『エアラゲ』友②
アルレスィアとリツカが席を立ち、食堂に向かっていった。
「二人は片時も離れないの?」
「最近分かった事ですけド、リツカお姉さんは思った以上に甘えん坊みたいでス」
「なの? かわいいの」
カルラの疑問に、レティシアが小声で答える。欠伸をしているウィンツェッツと、何やら書類を見ているエンリケに聞かれないためだろう。
「でもわらわから見た印象だと、アルレスィアの方が甘えん坊なの」
「巫女さんガ、ですカ?」
「なの」
(そういわれると、思い当たる事が多いですね。リツカお姉さんが視界から消えると、そのまま居なくなるかもって思う時があるのに関係してるのでしょうか)
戦いの時、戦いに赴くとき、戦いを終えた時。レティシアはその時、リツカが視界から消えると少しだけ不安になった。
この感覚をレティシアは、リツカの戦い方が起因していると考えている。自らの身を削るような戦い方が、どうしようもなく不安なのだ。簡単に死にそうな、リツカが。
「わらわは、アルレスィア次第だと思ってるの」
「お二人が進むにはですネ?」
「なの。何となくだけどわらわは――」
顔を近づけ、小声で話す。集中しながら、だ。
「リツカからは絶対に告」
「こほん」
「なの!?」
「は、早かったですね!?」
「暖め直しに行っただけですから」
アルレスィアが気配を消したので、リツカも追従して気配を消した。そして仲良さげに額をあわせるように話していたレティシアとカルラに近づいたのだ。何故二人はアルレスィアにこんなにも驚き、必死に言い訳をしているのか、リツカはただただ首を傾げ目をぱちぱちと、瞬きさせるのだった。
「レイメイさん。あの男にこれを、適当に食べさせてきてくれませんか」
「あ? あぁ、まぁ、構わねぇが」
「すみません」
男の様子を見るついでに、食事を与えようとしました。捕虜の扱いには気をつけなければいけません。あの男は見捨てられたとはいえ連合所属です。捕虜の扱いが悪かったなんていうのも戦争の引き金になったり、後の講和に響きます。
ではなぜ私達がせずに、レイメイさんに頼んでいるかというとですね。私はアリスさんに……男に食べさせるなんて事をさせたくなかったのです。そしてアリスさんも、同様でした。お互い、言葉に出して確認し合ったので間違いありません。
「上等な食い物だな。あいつには勿体無ぇだろ」
「向こうの世界での話しですけど」
「あ?」
「牛蒡を捕虜に食べさせたとい記録が残ってるんです」
「ゴボウがどうしたってんだ」
こちらにも牛蒡はあります。栄養価が高く、摩り下ろしたり細切りにしたりして、どんな料理にもとりあえず入れても良いほどです。正直いって、捕虜に与えるなら牛蒡ほど良い食事はないでしょう。健康面から考えるなら、ですけど。
「外国では牛蒡を食べる文化がなかったらしく、木の根を食べさせられたと手記にかかれ、問題になった事があるんですよ」
「……阿呆なのか?」
「私もそう思いますけど、どんなところから問題になるか分からないって話しです」
「あぁ、そういう。連合じゃこれが普通の食事って事か」
正直、豪勢です。犯罪者に与える食事ではありません。でも、捕まえたとはいえ連合の人間なのです。切り離したのは侍従の勝手な判断。ヒスキがもし掌を返せば、いくらでも口実にされます。
あの男に、こっちの方がむしろ良かったとでも言わせることが出来れば、拘束ではなく保護と言い張れるでしょう。
「美味しければ問題ないと思うので、とりあえず口に放り込んでください」
「それはそれで問題じゃねぇか……?」
「暴力さえ振るわなければ問題ありません。結果よければ、です。煽るのはなしですよ」
「分ぁってる」
レイメイさんが帰って来るまで自由時間ですね。帰ってきたら、町を後にしましょう。冒険者問題にしろ、貴族優先しすぎ問題にしろ、連合の問題にしろ、私達が止まって良い理由になりません。これらは全て、魔王討伐後にコルメンスさんの手によって解決へと向かいます。私達はそれを報告するだけです。コルメンスさんも多分、背中を押してくれるでしょう。
出来合いの物ですし、口に合わないことなんてそうそうありません。これもまた、私はアリスさんの手料理を食べさせたくなくて、アリスさんは私の手料理をーっと、なったわけです。
そういったやり取りを終えて、アリスさん特性ブイヤベースの準備を済ませた私達は帰って来ました。シーアさんが驚く程の速度で戻ってこれたのは、材料をお鍋に入れるだけだったから。それと――アリスさんが、ちょっと早めに戻ろうと提案したからです。
「アルレスィア、待つの」
「待っています。どうぞ、続けてください」
(続けられる雰囲気じゃないです)
「け、気配を消して近づくなんて卑怯なの」
「お二人の歓談を邪魔するのは、憚られたものですから」
何故アリスさんが二人を威圧しているのでしょう。止めた方が良いのでしょうか。シーアさんが助けを求めてますけど……。何かアリスさんは楽しんでる風ですし、私は……アリスさんが入れなおしてくれたお茶でも飲みながら、少し眺めることにします。
「シーアさんは五歳の頃、エルさんに抱っこされて共和国を歩き回って――」
「な、何で知って――! って巫女さんなら当然……や、止めて下さ」
「詳しく聞きたいの」
シーアさんの口を押さえたカルラさんが興味津々です。シーアさんなら問題なく逃げられたでしょうし、振り解けますけど、シーアさんもカルラさんの事が気に入ってるみたいですからね。
「六歳の時には魔法の練習で泥だらけに帰って来たシーアさんをエルさんがお風呂に」
「なの。シーア、一緒に入るの」
「それくらいなら旅が終わった後に、って何故私の過去だけ――」
シーアさんの目がぐるぐると回っています。エルさんとエリスさんに見せたい光景、その四くらいになりそうですね。
レイメイさんが戻ってくる気配があるので、そろそろ止めて上げましょう。レイメイさんに今のシーアさんを見られたら、二人の追いかけっこが始まるでしょうから。
というより……レイメイさん、帰ってくるの早いですね。適当に食べさせて来てとは言いましたけど……。まさか、詰め込んだりしてないでしょうね?
「……」
「リツカお姉さん助けてくださイ!」
じっと私を見ていたエンリケさんですけど、シーアさんの声で再び目を閉じ動かなくなりました。何か用事があったのでしょうか。
「レイメイさん帰って来たから、その辺で」
「少し白熱しすぎました」
アリスさんが私の隣に座って、クスクスと笑っています。ちょっとした息抜きが出来たみたいで良かったです。私の所為で心労をかけてしまっているのですから、もうちょっとゆっくりしても良いかもしれません。
「普段シーアさんが弄る側だもんねぇ」
「うぐ……」
アリスさんがシーアさんを攻め立てる事は余りありません。今回シーアさんはやりすぎてしまったのです。アリスさんの逆鱗に触れてしまいました。
「自業自得なの」
「カルラさんも怒られる側だったんじゃないんでス?」
「シーアさんが情報提供側でしたので」
「供給源を断つのが一番楽で効果的なの」
(アルレスィアはいつから聞いてたの?)
カルラさんもシーアさんと一緒に怒られる側だったようです。でもアリスさんとしては、情報を渡していたシーアさんの方が重罪だったと。
「でもカルラさんも同罪ですからね……何かしてもらいましょう」
「そうでス。罰は必要でス」
「なの!?」
「自業自得でス」
”巫女”と女王の妹、皇姫と、国の重要人物が和気藹々と、罰ゲームを決めてる姿っていうのは、良い物ですね。世界がこれくらい楽しくて、優しいものなら良いのに。
「それではシーアさんによるくすぐりで」
優しいようでそこそこ辛いものですね。苦手な人は本当に苦手です。
「私がするんでス?」
「その方がお互いの罰になるかと思いまして」
私がアリスさんにくすぐられた場合を想像します。
(ご褒美かな?)
擽られた事はありませんけど、似たような事ならほぼ毎日されたりしたりしてますし。
(擽られるのは苦手なの。カルメに何度もされてる事なの。でもシーアと距離を縮める機会なの? 絶妙な罰なの)
(弄られた仕返しの機会です。でも、少しだけ意識してしまってる相手を擽る……意識です? 違います。クラウちゃんに対してと同じ感情のはずです。同年代の友達が少なくて勘違いしちゃってるだけなはずです)
すごく唸りながら、二人が迷っています。私なら即体を預けますけれど、ね。
「兄様、奥に行ってサボりと一緒に待機するの」
「……? 分かりました」
エンリケさんは首を傾げながら船内に行きました。男性に見せたいものでもないですしね。たとえ親族であっても。
「シーア、来るの」
「大丈夫でス。やれまス」
そんなに覚悟するほどの事なのですかね。私も友人とはした事はありませんし、何か思う所があったのでしょうか。どこまでやって良いか迷ってたとか。
「どこを擽るの?」
「腰を狙ってまス」
「そこが一番弱いの……」
「弱い方が罰になりまス」
シーアさんが意を決したようにガシっと腰を掴むと、カルラさんが大きく跳ねました。本当に苦手みたいです。
「行きますヨ」
「……なの」
シーアさんの手が動来ました。初めは我慢していたカルラさんですけど、次第に笑い声が大きくなっていきました。失礼ながら面白いと思ってみてたのですけど、いつの間にかシーアさんも笑っていました。カルラさんが仕返しをしてます。
シーアさんは擽られても、クふふふと、少し特徴的な笑いのままでしたね。
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