『エアラゲ』国際交流⑫
「おい。元皇子」
「……ッ」
ウィンツェッツの言葉に、エンリケは鋭い視線を向けた。
「何だ。そんな顔も出来るんじゃねぇか」
「……何の、用ですか」
「この国のやり方を知らんだろうからな。手伝って来いってな」
「……余計な、お世話です」
リツカはエンリケを怒りの感情で見ていたけれど、元皇子として敬意は持っていた。アルレスィアもレティシアもそうだ。しかし、ウィンツェッツにはない。リツカの思惑からは大きく外れたけれど、結果としてエンリケという男をウィンツェッツは知る。
「何で妹の言いなりになってんだ」
「……貴方も、年端も行かない子達に使われているじゃないですか」
「アイツ等見りゃ分かんだろ。皇姫と一緒でガキじゃねぇよ」
「……」
賞賛か誹謗か分からない投げやりな言葉にも関わらず、エンリケに批難の色は見えない。
「俺は少なからず敬意を持ってるが、アンタは違ぇだろ」
年齢はウィンツェッツより二つ上かそこらだろう。カルラとはそこそこ歳が離れている。
優秀すぎる妹を持った兄は、皇家初の只人へと戻ってしまった。ただの人に戻っただけだけど、周りはそう見ない。常に出来損ないとして見られてきただろう。
「貴方には、関係ないでしょう」
「まぁな。答えたくなけりゃそれでいい」
「……ッ……好き好んで……」
ウィンツェッツは黙って聞く。
「好き好んで言いなりになっている訳じゃない……! 仕方ないだろう!? カルラが居なければ、俺は生きることすら難しい……! 何も出来ないからじゃないぞ!? 何もさせてもらえないからだ!」
それは、爆発だった。
短い言葉しか話せないのは王国の言葉を余り話せないからだ。今エンリケは、皇国の言葉で感情に任せて話している。だからウィンツェッツには何一つ聞き取れない。わかるのは、怒りだけだ。
「皇家からの追放も訳が分からない……! 妹二人が優秀な所為だ……! 優秀すぎた所為で、平凡な俺が無能に見えたんだよ! 俺がカルラに敬意を持ってるかどうかだと!? 持ってないに決まってるだろ! 同格だぞ!! 優しい妹のつもりなんだろうが、結局は皇女になるための踏み台だろ!! カルメを見つけた功績を俺に? それで皇家に? そんなの無理に決まってるだろ!!」
周りも、異国の者が喚き散らしている姿を見て足を止める。尋常ではない怒りに、ウィンツェッツも少しだけ後悔を滲ませる。
「あー、煽っといて悪ぃが、その辺に」
「俺の何が悪いってんだ!? 皇家の理念に沿ってたろう……!! 何でカルラとカルメが評価される!? 今の皇女は――」
「兄様、そこまでなの」
「――――ッカル、ラ……」
シャン、と神楽鈴が鳴ったかのような声が、騒然としていた大通りに響く。散々大声で叫んでいたエンリケの声よりも、小さいながらも力のある声が、その場を支配する。扇子で口元を隠し、感情を見せずにカルラが――エンリケを見ていた。
何でそうなったのか。私の余計な好奇心が起こしてしまったのでしょう。エンリケさんの発狂とも思える罵声は、私達に……カルラさんにしっかりと届いてしまいました。
「兄様の気持ちは知ってたの」
「……ッ」
「でも兄様は分かってないの」
「何が、ですか」
「兄様が間違っていたんじゃなくて、今までの皇家が間違っていたって事なの」
皇家の過ちが何なのか、シーアさんでも知らないようです。その過ちを改善しようとしているのがカルラさんであり、現皇女という事でしょうか。
「まだまだ改善には程遠いの。だけど上位陣は一部を除いて皆頑張ってるの」
「……」
「そんな中で兄様は――」
「それ以外に、どうしろっていうんだ……! 攻めてくるんだぞ!?」
「民を守る為に必要な迎撃ではあるの。でも兄様は何時も損害を出しすぎなの。わざとやってるの?」
「俺は、本気で……!」
「だから、追放されたの」
「! ……」
「わらわとカルメが居たから追放されたのは間違いないの。でも、兄様は努力を怠ったの」
「お、俺はあれでも……」
「兄様。皇家の人数は多いの。そんな中で生半可な努力では生き残れないの……。追放はなくても、死ぬ事は日常茶飯事なの。死なない、死なせない、それが一番良いの。それが出来る人が――皇なの」
皇家の状況を詳しく知らなければ、二人の会話についていく事は難しいです。ただ、エンリケさんが何故追放されたか、その一端は見えました。
どうやら内紛が起こった際、エンリケさんが指揮を執ったのでしょう。そして、カルラさんやカルメさんと違ってエンリケさんは損害を出しすぎるのです。何より……何度もそれを繰り返している。
そんなに内紛が起こるのかと、まず疑問が飛び出します。そして、追放はなくても死亡はある……。血で血を洗う戦いが何度も行われ、皇家の者が死ぬ場合もあるのです。そんな世界で皇になる者は、まさに……覇者なのでしょう。
戦う力を持たない皇家という点、そしてカルラさんが言った、「死なない、死なせない」という言葉。恐らく、民を皇家の方が指揮し、戦争を行うのです。だから、損害を多く出すエンリケさんは……追放されたのです。民が居るから、国が成り立つ。その民を無益に死なせるエンリケさんは、皇家に相応しくないという烙印が押されたのでしょう。
「兄様の復縁は条件つきなの」
「条件……」
「今後一切の戦争行為を禁じるの。政治への干渉も駄目なの。というより、皇家を名乗れるだけなの」
「……」
「継承権もないの」
「……」
皇国にとってマイナスとなる人なのです。一度皇家の名を剥奪された人間を再び戻すなんてこと……出来ないと思います。エンリケさんもそう思っているようです。でも出来ると、カルラさんは自信たっぷりに言います。皇女が優しいのか、それともカルラさんの継承権順位が高いのか、ですね。
「溜め込んでるのは分かるの。だからって、こんな所で喚くのはやめるの」
「こいつが……」
レイメイさんを、エンリケさんが睨んでいます。確かに私は、少し探りを入れて欲しいと思って、レイメイさんに付いて行くようお願いしました。でも、こんなに怒らせるなんて思わなかったです。秘密にしたかった部分を突っついてしまったようです。
「カルラさんそれは私が」
「リツカ達が、わらわを心配して……兄様がどんな人か知りたがってるのは分かってるの。だから、怒ってないの。皇家の問題は繊細すぎるから、中々言い出せなかったの」
カルラさんはそう言ってくれますけど、しっかりと謝罪はします。エンリケさんが気にしているところを、掘り返してしまったのは事実なのですから。
「エンリケさん。無理に調べようとして、申し訳ございませんでした……」
「い、いえ……俺、いえ私も……我を忘れ、失礼を」
カルラさんの言葉で落ち着いていたのか、許してもらえました。
「サボリさんも謝った方が良いんじゃないですカ」
「後で謝っておくわ」
(つぅか、ほぼ俺の所為だしな)
「……レイメイさんが煽りすぎてしまったようで、申し訳ございません」
「こちらも……あんな絡まれ方をされたのは初めてだったもので……カッとしてしまいました……」
アリスさんがレイメイさんの代わりに謝罪してます。私の所為なので言いませんけど……何て子供っぽい光景なのでしょう。だいたいどんな煽り方したんですか……。
「無気力状態だった兄様をあそこまで怒らせるなんて才能なの」
「普段私と煽り合ってますからネ」
「煽ってる自覚あったのかよ」
「自覚がないト、ただの口の悪い子供じゃないですカ」
「そうじゃねぇのか」
シーアさんは基本的にレイメイさんを狙い打ちます。たまに私にも流れ弾が飛んできますけど、レイメイさんを弄ってる時はガンガンいきますからね。弄りやすくて楽しいって感じです。レイメイさんも進んで応戦してますし、もはや日常風景です。
「わらわのレティシアを煽るのは止めるの」
カルラさんがシーアさんの横から抱きついて、レイメイさんを止めています。シーアさんを守るというよりはむしろ、シーアさんを弄る側に見えるのは何故でしょう。
「何か、お前等のそれ、既視感があるんだが」
「奇遇ですネ。私もそう思いましタ」
先程までじゃれ合っていた三人が首を捻っています。既視感も何も、うん。あれですよね。こっちを見ても、私達から言う事は無いです。