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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
44日目、荒れるのです
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『エアラゲ』またいつか



 巫女一行を見送り終えたカルラは、寂しそうに甲板の椅子に座った。この町に来る前は広く感じなかった甲板が、今は――こんなにも広い。


「良いのですか。気に入ってたんでしょう」


 エンリケがカルラの正面に立ち、尋ねる。それにカルラは、ため息をつきながら扇子を広げた。


「とめられるわけ無いの。覚悟してる人間の目はわかるの」

(わらわと――カルメと一緒の目なの)


 絶対にやり遂げるという意志は、目に宿る。分かる人間にはすぐに分かってしまう。


「シーアも、リツカもアルレスィアも、サボリさえも、死を覚悟してるの。わらわ達の民の、仕方ないって覚悟じゃないの。鋼の意志なの」


 死ぬかもしれないのはカルラも同じだけど、巫女達のそれよりはマシだとカルラは目を伏せる。


「そんなの止められるわけ、ないの」


 リツカ達もカルラを止めなかった。率先して手伝う約束をしてくれただけだ。カルラは止まらないと、リツカ達は分かっている。そしてその意志にリツカ達は、敬意を表しているのだ。


「アルツィア様が、アルレスィアが伝えたままの神なら……きっと大丈夫なの」


 神頼み。それが何処まで効果があるかは分からない。アルレスィアの言葉から考えるに、アルツィアは何もする事が出来ない。それでも、祈らずにはいられない。今のカルラに出来る事はそれだけだった。


「ただリツカは 本当に心配なの」

「……」


 扇子で口を隠し、ため息をつく。エンリケはリツカを思い浮かべているのか、巫女一行が去った方を見ている。


「兄様、見すぎなの。無理だから諦めるの」

「……承知してます」


 カルラがぴしゃりと、エンリケを叱りつける。


「兄様くらい、カルメも物分かりが良かったらって思うの」


 妹を想い、カルラは更に脱力する。


「皇姫の詳細を国外で話す事を禁ずる、なの」

「あれでも、ギリギリですが」

「分かってるの。シーアとアルレスィアの察しが良くて助かったの」


 カルラが頑なに魔法名を言わなかったのは、それが皇国の法で止められているから。これを破れば、カルラは国外追放となるだろう。しかし、監視が付いている訳でもなければ、魔法による口封じがされているわけでもない。


「他の皇家に知られる事があったら、いくらでも脅しの材料になるの」


 皇女となる。これはカルラの目標の一つだ。


 今回カルラが話した事は、ギリギリ所かアウトだ。もし他の皇家にバレれば、皇女への道は絶たれる。そんな危険を冒してでも、カルラは伝えたのだ。だから、本当に言い逃れ出来ない事を話せなかったカルラを、責める事は出来ない。


(本当は、カルメの事を全部話したかったの。でも……皇姫の性癖なんて、第一級禁止事項なの)

「カルメが正気で居てくれる事を、祈るしかないの」

「……」

「リツカがちゃんと、お願いを聞いてくれれば問題ないけど……なの」


 逃げる事も必要な事。カルラは、カルメに会ったらそうするしかないと思っている。何しろカルメは、皇姫である事に変わりはないのだ。巫女達は手を出す事はない。


「船員を呼び戻すの。王宮に向かうの」

「はい」


 出発の準備を、カルラ達は進める。


(国王陛下の事、シーアはお兄ちゃんと呼んでたの。漸く結婚なの? お祝いの品でも持っていくの)

「リツカ達の事、色々と聞いてみるの」


 レティシアがしたためた紹介状を見ながら、カルラはくつくつと笑う。


(同性にドキドキするなんて、やっぱり……姉妹なの)


 皇家の良いところは、自身の世継ぎを気にする必要がない事だろう。世継ぎの有無に関わらず、皇は務まる。


(サボリの代わりについて行きたいくらいなの)


 あの三人と旅しているウィンツェッツに、カルラは小さい嫉妬をする。


(早く、会いたいの)


 甲板に一人座るカルラは、胸を少し押さえる。自分を救ってくれたリツカ。どこか自分に似ているアルレスィア。初めての友達で、理解者で、対等なレティシア。友達以上の感情でもって、三人を想っていた。




「オルデクのガキんちょ相手には冷静ぶってたのにな」


 一生懸命手を振っていたシーアさんを、レイメイさんが茶化しています。


「クラウちゃんは年下ですシ、そこはお姉ちゃんとしての威厳をですネ」

「おーおー。珍しく言い訳にキレが無ぇぞ」

「……」


 無言で脛を蹴ろうとしたシーアさん。しかしレイメイさんはジャンプして避けました。身長差を考えれば、上に逃げるのも手かもしれません。


「ッぶねェな――」


 でも。


水流(【デヴィド】)(・イグナス)

「阿呆がッ!?」


 油断しすぎです。シーアさんの魔法に反応出来ずに、一足先に船へと流れていきました。激しい照れ隠しです。


「サボリさんを押し流す事に躊躇なんてしませン」


 シーアさんも寂しいのでしょう。クラウちゃん、カルラさんと二人続けて出会い、短い交流と別れを繰り返したのです。余韻に浸る時間もなく茶化されては怒ります。と、思いましたけど……アーデさんの時、シーアさんもしてましたね。


「とりあえず、カルメさんについて纏めておく?」

「そうですね。使う魔法は”蠱惑”、王国の北部に居る可能性が高く、カルラさんが警告するくらいには……癖が強いとの事でした」

「カルメさんに会ったラ、セルブロという執事に伝えないといけませんネ」


 纏めるとこれくらいでしょうか。気をつけないといけないのは、セルブロさんへの伝言ですね。絶対に忘れる事は出来ません。


「カルメさんはカルラさんに似てるそうですかラ、見たらすぐに分かりまス」

「この国だと珍しい雰囲気だったからね」


 雅というか、やんごとないというか、です。


「リツカお姉さんをずっと女性らしくしたラ、似てるって思いまス」

「私って、女性らしくなかったり?」


 確かに男勝りで、男なんかよりずっと強い自信はあります。


「リッカさまの雰囲気は、女性というより……女の子、なんです」

「そう、なの?」

「子供っぽいでス」


 実際そうかなぁとは思います。興味が湧けばとことんですし、最近は怒りっぽさも加速しています。すぐ疲れて眠くなるなんてすっごく子供っぽい……。


「でも落ち着いてる時は、女性っぽいと思う……!」

「その時は、凛々しさの方に注目してしまいますから……」

「麗人という感じでス」


 私は大人に見られてると思っていました。でも、本質は女の子みたいです。女として見られているなら、問題ないですよ、ね? アリスさんには凛々しいって思われているので、真面目な雰囲気を保つ努力をしましょう。


「そう考えると……カルラさんは大人っぽかったもんね」

「妖艶って感じでス」


 傾国の美女とは、カルラさんの事を言うのでしょう。


「だからシーアさんは、ドキド」

「違うんでス。きっとお二人に中てられただけなんでス!」

「シーアさんがどうしたの?」

「な、何でもないでスっ!」


 シーアさんが走って行ってしまいました。レイメイさんと追いかけっこが始まる前に、私達も船に戻りましょう。


「次はどんな所かな?」

「地図通りでしたら、エセファみたいですね」

「普通の町?」

「そうだったと記憶しています」


 段々と普通の町が増えて行ってます。浄化の観点から言えば楽なのでしょう、


「ダルシゅウみたいな都市は、もうないのかな?」

「北部には北部で、ノイスという町があります」

「それまでに荷物整理しておこうか」

「はい。食料等も乾物を残すように食べて行きましょう」


 もしもを考えて、保存が利く食べ物を残します。船とレイメイさんの”風”、ある程度の地図があるので迷う事はないでしょうけど、遭難した時に食べ物がないなんて困ります。


「エセファで整頓の時間を設けましょう」

「そうだね。休憩もそろそろ入れたいから」

「それでは、エセファで半日休みですね」

「うんっ」


 船に戻ってきましたけど、二人の姿は見えません。きっと追いかけっこが始まってしまったのでしょう。


 ふと空を見上げると、飛行船が飛んでいました。”強化”された目で見ると、カルラさんがこちらに手を振っていたのが見えたので、振り返す事にします。


(また、なの)


 口ぱくで再会を呟いたカルラさんを、アリスさんと私は手を振って見送り、遠くで走り回っているシーアさんは――手を振る事はありませんでしたけど、大きな”花火”で……見送っていました。




「賑やかですなぁ。祭りでも始まるんですかね」


 船員の一人が、カルラに話しかける。皇姫にここまで気安く声をかけられる皇国民は中々いない。それはイコールして、カルラがいかに民に愛されているかの証左だ。


「わらわの」


 カルラは遠目に、点のようになった友人達を見ている。点なのに、何をしているか、どんな顔をしているか、手を取るように分かるのだ。


「わらわの、()()()()()なの」

「ほう。皇国でもやってみますか?」

「なの」

(その時は、一緒に”花火”を打ち上げるの)


 カルラが扇子で顔を隠し、船室に戻っていく。緩んだ頬を誰にも見られないように、自分だけの宝物を隠す――少女のように。



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