私と彼女
A,C, 27/02/25
湖から上がったにも関わらず、息をすることすら忘れていた私は大きく咳き込みました。そして私は、体に強い脱力感があることに気がついたのです。
(体が、重い……なん、で?)
その脱力感に、意識を手放しそうになったその時、私の体を何か優しい綿のようなものが包み込んだのです。暖かくて、心が落ち着いて行くのが分かりました。
すると、私の体に力が戻り、次第に意識もはっきりとしてきました。
「こ、こは……?」
意識は戻ったにもかかわらず、私の口は思ったように動いてくれません。周りを見る余裕が出てきたからででしょう。私は、ここが”神の森”ではないと――すぐ気づいたのです。
(どういう、こと? 私、湖に落ちそうな人を助けようとして、一緒におちて?)
そこで私はハッとし、私を見下ろしている綺麗な、ほんとうに綺麗な女性に話しかけます。
「あ、あの!」
急に声を出したからか、はたまた――声が、うわずってしまいました。恥ずかしいです。
「―――?」
えっ? 私の思考は再び、凍り付いてしまいます。
「―――――――――……」
(言葉が、違う――?)
それは英語でも、ロシア語でもない、私たちの世界の人では発音すらできそうにない……そんな言葉が聞こえてきたのです。
彼女も困っているようでした。言葉が通じないのですから、当然です。その女性は虚空に向かって何かをつぶやいています。
(どういうこと? ここは日本じゃないの? ……それ以前に、ここは私の居た――)
虚空に向かって何かを話していた彼女がこちらを向くと、私と視線が合いました。私は何度目か分からない思考停止状態に陥ってしまったのです。
「これで、伝わりますか?」
聞こえる様になったことに驚くより先に、その声の美しさに心を奪われそうになってしまいました。
「な、なんで急に……!?」
私の驚きに彼女は、胸に手を置いて優雅に一礼をしました。私はやっぱり、見惚れてしまいます。
「■■■■■さまにお願いしたのです。通じているようで安心いたしました」
にこりと笑う彼女にどぎまぎしつつも私は、頭に痛みを感じてしまいます。
「……? えっと――様? すみません、聞き取れなくて……」
人名? と思われる言葉は、耳ではなく直接脳に流れるようなノイズによってかき消されてしまいました。
困惑する私に彼女は優しい顔を向けていましたが、まるで……誰かに声をかけられたかのように虚空へ目をむけたかと思うと、何かに納得したように頷きました。
「■■■■■さまとは、貴女さまの世界で言う神さまでございます。どうぞ、神さまとお呼びくださいませ」
と、祈るように手を組みました。
「神さま、ですか?」
「はいっ」
私の疑問にも、女性は屈託のない笑顔で応えてくれます。
確かに”神の森”には神さまが居るとは言いましたが、ここまで信心深い人はもう、私の世界にはいないのです。思わず、首を傾げてしまいました。
(からかってるわけじゃ、ないよね……こんなにも真剣だし、現に言葉が通じるようになったんだから。それに…………この人は私に、嘘を吐かない気がする……)
私の、ともすれば失礼にもあたるような疑問に対しても、彼女から柔和な優しさは消えません。それどころか、分かっていると言わんばかりに頷いてくれました。
「はい。われわれの国を守護する女神さま、それが■■■■■さまでございます」
そうにこやかに答えつつ、私に手を差し伸べてくれたのです。……そういえばまだ私は湖の中でした。春とはいえ、まだ少し肌寒さを覚えます。
へくしっ。と、くしゃみが出てしまいました。
「あら……申し訳ありません。すぐに火を用意したいのですが、ここで焚くことはできないのです。少し離れたところに私たちの集落があります。そこに急ぎましょう」
ほんとうに申し訳なさそうに謝る彼女に、私は初めて自然に出た笑みで応えます。
「気にしないでください。私の不注意で……」
そう言いかけて、私は自分の愚かさに自己嫌悪してしまいました。
「す、すみません。私以外に湖から出てきた人はいませんでしたか!?」
私の必死さに彼女は目をぱちぱちと瞬きをしました。
「いえ、あなた様以外は――」
急ぎ反転し湖に向かいます。何を呆けていたのでしょう。早く女性の所にいかないと、溺れてしまいます。
反転しながら見えた彼女はまた、虚空に顔を向けていたような気がしました。
湖の中を覗きこみます。”神の森”ではありませんけれど、なんて綺麗な水なのでしょう。透き通ってますけど、外からでは確認できません。
(もっと深いところに? 急がないと!)
飛び込もうと身構えたとき、軽い衝撃と共に私の体を花とは違う……鼻腔をくすぐるような、かおりがつつんで――。
「!」
気づいたときには彼女に抱き止められていました。
「お、おまちください! ご安心を貴女さま以外はこちらには来ていません!」
彼女の落ち着いた声以外の、必死さあふれる声に困惑しつつも、私の目は湖の中へと向けられています。
(だ、大丈夫って言われてもっ……あの時確かに一緒に……)
どうすればいいのか途方にくれつつも、多少冷静さを取り戻した私は気づいてしまったのです。このまま気づかなければよかったのに、と思いながら。
(む、むねがっ!)
私の背中には、同じくらいの年齢に見える女性の物とは思えないほどのモノが……!
「あ、あのっ。もう、だいじょうぶ、ですから……」
だんだんと声が小さくなっていってしまいましたが、しかたないですよね。
「は、はい。よかった、また飛び込んでしまったら風邪をひいてしまいます」
彼女がほっとしたように息をはきます。
私の心配をしてくれたようです。そんな彼女にこんな気持ちを持ってしまって、私は凄く……申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいました。
「ありがとうございます……心配、してくれ……て……」
だ、抱きしめられたままなんですけどっ。どうしよう、離れてもらうようにお願いしようかでもこのままで居たい気持ちもでもこのままいると動けないしというより私の心臓がもたないさっきから痛いほどはねてるあったかいし柔らかいしいい匂いだしというより、なんで同性にこんなに動揺してっ!!?
「あ、あのこのままだとあなたも濡れてしまいますから。その……」
「あっ。は、はい。お気遣いありがとうございます」
彼女の笑顔がまぶしいです。私の冷静な部分に感謝しつつ、名残惜しさを声に乗せないように声をかけます。
彼女の顔が赤く見えるのは、私の願望が見せてるのか、私にくっついていたから冷えたのか、私には分かりませんでした。