『エアラゲ』国際交流⑧
「誰か来てるぞ」
「余り大きな音を立ててなかったんですけどネ。町民ですカ?」
町民なら怒鳴るようにやってくると思います。でもこの人は非常にのんびりと、散歩するようにやってきました。
「カルラ、ここに居たんですか。探し――」
「今まで何処行ってたの」
「喫茶店でお茶を飲んでいましたが……」
自分の妹がピンチだったのにこの余裕です。知らないとはいえ、この場の雰囲気で分かりそうなものですけど……。
「ふぅ……今は良いの」
「はぁ」
気の無い返事を返して、カルラさんの傍に立ちました。いつもこういうやり取りをしているんだなぁと思えるくらいに、自然な雰囲気です。
これはかなり失礼な感想ですけれど……なぜ剥奪されたのか、今分かりました。この方は……やる気がないのです。何に対しても。
「リツカ」
「うん?」
カルラさんが私の傍に寄り、じっと見ています。扇子で隠していますけど、微笑んでいるのでしょう。
「わらわの名前はカルラ・デ=ルカグヤなの」
改めて自己紹介、でしょうか。意を決してといった雰囲気をしていますけれど、皇国では名字を告げるのはご法度とか?
「私は――」
「リツカ。一緒に皇国に行くの」
「えっと……?」
「気に入ったの。妻になるの」
「カルラ……?」
まるで、焼き増しのような光景です。違いがあるとすれば、カルラさんは本気で言ってるという事でしょうか。エンリケさんも困惑気味です。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
アリスさんが私を背に庇うように、カルラさんとの間に入りました。
「カルラさん。私はやらないといけない事が多いから、皇国には行けないよ?」
「終わってからで良いの」
皇国に来て欲しい理由は妻になって欲しいから、ですよね。妻に別の意味があるのでしょうか。
「リツカもわらわの事気に入ったって思ってるの」
「そう、だね。カルラさんの事は尊敬してるし、すごいって思ってる。私達の為に犠牲になろうとして、少し心配な所もあるけど……」
「じゃあいいの、一緒に帰るの。でも心配なのはリツカの方なの」
なるほど。カルラさんの中では、気に入ったという表現の最上級が妻なんですね。つまり本当に妻になって欲しい訳ではなく、皇国に遊びに来て欲しいという事なのでしょう。
「私の一番はアリスさんだから、一番優先しちゃうんだ。アリスさんの隣に居たいから、皇国にはまだ行けないよ」
「……仕方ないの。でも絶対来て欲しいの」
「じゃあアリスさんと一緒に行くね?」
カルラさんが首を傾げながらも、とりあえず頷いてくれました。今は無理な事を分かってくれたみたいです。元々何時かは、アリスさんと一緒に皇国に行くつもりでしたしね。
カルラさんのこれはドラマとかである、将来お父さんもしくはお母さんと結婚する。と一緒なのだと思います。特に言葉に深い意味があるわけではなく、親愛を表す言葉なのでしょう。
少し困っちゃいましたけど、解った後であれば可愛らしい表現です。カルラさんはまだまだ十四歳。皇家の事情を鑑みれば、姉のように思ってくれたのかもしれませんね。
「おい。斬っちまったが、この銃はもう使えねぇのか」
「私はそんなに詳しくないんですけどね……」
レイメイさんに呼ばれて、狙撃銃に改めて目をやります。鉄の部分ではなく、木造の部分がばっさり。ここを付け替えればいける? 分かりませんね。バラバラにしてみましょうか。
カルラがリツカから少し離れ、小声でアルレスィアに話しかける。
「途中から話が噛み合わなくなったの」
「……リッカさまは、カルラさんの妻という言葉がただの、気に入ったという表現の一つだと思ったみたいですよ」
「なの? どうしてそうなったの……?」
アルレスィアは渋々、その質問に答える。そしてそれを聞いたカルラは、どうしてそうなったか全く解らないといった表情になった。しかしそれも、カルラにしてみれば愛いと思えるくらいに、リツカの事を気に入っているようだ。
「……」
じっとカルラを、アルレスィアが睨んでいる。
「そう怒らないで欲しいの」
「……今回は、大目に見て上げます」
思いの外あっさりと、アルレスィアは引いた。
「先程の会話ですけド、傍目から聞くとリツカお姉さんが巫女さんに告」
「シーアさん」
「はイ」
レティシアがすっと口に手をやり話す事を中断した。経験上、それ以上話すと碌なことがないとレティシアは理解している。
アルレスィアの機嫌が良いのは、レティシアが思っている通りだ。リツカにとっては、何をおいてもアルレスィア。それが揺らぐことは絶対にない。
「アルレスィア」
「……はい」
「わらわは本気なの」
「……っ」
カルラは先程のやり取りから、アルレスィアとリツカの状況を七割ほど理解した。その上で宣言する。
「もたもたしてたら、リツカは本当に貰うの」
「そんな事――」
出来るはずない。そう言いたいアルレスィアは……躊躇し、俯いててしまう。アルレスィアが抱える想い。その中に一筋だけ入っている、くすみのような鈍りが止めてしまう。
「でも、わらわはあの者とは違うの。ちゃんとリツカと向き合うの」
カルラがヒスキを指す。
「しっかり伝えておく事なの」
「っ」
アルレスィアが俯いていた顔を上げる。
「わらわはね、アルレスィア」
扇子で口元を隠し、妖艶にしなを作る。
「貴女も気に入っているの」
「……」
「だから待って上げるの。次会う時は仲睦まじい姿を見れるのを期待してるの」
クスクスと笑い、レティシアと共に離れていく。その姿をじっと見ていたアルレスィアは、リツカの方へ歩き出した。
(……敵いません、ね。カルラさんが皇女となった皇国は、良き隣人で、良き――好敵手に……なるでしょう)
焦燥を覚えながらも、アルレスィアの口角は上がっている。そこにはカルラへの不快感など一切なく、尊敬と感謝が滲んでいる。
(少しだけ前に……強引に進むのも、手段なのかもしれませんね……)
「どうですか? リッカさま」
「……えっと」
「ハァァァ……」
笑顔でリツカに話しかけるアルレスィア。それに、リツカは柔らかい、それでも引き攣った笑みを向けた。ウィンツェッツの長いため息でアルレスィアは理解する。
「壊して、しまいました?」
「完全に壊しやがった」
「えへへ……戻せなくなっちゃった」
ばつが悪そうに笑うリツカを、アルレスィアは愛おしそうに眺める。そこには親愛でも、友情でもない、強い――――が、滲んでいた。
エンリケを置いてツカツカと歩くカルラを、レティシアが代わりに護衛する。
「本気で狙ってるんでス?」
レティシアがそれとなく聞く。あの二人の間に入るのは無理だと告げるように。
「本気なの。でも無理っていうのも解ったの」
本当に悔しそうに、カルラがため息をついた。
「お気持ちは分かりますけド……」
レティシアは何度も二人に救われている。それと同じくらい巫女二人は救われているのだけど、救っている側が何も気にしてないのは巫女一行の常だろう。
二人に救われているレティシアは何度も、胸のときめきを感じた事がある。しかしレティシアの場合はあくまでも、「もし二人が異性で、かつ自身の将来のパートナーとして」と考えた場合だ。カルラの様に完全な求愛ではない点が、カルラとレティシアの熱の差だろう。
「愚兄然り、そこの愚者然りなの。世の中の男は呆れるほどなの」
(お兄ちゃんはまだまだ頼りないですけど、お師匠さんは後一歩でしたね。ちゃんと帰って来ないと意味無いです。サボリさんは今後、でしょうか。旅で成長してますけど、アーデさんを失望させないかどうかは微妙です)
二人は身近な男と比較していく。カルラの身近にはまともな男が居ないようだけど、レティシアは三人の男を思い浮かべた。
コルメンスは兄になる者として認めているがために、理想が高くなっている。リツカ程ではないけど、エルヴィエールを完全完璧に守れるくらい頼れる男になって欲しいと思っているようだ。
ライゼルトは、レティシアが思い浮かべる理想の男に後一歩足りない。愛する者の為に命をかけるまでは良い。でも、帰って来てこそだ。リツカがしっかりと戻ってきた為に、理想は更に高まっている。
ウィンツェッツは、レティシア自身の手でアーデの為に訓練している為検討外となっている。
「だから遊ぶことにしたの」
カルラの言葉を、レティシアは瞬時に理解する。
「次会った時、そうなってればそこで遊ぶの。なってなかったら、もっと突っつくのも良いの」
「楽しそうですネ。私も混ざりまス」
エルヴィエールやエルタナスィアを巻き込むのも楽しそうだ。と、レティシアは考えている。想像するだけで、レティシアは笑みが零れてしまいそうだ。だけど――。
「じゃあ、レティシアを連れて帰るの」
「……何ですト?」
レティシアがガチン、と固まってしまう。首をギギギと壊れた人形のように、カルラに向ける。
「わらわはレティシアも気に入ってるの。レティシアが妻になるの」
「わ、私はやる事が山積みなのデ」
カルラの本気を感じ取り、レティシアは数歩下がる。しかし、カルラはそれ以上に近づいてきた。
「レティシアは特定の相手が居ないっぽいから貰うの」
「い、いえ。そのですね」
「問答無用なの エルヴィエール女王に挨拶にいくの」
冗談とは思えない。いや、完全に本気のカルラにレティシアは視線を泳がせる。レティシアの心の何処かで、それを嬉しいと思っている部分が疼いている。その事がレティシアを、更に混乱させた。
(こ、こんな時クラウちゃんが居ればごっこ遊びなら付き合うよ! とかいって場を乱してくれるのに!)
この場には居ない、最近友達となれた少女を思い浮かべる。するとどうだろう。レティシアの疼きが強くなってしまった。その事でレティシアの思考は完全に停止してしまった。
「ちゃんと会いに来るの。レティシア達なら入国許可証をすぐに発行するの」
「もちろん会いに行きますけド……友人としてですヨ!」
辛うじて己を保ち、顔を寄せるカルラの肩を掴んで止める。
「ダメなの。レティシアは、カルラ・デ=ルカグヤの妻になるの」
「そ、そんな強引では先ほどの豪族と変わらな――」
「わらわのは純愛なの。本気じゃないと言わないの。それは分かってるはずなの」
カルラの本気度は、リツカに求婚した時から知っている。
(皇家でハ、名字を伝えてからの発言は……本気の時だけでス)
皇家は特別な存在だ。そんな特別な存在の名字とは、神名に等しい。それを告げての発言とは、神に誓っている時だけだ。
「レティシアも満更ではないの」
「あ、あの。あう……」
(た、助けて下さい。お姉ちゃん達――)
そこまで考えて、レティシアは思った。
リツカとソフィアは遊びと思い、アルレスィアとエルタナスィアは「あらあら」と微笑ましく眺め、エルヴィエールは――――自身の結婚式のプログラムに追加するだろう、と。