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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
44日目、荒れるのです
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『エアラゲ』決闘



「それでは私が審判を」


 侍従の申し出に、ウィンツェッツだけは不満顔を見せる。相手有利の邪魔をするに決まっているからだ。


(見えなかったら意味ない)


 リツカの速度は常人では追えない。侍従もそこそこやるようだが、リツカを追うことは出来ないだろう。冒険者組合でリツカの牽制に一瞬遅れて反応を見せていた。反応できたのは巫女一行とヒスキだけだ。


「マウヌ。余計な事をするなよ」

「ハッ……。しかし」

「何だ。俺が負けるとでも?」

「ハッ! 言葉が過ぎました。あくまで勝者宣言のみとします」

「それで良い」


 リツカは冷めた目で見ている。演技がすぎると思っているようだ。


(私のやる気の有無に関わらず、こいつ等は私が負けると思っている。気付かれてないと思ってるから。伏兵に)


 それほどの信頼。リツカの力を見誤っているのか、はたまた――。


「それでは――始めッ」


 気合を入った開始の合図。しかしリツカは、その殺気と怒気をぶつける事無く、ゆったりと歩き出す。


「……」


 ヒスキは眉間に皺を寄せる。リツカの一歩目。それで自身との実力差を悟ったからだ。


(カインとコンクエスより強い? 俺は馬鹿か。足元にも及ばん。一撃で首が飛ぶだろう)


 カイン、コンクエス。連合で名を轟かせている――戦士だ。技のキレでいえば、マクゼルトよりある。実戦となればマクゼルトに一蹴されるだろうが、国内でこの二人より強き者は居ないと、常に比較に上がる名前だ。


(……リッカさまの懸念を、私が晴らさなければいけません。国の問題は、シーアさんとカルラさんが考えてくれています。ならば私は、()()の為に動きましょう)


 リツカが傷つかなければ、男の生死も傷害も関係ない。アルレスィアは初めから男など歯牙にもかけていない。


 アルレスィアにしてみれば、カルラたちが考えている()()が達成されるかどうかは、リツカの状態によると思っている。リツカが苦悶の表情一つでも浮かべれば、世界は”光”に包まれ、ヒスキと侍従、遠くに居るであろう伏兵全て――塵となるだろう。


 証拠は何一つ、残らない。だけど、連合の豪族が王国で行方不明。そうなれば難癖をつけて、最終的には同じ結果となる。そうならないために、アルレスィアは静かに集中していった。しかしアルレスィアは……リツカが気になった為、集中力が途切れ途切れになってしまうのだった。



(最良を考えよう。その為に最悪を確認する……この男を傷つけ、王国に因縁をつけられた挙句、アリスさんとカルラさんを奪われる)


 リツカにとって、自身の死など二の次だった。ただただ気になるのは、アルレスィアの未来。


(最良はこの逆だから、この男を傷つけず、王国に因縁をつけられる事無く、アリスさんとカルラさんは私の傍で微笑んでる)


 逆説的な思考でもって、最良を導き出す。


(重要なのは、傷つけないって事かな。それを守った上で勝たないと、連合の思う壺)


 最良なのが一番。しかしリツカの考えはそこで終わらなかった。


(でも……最良な結果を出せるか、わからない。私にはアリスさんしか見えてない。アリスさんにあんな視線を向けて、手を出そうとして、あんな…………あんなぁ!!)


 完全に沸騰した頭では、最良を守れないとリツカの冷静な部分は報せている。しかし、それに従える訳がない。リツカはどうやって――ヒスキの心を修繕不能にするかだけ考えている。


(痕が残らないように攻撃する事は、私には出来ない。痕が目立たない場所に打ち込んでも、調べられたら証拠になる)


 リツカは攻撃せずに、相手を折る必要がある。


 並みの相手ならば対峙するだけで後退りし、戦おうとは思えない程の殺気をぶつけながら、リツカは近づいていく。しかし、相手は武術を修めている。戦う覚悟も持っている。


(どんなに殺気を当てても、攻撃出来ないと分かってれば恐れる事はない。だったら――)


 リツカが瞬間、ヒスキの前から消える。


「――ッ」

「なッ!?」


 遠くから見ていて、ヒスキよりも視野が広かったはずの侍従マウヌ。しかし、リツカを目で追う事は出来なかった。


「ハッ――ヒスキ様! 後」

「ッ」


 マウヌの警告が届くと同時、ヒスキは後ろを向いた。警告が耳に届いた訳ではない。()()()()()()()()()のリツカに気付いたのだ。


(殺気を飛ばしたまま攻撃に移行だと……? 何考えてやがる)


 ウィンツェッツの疑問も尤もだろう。殺気を一瞬消し、気付いた時には首が飛ぶ。それが出来るのがリツカであり、今までもそうしていた。だが今はどうだろう。殺気を出したままだ。


「ハッ!」


 無造作に奮われるヒスキの剣。剣筋は悪くない。研鑽の色も見える。しかし甘い。甘いながらも、その剣はリツカの首に向かって行く。


(良い反応。そうやって気付いてくれないと、()()()()


 リツカは剣を避ける事無く、刀を煌かせる。相手の剣よりも速く、リツカの刀が終幕を告げるだろう。


(こいつは攻撃出来ない。だが、これは――)

「――シッ!!」


 刀が向かうのは首。リツカは渾身の一撃をヒスキに――浴びせた。


「な――ッ! き、貴様ら! やりおったな!?」

「今のは違反ではないでしょうか」


 マウヌは、落ちていくヒスキの首を見た。その瞬間、リツカに詰め寄ろうとしたのだ。しかしその足は止まる。アルレスィアの刺す様な声音によって。


「後ろ。と、言いかけましたね。一対一に反するのではありませんか?」

「ク……。い、今はどうでも良い! それよもヒスキ様を――」

「何を言ってるのか分からないの」


 カルラに鋭い視線を飛ばしたマウヌの目に、ありえないものが映った。


「……ッ…………」

「ひ、ヒスキ様!?」


 首が元に戻り、しっかりと生きているヒスキが、立っていた。


「貴様……何をした?」


 リツカに問うヒスキは、首を触り、繋がっている事を確認している。マウヌと同じ光景を、落ち行く首から見ていたのだ。


「何も。斬ってませんし、当ててもいませんよ」


 刀をくるくると玩び、自然体に戻る。殺気は出たままだ。次の攻撃をしようという表情も浮かべている。


(確かに、俺は、死んだはず)


 ヒスキはマウヌの様子を見ている。安堵しているマウヌから考えるに、確実に首は飛んだのだろう。しかし、更に視線を動かすと首を傾げるしかない。


(なぜ奴等は落ち着いている。俺が死んで困るのは、奴等も同じはず)


 ヒスキが死んで困るのは何も、身内だけではない。王国と共和国、皇国も困るはずだ。しかし、一度殺したはずのリツカを糾弾するわけでもなく、何事もなかったかのように変わらず立っている。


「幻覚の類か? 俺に魔法をかけたというのか」


 ヒスキはリツカに問う。しかしそれに答えたのはヒスキ自身だった。


(いや、あの短い時間のなかで魔法を使う暇はなかったはずだ。詠唱も聞こえていない)


 ならば何故ヒスキは蘇生に至ったのか。


「何が起きたか分からないの」

「リッカさまは本物の殺気でもって、幻覚を見せたのです」

「”幻覚”なの?」

「いエ、幻覚でス。魔法を使わずニ、相手にだけ見せたのでス」


 小声で、カルラに説明をしている。

 本物の殺気を纏った本物の斬撃は、寸止めにも関わらず、相手に自身の未来を見せていた。


(本人以外にも、見せられるんか)


 ウィンツェッツはしっかりと視る。それが自分の力になる事は経験から分かっている。


「攻撃を当てる事はないと思っていても、リッカさまの殺気は本物でした。あの男はその殺気によって、考えが甘かったと思ってしまったのです」

「リツカオ姉さんなら殺りかねなイと考えてしまったアの二人ハ、幻を見たのでス」

「あんなに取り乱す程って、死んだの?」

「恐らく、あの男の首が落ちる姿を幻視したはずです」

「攻撃を当てずに殺せるの?」

「精神力が弱けれバ、ショック死もアりエまス」


 自身の死を体験するほどのリアリティは、ヒスキの精神を大きく削った。これを続ければ、ヒスキは廃人となるだろう。しかし、リツカは確信している。


(これだけじゃ、出来て後三回)


 結局、攻撃を当てている訳ではない。殺気が本物であっても、斬撃に意志を込めても、直に慣れてしまう。


(三回じゃ折りきれない)


 豪族として生まれたヒスキだが、上と下の板ばさみだった。上からは無理難題を命じられ、下に裏切られれば一瞬で地位を失うかもしれない程の崖っぷち。精神力はそれなりにある。


(小娘と侮るな。やはり必要になるか)


 ヒスキは豪胆だと、その姿を見た者全てが言う。しかし実際は――慎重かつ冷静。準備は怠らない。



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