『エアラゲ』決闘④
「どういう人なの?」
カルラがレティシアに顔を寄せ、ウィンツェッツを指す。
「サボリさんですカ」
「なの。サボリって事は駄目人間なの?」
少しだけ眉が垂れる。ウィンツェッツの評価が少しだけ落ちた音が聞こえる。
「ムラがある人でス。今は集中力が切れてる駄目人間でス」
「真面目な時はどういう人なの?」
「おい。俺の話はどうでも良いだ――」
「人が言い難い事をズバッと言ってくれる人でス」
ウィンツェッツの言葉を遮りレティシアが答える。それは、褒め言葉か微妙な物言いだった。
「それって良い事なの?」
「おい」
「良い時と悪い時がありまス」
レティシアとしては助かっていると、本音で答えている。アルレスィアとリツカも、レティシアが言った褒め言葉に異存はないだろう。何だかんだ文句を言いながらも、ウィンツェッツはレティシアを心配する事もあるし、巫女二人にしっかりと協力している。共に旅をする上で、適度な距離感で仲間意識を抱ける存在であった。
「総評として微妙って言葉がぴったりなの。愚兄よりはマシって程度なの」
しかし、それは一緒に旅をしているからだろう。他の者からすれば、不安定で無遠慮でぶっきら棒という評価になってしまったようだ。
「何だこのガキ……」
知らない言葉で話しているが、カルラの目が如実に語っている。「どっちの方が無遠慮なんだよ」と、ウィンツェッツの眉が痙攣を始める。そこそこ怒っているようだ。
「皇姫様になんて口聞いてるんですカ」
元凶であるレティシアが、何の気なく諌める。ウィンツェッツの動きが、止まってしまった。
「レティシア。この人にわらわの説明してないの」
「そういえばそうでしタ」
「皇姫? は?」
皇国の皇家にガキと言ってしまったウィンツェッツ。権力に屈する事は無いが、進んで無礼を働こうとは思っていない。何より今は、連合、王国、共和国で小さい戦争をしている最中なのだ。皇国まで加わっては収拾がつかない。
レティシアとカルラの様子を見れば、皇国はこちらの仲間と判るだろうけど、ウィンツェッツはそう考える前に思考を投げ出してしまった。しばらく、動く事も考えることも出来ないだろう。決して、考えるのが面倒になったわけではない。
じっと棒立ちになり、自分の周囲で起きている変化に全く関与していなかったアルレスィアは今、リツカの事しか考えられなかった。
(リッカさま……私は……!)
アルレスィアにリツカの強すぎる想いが直撃する。今にも悶え、その場にへたり込み、喜びに打ち震えそうな体を鋼の精神で律する。アルレスィアの頭は興奮と冷静に二分され、冷静な部分が現状の打破へと動き出した。
そこまでしなければいけなかったアルレスィアが冷静になれたのは、一つの理由があったからだ。リツカは――自分が何を喋っているのか、怒りで分かっていなかった。沸騰した頭が出した言葉を、溢れさせていただけだ。冷静に戻ったリツカは、先程の言葉の半分も覚えていないだろう。
だから……冷静な時に、リツカがしっかりと言葉を選び、考え抜いて、また聞かせてくれる事を待とうと考えた事で、アルレスィアはやっと落ち着けた。待つ時間すら、今のアルレスィアには――愛おしい。
(相手の行動を待たなければいけないのは、もどかしく、歯痒いです。しかし、それが全ての終わりです。レイメイさんとシーアさんを周囲の索敵に向かわせたい所ですけれど、私達が伏兵に気付いていないという事が利です。それを手放す訳にはいきません。魔法の最大射程は五百メートルから七百メートル程。ここから見える範囲で隠れられそうな場所は、あちらの森林です。リッカさまの広域ならば届きますけれど……使おうにも、隙が生まれます。リッカさまであろうとも、四……いえ、五秒の隙は大きすぎます。広域は使うには、後手に回るしかありません。一対一が崩れた時、私が終焉を)
リツカから齎された福音を胸に仕舞いこんだ後、アルレスィアは一気に考えを巡らせる。そのまま浸っていては、何も考えられない程にアルレスィアは喜んでいる。考えに没頭するしか、その喜びから離れられないのだ。
「餓鬼の理想だ。夢で語れる程現実は甘くない」
「理想を現実にする為に努力するのが、恋愛でしょう」
リツカはヒスキを見る。偽ではなく、本気の怒りを見せている。しかし、しっかりと諌め、作戦に集中しているようだ。
(何言ったか覚えてない……アリスさんは計画に集中してくれてるし、シーアさんもカルラさんと仲良さそうにレイメイさんを弄ってる。変な事は、口走ってないはず……?)
今更になって、自分の発言が気になりだしたリツカ。しかし、アルレスィア達が特に気にしていないため、当たり障りのない事を言ったのだと思ったようだ。
(戦いに集中しよう。完全にキレてたはずなのに直ぐに冷静さを取り戻してる。人の上に立つ者として、瞬間湯沸かし器じゃいられない)
一生解り合えない、解り合いたくないと思っている。それでも、怒りを鎮めた速度とその後の対応は、リツカを再び警戒態勢に移行させるには充分だった。
(少し無駄に話してしまったけど、今すぐにでも折ろう)
相手の作戦を待つのも手だろう。アルレスィアならば一撃で終わらせる方法がある。でもリツカは、それをさせたくないと思っている。
(アレは、見せたくないって言ってた。私が折りきれば問題ない)
リツカも一度しか見た事がないし、使って欲しいと思った事すらない。アルレスィアが嫌がることをさせたくないのだ。
(ショック死しかねないからゆっくりしてたけど、もう慣れてしまってる。一回、連続で攻め立てよう)
一歩踏み出したリツカが、一瞬動きを止める。体を傾け後ろに意識を向けたのは、ヒスキの不敵な嗤いが気になったからという、些細な理由でしかない。
「――――え?」
リツカの髪が数本千切られ、舞散る。数瞬遅れ、頬に何かが流れ落ちている。
(泣いて……)
気付かずに流れる物として、リツカは涙を思い浮かべた。何度かあった事だから、疑問に感じなかった。滴り落ちた雫の色を見るまでは。
「赤、い?」
「お前の髪と同じ、汚い赤だな」
ヒスキの謗りに耳を傾ける事無く、リツカは自身の頬を確かめる。熱を持った何かに触れ、チクリと刺すような痛みが顕れる。そして脳を、ズキズキと刺激するのだった。
「――――」
アルレスィアの頭も真っ白になっている。ヒスキの謗りを糾弾する事も出来ず、リツカの名前を呼ぶ事すら出来ない程に、瞳を揺らしていた。
(血……攻撃された。見えなかった、感じなかった。ヒスキは動いてない。魔力は出てなかった。侍従からの攻撃なら気付く。気付けなかった。殺気も悪意もなく、私を攻撃出来るもの――)
血を見たことで、リツカの頭は冷静さを取り戻す。状況把握、周囲の確認を行う。この間二秒弱、リツカは一度姿を消す為に動き始めた。
「今、リツカお姉さんに」
レティシアも酷く困惑している。今回の戦いで、リツカが怪我するとは微塵も思っていなかったからだ。
「細い筋みてぇな傷って事ぁ、”風”か」
カルラはウィンツェッツの評価を少しだけ上方修正する。傷ついた事に驚きはあるものの、そこではなく傷の状態から情報を集めようとした思考は評価に値した。
「剣術が使えるなら斬撃を飛ばす事も出来るの。あの透けてる板でも出来そうなの」
「何だ、ですか。王国語出来た、やがったんすか」
「そんな事気にしてる場合じゃないの。この際その愚昧な敬語にも目を瞑るの」
上方修正された評価を再び下げる。もはやわざと軽口を叩いているんじゃないかと、カルラは思って仕舞うほどに場違いな物だった。
実際ウィンツェッツは、年長者として軽口でもって場を整えようとしたようだ。しかし、アルレスィアとレティシアの耳には届かなかった。リツカが気付かなかった。その一点だけが問題であり、異常だった。その異常性は、二人を硬直させるには充分すぎたのだ。