるには少ねぇ」
「……」
「元々捨てる予定だったガキに値がついた。あいつ等はそれで満足してんだよ」
子供の価値が、あまりに低すぎます。値段の話ではありません。子供が持つ無限の可能性に対しての、価値です。
オルデクに居た子達は、下衆学者が優秀と賞する子達でした。もし下衆がまともで、子供達を純粋に孤児として匿い、医療を教えたなら……良い医者になったかもしれません。
レイメイさんも、道を何度か踏み外していますけれど……ライゼさんの話を聞く限り、ライゼさんに憧れていた、剣士です。他にも居るでしょう。エッボの城で出会った子達も、兄弟想いの良い子達でした。子供は皆、いかようにも変わる。それは全て、導く大人次第です。
「売られた子達の行方は、分かりますか?」
「分からねぇ」
「想像は出来まス。生まれたばかりで戸籍がないのでス。出自も隠せれバ、捜査対象から外れまス。裏の人間には都合が良いでしょウ」
「エッボ……?」
「もしかしたら、あの中に居たかもしれませんね……」
捕らえた二百人以上の構成員の中に、キールの孤児が居たのでしょうか。それとも、今まさに教育している最中だったのでしょうか。
想像でしかありませんけど、そうなのだろうという考えは確信に近い形で私の中にあります。
「この村で、何を……」
私達は何をしてあげられるのか。私は口を開く事が出来ませんでした。だって、何も……出来ないのですから。