『エアラゲ』友③
「ふぅー……ふぅー……」
「や、やり返しアリなんて聞いてないでス……」
エンリケさんとレイメイさんを締め出したのは正解ですね。カルラさんもシーアさんも服が乱れています。
「シーアの笑い方、特徴的なの」
「物心付いた時からこうだったってお姉ちゃんが言ってましタ」
物心付いた時からとなると、影響されたのでしょう。エルさんは普通の笑い方になってますけど、昔はシーアさんと同じ笑い方だったみたいですから。
「楽しんでいただけたようですね」
「複雑なの」
「自分が分からなくなりましタ」
シーアさんは一体、何と戦っているのでしょう。すごく目がぐるぐるしてます。
「とりあえず、服直そう。レイメイさんとエンリケさんが戻ってくるかもしれないし」
「結構暴れたようですネ」
「気付かなかったの」
カルラさんの服はまだしも、シーアさんの服はそんなに乱れるような造りではないんですけどね。雪国育ちだけあって、今の王国では厚着にならなくても良いみたいです。シーアさんのマントの下は結構薄着です。
「私達は片付けをしてますから」
「ゆっくりしてて」
来た時よりも美しく。”神の森”でするお花見の鉄則です。その鉄則は、どこでも変わらないです。
「私はもう着直したのデ」
「シーアちょっと待つの。リツカ達も」
カルラさんが私達を呼び止めました。大事な話みたいです。
「もしカルメに会ったら、気をつけるの」
「気をつける、ですか?」
妹の事で気をつけるようにと言うカルラさんに、私達は首を傾げます。
「カルメから何かをお願いされても頷いちゃ駄目なの」
カルラさんの表情を見て、皇家としての制約がある中で精一杯の警告だと私達は直感しました。
「魔法の限定条件か何かでス?」
「なの。わらわのよりちょっと強いの」
二人共同じ特級魔法なのでしょう。しかし、カルメさんの方が魔法の腕は上のようです。魔法は想いによってどこまでも効果が増します。その想いを強くするために、条件をつけます。アリスさんの”箱”がそれです。私を核とし、中に居る私の能力を制限する事で絶大な効果を発揮しています。ひとえに、私を守りたいという想いを、一心に込めるために。
「”魅了”か何かでしょうカ」
「上位なの」
「”蠱惑”ですね」
「なの。カルメに賛同したって見なされると掛かるの」
”魅了”とは、人の好意を操る力です。対象の恋愛感情を増幅させます。例え嫌っていても、好きへと変える……私が嫌う魔法の一つです。しかしこの魔法には、掛からない対象が居るそうです。相手に対して、無関心な場合です。相手に対して、ただの他人以上の感情を持ち合わせていない場合、魔法の等級に関わらず掛からないと聞いています。
「”蠱惑”ハ、そういった制約を抜きにしテ、好意的な注目を浴びる事が出来るのでス」
と、シーアさんが教えてくれます。”洗脳”に近いけれど、好意を集めるだけだそうです。”蠱惑”で人を操るには、術者本人にどれだけ人を操る腕があるかにかかっているという事ですね。
そういう意味では、”魅了”の最上位が”洗脳”といえるかもしれません。
「わらわも使えるけど、使った事はないの」
「分かってまス。”蠱惑”も”魅了”も万能じゃないですかラ、使った後の事を考えたら簡単に使って良いものではないでス」
”洗脳”には、相手に触れないといけないという条件があるものの、デメリットも制限もありません。”魅了”と”蠱惑”にはデメリットと制限があるみたいです。
「魔法にかかっている間の記憶があります。そして効果は十二時間程で一度消えます」
「再使用しなければいけないのデ、面倒でス」
術者がもし本当に、相手を恋に落としたかったら、魔法効果中に本当に恋させるしかありません。使えるかどうかで言えば使えるんでしょうね。しかし本当の愛はまず――生まれないでしょう。
「私達がカルラさんを気に入ってるのは間違いなく私達の意思でス。疑ってなんてないですヨ」
「……なの」
カルラさんが嬉しそうに、しかし恥ずかしそうに扇子で顔を隠してしまいました。この魔法が特級の者のデメリットをもう一つ上げるなら、自己紹介で教えようものなら疑われてしまう事なのでしょう。もしかして自分が今抱いている感情は、魔法によるものではないのか? となるのです。
カルラさんは何度かそういった経験をした後、自身の魔法を告げることはなくなったはずです。今日話したのは、私達への信頼の証。そして少しだけ、私達なら大丈夫という想いがあったからなのでしょう。
「……カルメもきっと、三人を欲しがるの。わらわよりずっと強引なの」
「強引といっても、そんなに――」
「お願いなの」
「……分かった」
とりあえず、カルラさんの言うとおり頷かず、賛同しないように注意します。余り話せない中でしてくれた警告です。心に留めておきましょう。
「ここまで警告してから言う事じゃないとは思うの。でも……カルメは良い子なの。だから、よろしくお願いするの」
「はい。お任せ下さい」
「見つけたらすぐに連絡するね」
「場所によっては私達の”伝言”が届かないかもしれませんかラ、一応お兄ちゃんに連絡先を渡しておいて下さイ」
「分かったの。ありがとう、なの」
カルメさんには何か、後ろめたい事があるようです。でもカルラさんが優しい子だというのですから、私達はそれを信じます。
皇国の情報統制。それを守るのは皇家として当然の義務でしょう。だから、深くは聞きません。私達の安全を確保するために、無理をして話してくれました。それだけで、カルラさんの誠実さを感じています。
「片付けに行くの」
「はイ」
「鍋は私が持つよ」
”蠱惑”が危険なのは分かりました。でも、アリスさんが居る限りその手の魔法は受けません。カルラさんが教えてくれたお陰で、アリスさんは確実に”拒絶”を行えます。なので問題は魔法ではなく……カルメさんの性格、ですね。
カルラさんと同じく、誠実で芯の通った、愛嬌のある方なのでしょうか。それとも、反対の性格? カルラさんが可愛がっているのは間違いないので、根は良い人に違いありません。
片付けを終え、船から降りる準備をします。そろそろお別れです。仲良くなった人たちとの別れはいつも、寂しいものです。
「もう行くの?」
「魔王は、私達”巫女”を狙ってるみたいです」
「だから、マリスタザリアを呼び寄せる可能性があるんだ」
「なの……」
カルラさんが話し辛い事を話してくれた事の礼ではありませんけれど、私達も真実を話します。本当はもっと長居したいと思ってます。でも、マリスタザリアや幹部連中を呼び寄せてしまうと、被害が大きいのです。
「私達も、もう少し長居したいとは思っているのですけど……」
「こればっかりは仕方ありませン」
「その分魔王にとっては脅威って事なの。皆が魔王を倒すのを、待ってるの」
「うん、ありがとう。魔王を倒したら共和国にまず行って、王宮に一回寄るから」
「その時に居られるかはカルメ次第だけど、分かったの」
シーアさんもまた会いたいでしょうし、少し早すぎる予定を伝えておきます。
「また会えるの?」
シーアさんの両手を胸の前で握ったカルラさんが、切実に尋ねています。
「絶対会えまス」
「シーアから会いに来て欲しいの」
「もちろん行きますヨ。友人としテ、友人としてでス」
「頑ななの」
何の為の念押しなのでしょう。カルラさんは嬉しそうですし、余り他意はないのでしょう。
「サボリはもっと人との接し方に気をつけるの」
「何で俺には駄目出しなんだ……?」
「兄様よりは頼りになる男っぽいけど、頼りない事には変わりないの」
「お前のダチだろ。何か言え」
「次会う時までにまともにしておきまス」
「おい」
シーアさんはカルラさんに、レイメイさんの評価をどう伝えたのでしょう。王国に居た頃に比べて、ずっと頼れる人になっているのですけどね……。シーアさんも分かっているでしょうし、私の言っている頼れるどうこうとは違う意味なのでしょうか。
「リツカ」
「うん?」
「もっと自分を大切にするの」
エリスさんにも、言われましたね。カルラさんにも言われるという事は、私は成長してないのでしょう、ね。
「大切には、したいんだけどね。マリスタザリアとか、不届き者が多くて」
「わらわが居た所為で逃げられなかったの。だから余り強くは言えないの。でもリツカ。今後は逃げる事も覚えるの」
「そう、ですね」
目の前でアリスさんに手を出されようとして、逃げる事が出来るでしょうか。カルラさんからの忠告はしっかり聞いてあげたいとは思ってますけど……んんん。
「善処、するね」
「それはやらない人の言う言葉なの……」
「あはは……でも、死にたくはないから、大丈夫」
「なの。そこが守れるなら、多くは言わないの」
カルラさんが何度も頷いてます。弾を手で弾いたのは失敗ですね。カルラさんに、命を投げ出すタイプと思われてしまいました。そんな事はない、ですよね。昔はそうであったとしても、今はちゃんと守れているはずです。
「アルレスィア」
「はい」
「まだわらわは諦めてないの」
「私に、負ける気はありません」
「なの。どうせなら三人纏めてわらわの家に、なの」
「そうなった場合、二組出来るだけですよ」
「……そんな気がするの。それならそれでも良いの」
「”神林”からまた出る事が出来るかは分かりませんけれど、その時は皇国へ行きます」
「アルツィア様にお祈りしておくの。また出してもらえるようになの」
「私達も祈っています」
私には半分くらいしか分からない話でしたけど、アリスさんとカルラさんはライバル関係にでもなった、のでしょうか。お互いを高めあう存在? よく分かりません。これも友人としての形なんですか、ね。
別れを惜しみながら、私達は船を降ります。お互いが見えなくなるまで、シーアさんとカルラさんは手を振り続けていました。次会える時は、カルラさんも喜んでくれるでしょう。何しろ平和な世界になっているはずですから。
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