『エアラゲ』またいつか
巫女一行を見送り終えたカルラは、寂しそうに甲板の椅子に座った。この町に来る前は広く感じなかった甲板が、今は――こんなにも広い。
「良いのですか。気に入ってたんでしょう」
エンリケがカルラの正面に立ち、尋ねる。それにカルラは、ため息をつきながら扇子を広げた。
「とめられるわけ無いの。覚悟してる人間の目はわかるの」
(わらわと――カルメと一緒の目なの)
絶対にやり遂げるという意志は、目に宿る。分かる人間にはすぐに分かってしまう。
「シーアも、リツカもアルレスィアも、サボリさえも、死を覚悟してるの。わらわ達の民の、仕方ないって覚悟じゃないの。鋼の意志なの」
死ぬかもしれないのはカルラも同じだけど、巫女達のそれよりはマシだとカルラは目を伏せる。
「そんなの止められるわけ、ないの」
リツカ達もカルラを止めなかった。率先して手伝う約束をしてくれただけだ。カルラは止まらないと、リツカ達は分かっている。そしてその意志にリツカ達は、敬意を表しているのだ。
「アルツィア様が、アルレスィアが伝えたままの神なら……きっと大丈夫なの」
神頼み。それが何処まで効果があるかは分からない。アルレスィアの言葉から考えるに、アルツィアは何もする事が出来ない。それでも、祈らずにはいられない。今のカルラに出来る事はそれだけだった。
「ただリツカは 本当に心配なの」
「……」
扇子で口を隠し、ため息をつく。エンリケはリツカを思い浮かべているのか、巫女一行が去った方を見ている。
「兄様、見すぎなの。無理だから諦めるの」
「……承知してます」
カルラがぴしゃりと、エンリケを叱りつける。
「兄様くらい、カルメも物分かりが良かったらって思うの」
妹を想い、カルラは更に脱力する。
「皇姫の詳細を国外で話す事を禁ずる、なの」
「あれでも、ギリギリですが」
「分かってるの。シーアとアルレスィアの察しが良くて助かったの」
カルラが頑なに魔法名を言わなかったのは、それが皇国の法で止められているから。これを破れば、カルラは国外追放となるだろう。しかし、監視が付いている訳でもなければ、魔法による口封じがされているわけでもない。
「他の皇家に知られる事があったら、いくらでも脅しの材料になるの」
皇女となる。これはカルラの目標の一つだ。
今回カルラが話した事は、ギリギリ所かアウトだ。もし他の皇家にバレれば、皇女への道は絶たれる。そんな危険を冒してでも、カルラは伝えたのだ。だから、本当に言い逃れ出来ない事を話せなかったカルラを、責める事は出来ない。
(本当は、カルメの事を全部話したかったの。でも……皇姫の性癖なんて、第一級禁止事項なの)
「カルメが正気で居てくれる事を、祈るしかないの」
「……」
「リツカがちゃんと、お願いを聞いてくれれば問題ないけど……なの」
逃げる事も必要な事。カルラは、カルメに会ったらそうするしかないと思っている。何しろカルメは、皇姫である事に変わりはないのだ。巫女達は手を出す事はない。
「船員を呼び戻すの。王宮に向かうの」
「はい」
出発の準備を、カルラ達は進める。
(国王陛下の事、シーアはお兄ちゃんと呼んでたの。漸く結婚なの? お祝いの品でも持っていくの)
「リツカ達の事、色々と聞いてみるの」
レティシアがしたためた紹介状を見ながら、カルラはくつくつと笑う。
(同性にドキドキするなんて、やっぱり……姉妹なの)
皇家の良いところは、自身の世継ぎを気にする必要がない事だろう。世継ぎの有無に関わらず、皇は務まる。
(サボリの代わりについて行きたいくらいなの)
あの三人と旅しているウィンツェッツに、カルラは小さい嫉妬をする。
(早く、会いたいの)
甲板に一人座るカルラは、胸を少し押さえる。自分を救ってくれたリツカ。どこか自分に似ているアルレスィア。初めての友達で、理解者で、対等なレティシア。友達以上の感情でもって、三人を想っていた。
「オルデクのガキんちょ相手には冷静ぶってたのにな」
一生懸命手を振っていたシーアさんを、レイメイさんが茶化しています。
「クラウちゃんは年下ですシ、そこはお姉ちゃんとしての威厳をですネ」
「おーおー。珍しく言い訳にキレが無ぇぞ」
「……」
無言で脛を蹴ろうとしたシーアさん。しかしレイメイさんはジャンプして避けました。身長差を考えれば、上に逃げるのも手かもしれません。
「ッぶねェな――」
でも。
「水流よ」
「阿呆がッ!?」
油断しすぎです。シーアさんの魔法に反応出来ずに、一足先に船へと流れていきました。激しい照れ隠しです。
「サボリさんを押し流す事に躊躇なんてしませン」
シーアさんも寂しいのでしょう。クラウちゃん、カルラさんと二人続けて出会い、短い交流と別れを繰り返したのです。余韻に浸る時間もなく茶化されては怒ります。と、思いましたけど……アーデさんの時、シーアさんもしてましたね。
「とりあえず、カルメさんについて纏めておく?」
「そうですね。使う魔法は”蠱惑”、王国の北部に居る可能性が高く、カルラさんが警告するくらいには……癖が強いとの事でした」
「カルメさんに会ったラ、セルブロという執事に伝えないといけませんネ」
纏めるとこれくらいでしょうか。気をつけないといけないのは、セルブロさんへの伝言ですね。絶対に忘れる事は出来ません。
「カルメさんはカルラさんに似てるそうですかラ、見たらすぐに分かりまス」
「この国だと珍しい雰囲気だったからね」
雅というか、やんごとないというか、です。
「リツカお姉さんをずっと女性らしくしたラ、似てるって思いまス」
「私って、女性らしくなかったり?」
確かに男勝りで、男なんかよりずっと強い自信はあります。
「リッカさまの雰囲気は、女性というより……女の子、なんです」
「そう、なの?」
「子供っぽいでス」
実際そうかなぁとは思います。興味が湧けばとことんですし、最近は怒りっぽさも加速しています。すぐ疲れて眠くなるなんてすっごく子供っぽい……。
「でも落ち着いてる時は、女性っぽいと思う……!」
「その時は、凛々しさの方に注目してしまいますから……」
「麗人という感じでス」
私は大人に見られてると思っていました。でも、本質は女の子みたいです。女として見られているなら、問題ないですよ、ね? アリスさんには凛々しいって思われているので、真面目な雰囲気を保つ努力をしましょう。
「そう考えると……カルラさんは大人っぽかったもんね」
「妖艶って感じでス」
傾国の美女とは、カルラさんの事を言うのでしょう。
「だからシーアさんは、ドキド」
「違うんでス。きっとお二人に中てられただけなんでス!」
「シーアさんがどうしたの?」
「な、何でもないでスっ!」
シーアさんが走って行ってしまいました。レイメイさんと追いかけっこが始まる前に、私達も船に戻りましょう。
「次はどんな所かな?」
「地図通りでしたら、エセファみたいですね」
「普通の町?」
「そうだったと記憶しています」
段々と普通の町が増えて行ってます。浄化の観点から言えば楽なのでしょう、
「ダルシゅウみたいな都市は、もうないのかな?」
「北部には北部で、ノイスという町があります」
「それまでに荷物整理しておこうか」
「はい。食料等も乾物を残すように食べて行きましょう」
もしもを考えて、保存が利く食べ物を残します。船とレイメイさんの”風”、ある程度の地図があるので迷う事はないでしょうけど、遭難した時に食べ物がないなんて困ります。
「エセファで整頓の時間を設けましょう」
「そうだね。休憩もそろそろ入れたいから」
「それでは、エセファで半日休みですね」
「うんっ」
船に戻ってきましたけど、二人の姿は見えません。きっと追いかけっこが始まってしまったのでしょう。
ふと空を見上げると、飛行船が飛んでいました。”強化”された目で見ると、カルラさんがこちらに手を振っていたのが見えたので、振り返す事にします。
(また、なの)
口ぱくで再会を呟いたカルラさんを、アリスさんと私は手を振って見送り、遠くで走り回っているシーアさんは――手を振る事はありませんでしたけど、大きな”花火”で……見送っていました。
「賑やかですなぁ。祭りでも始まるんですかね」
船員の一人が、カルラに話しかける。皇姫にここまで気安く声をかけられる皇国民は中々いない。それはイコールして、カルラがいかに民に愛されているかの証左だ。
「わらわの」
カルラは遠目に、点のようになった友人達を見ている。点なのに、何をしているか、どんな顔をしているか、手を取るように分かるのだ。
「わらわの、お気に入りなの」
「ほう。皇国でもやってみますか?」
「なの」
(その時は、一緒に”花火”を打ち上げるの)
カルラが扇子で顔を隠し、船室に戻っていく。緩んだ頬を誰にも見られないように、自分だけの宝物を隠す――少女のように。