『エアラゲ』国際交流⑩
「そうなの。もしカルメに会ったら傍に居るであろう、セルブロという男に伝えて欲しいの」
「側近でス?」
「なの。でも執事みたいなものなの」
どうやらカルメさんについて行ったようですけど、何か事情があるようですね。
「元々わらわに仕えてたの。でもカルメの様子が余りにもおかしいから、セルブロにカルメの様子を見るように言ってたの」
皇国に居た時に頼んでいたみたいですね。今もその命令を忠実に実行しているのでしょう。
「セルブロには、妹に仕えるように言ったの。まさか国を出るなんて思わなかったからなの」
「セルブロさんは、止めなかったんですか?」
「止めたとは思うの。でもそれで止まるカルメじゃないの」
妹さんはその、我侭さん、ですね?
「カルラさんへの報告はあったんでス?」
「なかったの。きっとカルメが口止めしたの。セルブロも迷ったはずだけど、カルメに仕えているセルブロは、カルメについていく事を選んだみたいなの」
本来ならカルラさんに伝える義務があります。でも、妹さんに口止めされたので、ついて行って面倒を見ることで守っている……のでしょうか。
「セルブロはわらわ達が追ってきてる事も知らないだろうし、多分カルメがわらわの伝言紙を奪ってるから連絡も取れないの」
「抜かりないね……」
「わらわ達はお互いを良く知ってるから、仕方ないの。地道にいくの」
では、セルブロさんへの伝言は、カルラさんが探しているから待つように、とかでしょうか。
「セルブロには、生きてちゃんと戻るようにって伝えて欲しいの」
「生きて、ですか?」
アリスさんの疑問は、私も思いました。
「セルブロは責任感が強すぎるの。今でこそカルメの我侭に付き合ってるけど、わらわの事を知ったら自殺しちゃうの」
忠義心の塊のような人です。良い執事なのでしょう。でも、命を絶つのはいただけません。
「しっかり伝えます」
「お願いなの」
生きて、とわざわざ言わないといけない程です。もし言い損ねたら本当に……気をつけなければいけません。
そろそろ、お昼時を越えますね。
「一緒にご飯を食べましょウ」
「あっちに食事処があるの」
これは、あれですね。いつもの奴ですね。シーアさんの吃驚胃袋が披露されるんですね。
「こいつ等どうすんだ」
「……」
律儀に、じっと待ってたんですね。こちらを睨んでいる侍従からは、怨念すら感じます。
「特に行動を縛っている訳ではないので」
「私達から何かを命ずる事はもうありませんよ」
忘れていた訳ではありません。私達からの質問が終わった時点で他人だっただけです。
「そちらに無くとも、こちらにはある! 早くこの魔法を解け!」
「ただ寝ているだけですって」
命令出来る立場だと思ってるんでしょうか。私がいつ、あなた達を赦したんです? 今でも怒ってますよ。当然の如く。
「余程疲れたんでしょう。二日は起きないんじゃないですか」
「な……! 貴様抜け抜けと……!!」
侍従は私の魔法と思ってるんです。その勘違いはそのままにしておきましょう。
「そのまま起きるまで滞在するか、連合に帰るか、自由にしてください」
「……ッ!!」
「これは老婆心でしかないんですけどね」
余りにも状況が理解出来ていない侍従に、優しく分かるように伝えて上げます。
「マリスタザリアはあなた達如きがどうこう出来る相手ではありませんし、話が通じる相手ではありません。どういった方法で王国と連合を戦争に導こうとしたかは知りませんけど、この国でフラフラと適当に歩いて無事でいられると思わないことです」
ヒスキが倒せるのはせいぜい、普通のマリスタザリアだけです。魔法や武術を使うような個体に会ったらアウトでしょう。あんな板でマリスタザリアは殺せませんし、ヒスキの毒程度じゃマリスタザリアの動きを止められません。
「生きて帰る事を前提にした作戦みたいですけど、二人纏めて死んだらどうなるんでしょうね」
「王国で死んだ時点で――」
「死体も残らないなら、王国で死んだかどうかも分からないじゃないですか」
連合の土地で行方不明かもしれないんですよ。そんな曖昧な話で動く程、国って軽いんですかね。
それに、ヒスキがのし上がる為の作戦で共倒れなんて、馬鹿みたいじゃないですか。
「大人しく帰った方が良い。今のこの国を、軽い気持ちで歩くべきじゃない」
カルラさんのように、明確な目的と決意があるわけではないんです。さっさと帰る事を勧めます。これでも最大限優しくして上げてるんですよ。
「小娘如きが……大人を虚仮にするな……! いきがるのも大概に」
どこかで聞いた事があるような台詞です。大人とか子供とか関係あるんでしょうか。対マリスタザリアに関して私達はプロです。これは自負であり、事実。
いきがっていると言いますけど、私をいきがらせているのはそちらです。普段から私が、こんなに高圧的だと思っているのでしょうか。
「その如きに負けて、虚仮にされるような失態を繰り返したのはどちら様ですか」
煽る感情すら出さず、状況確認程度の声音で尋ねます。
「大人だというのであれば、年齢だけでなく態度で示した方が良い。ヒスキはまだその辺り、大人でしたよ」
屑である事は間違いないです。でもまだ、振る舞いは大人でした。最低の大人ですけど。
「侍従一人の態度で、主人の格は上下する。今のあなたはヒスキをただただ、貶めている」
「!!……」
ヒスキの格なんて心底どうでも良い。すでに落ちるところまで落ちている人間の格なんて無いに等しいですし。でも侍従はまだ、ヒスキは至上だと思っているでしょう。この言葉は、侍従から二の句を出させなくさせるための方便です。
もうこの人との話は終わりです。どうせ、ヒスキが起きたら活動を再開させるでしょう。私はヒスキに帰るように命じています。でもそれを破ったところで、私にどうこう出来るわけではないのです。だから、反故にするなら勝手にすれば良い。
「こっちの男はわらわの船に積むの」
「荷物扱いするな……」
「快楽殺人者は黙ってるの。口を閉ざすと良いの」
「じゃあこれで」
話せないように口を縛ります。魔法も使えないようにしないといけませんでしたからね。ついでに手足と体を完全に縛りなおしておきましょう。
「船に運びましょうか。レイメイさん、お願いします」
「あぁ」
「お願いするの」
船という事は、ブフぉルムに寄ったのでしょうか。そういった話は出ませんでしたけど……。尋ねない限りは、個人情報をペラペラ喋ったりしないですよね。普通。
やっと戦闘区域から離れて、一安心です。でも……。
「ごめん、アリスさん。早々に汚しちゃって……」
白いカーデに血が点々と付着してしまっています。しかも、アリスさんにまで。赤いローブの方は目立ちませんけど、カーデは脱ぐしかありません。
「リッカさまが私を助けてくれた証です。もし血がついても脱げるようにと、これにしたのですから」
「うん……」
せっかくの純白が……。
確かに、これのお陰でローブに殆ど血はついてません。赤いローブが更に誤魔化してくれてます。前の様に血だらけの状態で歩かないといけないという事態にはなっていないので、嬉しくはあります。
でも……。
「卸したての日くらいは、綺麗なままで居たかったかも……」
切羽詰ってしまったのは、私がどこかでヒスキを侮ったから。あれだけ欲した二人をまさか狙う事はないだろうと思ったのが間違いです。もっと早く気付けば……。
「リッカさま」
「うん……」
「私の”拒絶”ならば本来、こういった跡も落とせます」
「そう、なの?」
「はい」
本来という事は、今回は出来ないという事です。何より、もし出来ていたら今までだってしてくれたはずですから。
「でも私は、リッカさまを……リッカさまの血であっても、”拒絶”なんてしたくないのです」
「……!」
私の血で、あっても……。私から離れて、ただの血痕となってしまっていても……私の頑張った跡だからと、アリスさんは慈しんでくれています。
「この跡は、私の不甲斐なさでもあります。伏兵の存在に初めから思い至っていながら、自身の防御を怠った結果なのです」
「私も、侮ってた……」
「この跡は汚れではありません。私達にとって必要なものでした」
「……うん」
「洗えば落ちてしまいます。今のうちに、噛み締めましょう」
汚れだからと忌避せずに、自分の物なのですから……しっかりと、目に焼き付けます。次は、白いまま帰れるように、です。この血に、意味が……生まれました。
「ありがとう。アリスさん」
私はもう、血を嫌わない。
「はい。私も、次に繋げてみせます」
脱いで、胸に抱きしめるように持っていたカーデを、更にぎゅっと抱きしめます。私が着てそれなりに長く時間が経っていたのですけど……アリスさんの香りがした気が、しました。
(やっぱり、敵わないの)
「リツカお姉さんの後悔を振り払えるのは巫女さんだけでス」
「そうみたいなの」
「……」
「大丈夫なの、レティシア。わらわはむしろ、あの二人に会えて、あの光景が見れて嬉しいの」
「はイ」
「やっぱりっていうなら、レティシアを持ち帰りたいって気持ちの方なの」
「はイ……はイ?」
「ふふふ」
「ク、ふふ?」
私達の少し前を歩いていたシーアさんとカルラさんがじゃれ合っています。でも何故、カルラさんは満面の笑みで、シーアさんは引き攣った笑みなのでしょう。扇子で隠していないカルラさんの笑みは、初めて見ました。年相応な、無邪気な笑みです。