『エアラゲ』友
「レティシア、連絡先交換しておくの。アルレスィア達もなの」
「はイ」
「私のはこちらです。リッカさまは”伝言”が少し苦手なので、連絡がある際は私にお願いします」
「なの」
(伝言が苦手なのは本当っぽいけど、釘を刺されたの)
シーアさんとカルラさんが仲が良いのは十二分に分かりました。アリスさんも、カルラさん相手には素直に感情を出しているような? ちょっと胸が痛いですけど、良い事、なんです。
「王国の次はどちらに向かうつもりですカ?」
「レティシアが思ってる通り、共和国なの」
私達が王国北部を探索する間、カルラさん達は北東北西、共和国を中心に探す手筈となっています。まずは共和国に行って、挨拶といったところでしょうか。
「ちゃんと挨拶してくるの」
「違う意味に聞こえますけド、今は深く問いませン。もし王宮に寄るのでしたラ、私達の事はお姉ちゃんに会うまで話さないで下さイ」
「なの?」
「ちょっと今ハ、元老院がクーデター中なのデ」
「どういう事なの?」
エルさんの安否も気になっているであろうシーアさんは、努めて平静を装っています。エルさんは無事と思っています。女王陛下にもしもがあれば、元老院に付いていく人なんていません。
「元老院が連合と組みましタ。連合の王国侵略を手伝イ、共和国と王国の既得権益に物申しているのでス。後、お姉ちゃんが独裁を強いてるといつも言ってたのデ、それにも文句があるんでしょうネ」
「お馬鹿なの。王国と共和国の関係は、国同士の関係としては理想なの。あれ以上を求めると同盟が成り立たないの」
「今の元老院は名ばかりのガヤですかラ、理想の理想を語る集団になってますヨ」
実現不可能でも、国民にとっての理想論を吹聴すると、固定の支持者がつきます。選挙制の共和国では、固定の支持者が居るのはプラスです。
「お姉ちゃんには、私は大丈夫と伝えてくださイ」
「なの。しっかり話すの」
「私達がシーアさんを誘拐してる事になっているので、その辺りも伝えてくれると嬉しいです」
「それも元老院なの?」
「うん」
「そういや、そろそろ出回るんじゃねぇか」
共和国の話を王国領で流布するなら、本来はまずコルメンスさんに報告が行くでしょう。でも、王国北部の状況を見ると……王都まで話が行く事はないんじゃないでしょうか。
連合のとった二つの作戦は、どちらも似ています。王国に罪を被せ、攻め入る口実とするという物です。ただ、元老院は国際法を知らなかったようです。どうやら”巫女”では、戦争は起きません。誘拐犯にレイメイさんも含まれているので、王国の所為であることに変わりはありませんけど……。
国際法の”巫女”に関する項目ってもしかして、知ってる人の方が稀有なんじゃ……。カルラさんとシーアさんは知ってました。コルメンスさんとエルさんは知ってそうです。私達と近しい人しか、知らないんじゃ?
「とりあえず、元老院は放置なの。今は静観するしかないの」
「ですネ。お姉ちゃんとの謁見は、皇姫である事を伝えれば実現するかト」
「まず会えない人だもんね。皇姫様は……」
「皇姫様の望むように最大限の配慮をすることで、結付きを欲するでしょうから」
元老院としても、皇国との交流は欲しいでしょう。既に私達の所為で元老院の評価は地に落ちてしまいましたけど、共和国はエルさんが治める国ですから。共和国と皇国は仲良くなれます。
「それト」
「なの?」
「シーアデ、良いでス」
「良いの?」
「あくまデ……あくまで友情の印でス」
「なの。今はそれで良いの」
まだ少し、皇姫と女王の妹としての関係が抜け切れていなかったシーアさんが歩み寄っています。微笑ましいですね。カルラさんも普通の女の子みたいに喜んでいます。
「今じゃなくテ……もウ、それでも良いでス。とにかク、次会うのは皇国か王国ですネ」
「共和国じゃないの?」
「多分、王国に居る事の方が多くなるかもしれないのデ」
「なの?」
選任の仕事を続けるということでしょうか。エルさんとコルメンスさんの橋渡しとか? 今よりずっと忙しくなるのは、間違いなさそうです。
「シーア達の目的地ってどこになるの?」
「北のどこかでス」
「正確な場所は分かってません」
「適当に行ってる感じなの?」
「北に居るって、確信に近いものはあるんだ」
カルラさんに、北に近づかないように注意したのも全て、魔王の存在ゆえです。飛行船での移動と分かった後でも、その考えは変わりません。司祭が放った黒の砲撃。記憶に新しい、光を飲み込む悪意があります。あれを魔王は自在に撃てると考えるべきです。ならば、カルラさんに警告する事に躊躇はありません。自分の上を通ったから、なんて理由で撃ち落されかねないのです。
「そちらは手伝えないの」
「あの狙撃手を連行してくれるだけで充分ですよ」
「コルメンスさんに警告したいから、実際に狙撃をした男からの話は参考になると思うんだ」
私のはあくまで想像。私ならこうしただろう、という考えでしかありません。何人も殺したあの男なら、狙撃手側からの視点を話してくれるでしょう。
「減刑を餌に聞き出すの」
「カルラさんも狙われたんだから、そこまでしなくても……」
「本来なら極刑です」
「助けられたから、それで終わってるの。情報を引き出すためでしかないの」
「死刑だった事を臭わせてますシ、一度の情報提供ではせいぜい無期刑でしょうかラ」
「すぐに出て来てもらっても困るから、二十五年以上は絶対に檻の中なの」
あれほどの腕を手に入れるために、何十人と殺しています。どんなに情報を引き出そうとも極刑は変わりないでしょう。減刑を繰り返しても、極刑のままかもしれませんね。せいぜい檻の中での、短い生活が潤う程度のものでしょう。
私の感情が多分に含まれてますけど、ね。アリスさんを狙った人間が、ただの情報提供で服役刑なんて赦せません。カルラさんに処遇を任せたのは、私が決めると極刑以外の選択肢が頭に浮かばないからです。
「そういえバ、浄化は良いんですカ?」
町を歩いた時一応見ましたけど……。
「それがね。居ないっぽい」
「元々ストレスを感じる事が少ないのでしょう。町の雰囲気も、貴族を優先させているという事以外は良好です」
「発生する悪意自体少ない上に、魔王が吸い取ってるっぽいから」
王国、というより”神林”に近くなるほど悪意が強くなるのかもしれません。そう考えると、北が少ない事に納得がいきます。”神林”の結界を蝕むために、悪意を意図的に吸い取っていないとか? 北部ではそれを気にしなくて良いので、ガンガン吸い取っている、と。
「”巫女”を名乗る状況も減っていくだろうから、選任冒険者として神隠し事件の方に集中しよう」
「その方が良いかと。オルデクでは別件でしたけれど、この先に犯人が必ず居るはずです」
”巫女”では動き難いという状況なのです。もはや、自尊心は置いておくべきでしょう。”巫女”のままで在りたいと願ったアリスさんの想いを叶えてあげたいと、心から想っています。でも今は、旅の行程を優先させましょう。私の所為で大きくズレているのです。
(でも…………止められないものは止められないんだよね)
食事を終え、しばしのお茶休憩をしています。
「二つ目の鍋は良いの? シーアが見に行って、まだって話だったはずなの」
「では、私達が様子を見に行きましょう」
(巫女さん。私が食べちゃいましタ)
席を立ったアリスさんが、シーアさんを見ています。もしかしたら、シーアさんはつまみ食いをしてしまったのかもしれません。というより、空。
「余りそうなら貰っていきたいの」
「……!?」
シーアさんの驚愕といった表情。間違いなく鍋は空です。
「では暖め直しますので、是非夕飯にでも食べていただけると嬉しく思います」
「もちろんなの。料理長にも伝えておくの」
「ありがとうございます」
シーアさんが大量に食べるのを前提にしていたので、材料はあるのです。それをアリスさんは、夕飯用に暖めるつもりみたいですね。
(ありがとうございまス)
シーアさんがほっと一息ついてます。変な見栄を張らなければ良かったのに。でも、新しく出来た友達の前で、あの光景を見せるのは……シーアさんでも恥ずかしいのでしょうね。
カルラさんなら、受け入れてくれそうなものですけど。