『エアラゲ』国際交流⑦
「世界大戦なんて、所詮人と人の争いなの。皇国では日常茶飯事の事に、わらわがここまで言う事はないの」
かなりの衝撃発言だ。だけど、皇国という閉鎖されていた国での出来事にリツカ達が口を出せるはずもなく、流すしかなかった。
「わらわが心配し、恐怖しているのは『世界の終わり』なの」
カルラの言葉を聞いているのかどうか分からない表情で、男は見ている。しかし、アルレスィアとリツカは正確に読み取り、怒りを高めてた。
アルレスィアが手を出す事はない。しかし、今すぐにでもカルラを背に庇い、分厚い壁で保護したいと思っている。そしてリツカは――今にも飛び掛りそうだ。
理由は簡単な事で、このとき男は――。
(真剣に語る姿の何と扇情的な。すぐに連れ帰りたいものだ。屈服させるのが楽しみだが、反抗心を残し、俺への反抗を企て実行する姿も愛い。どちらにするか)
カルラを手に入れた後のことを、舌なめずりして考えていた。
「”巫女”は保護するの。わらわだけ標的にすると良いの。でも勘違いするななの。わらわは掴まるつもりなんて微塵もないの」
強い眼差しでカルラが男を射抜く。戦闘能力はないと言っていたが、カルラの金春色の瞳は闘っていた。その瞳は、リツカからは見えている。そしてリツカからアルレスィアに伝わった。
(妹を探して、遠い異国の地で探す皇姫様。その根底は私と変わらない。自己犠牲。もしカルラさんが皇女となった時、皇国がどう変わるのか知りたいな)
リツカは小さく微笑む。怒りを一度自身の蓋に閉じ込め、冷静な頭でアルレスィアを見つめる。
(その為には、今の皇国を知ったほうが楽しい。アリスさんと一緒に行く機会はあるかな。その時カルラさんに案内してもらいたいけど、皇姫様に案内役をねだるのは、ね?)
アルレスィアを見つめたまま、リツカが目で苦笑いを表現する。
(ふふ……。その時は皆で参りましょう)
(うん。コルメンスさん達も、ね)
コルメンス達とエルヴィエール達は、視察という名目になるだろう。”巫女”が海を渡るとなると、海外慰問になるのだろうか。魔王討伐後の事はアルツィアにも想像ができない。可能性はゼロではないはずだ。掴み取ってみせると良い。
リツカとアルレスィアは怒りの中で、長閑な感情を楽しむ。カルラの優しさは一時の安らぎを、二人に与えた。そして二人は同時に思った。カルラとレティシアは良く似ている、と。
それは立場や年齢、頭の良さ等の外側の話ではない。内面だ。正しき知識と、望遠鏡を覗いたかのような未来想像力と、深慮。皇と王。どちらも素質を持っている。
皇姫は何人も居て、カルラの競争率は高い。レティシアは継承権がない。二人共王と皇にはなれないかもしれない。それでも、巫女二人は想うのだ。二人が国を動かし、世界を動かすのだと。
そして二人は、二人にとって、長く付き合う友となるだろうと。
「連合の豪族」
「ヒスキ様だ」
「ヒスキ」
「様だ」
様をつけるべき相手には、リツカはつける。ヒスキがそれに値しないというだけだ。
「始めるとしましょう。カルラさんの想いはしっかりと理解しました。でも、私が決闘を止める事はありません。というより」
リツカがゆったりとした構えを見せる。その姿を見たヒスキはすぐさま臨戦態勢を取った。それがリツカの自然体であると看破したのだ。
「二人を渡したくないって気持ち、強くなりました」
相手はカルラをどう自分好みにするかしか考えていない男。リツカは躊躇を捨てる。心だけを折れなかったならば、二人の安全を最優先にさせると。
(国際法を詳しく聞く時間は後で取る。敵に時間を与えすぎるのは得策じゃない。それだけ準備出来るんだから)
リツカはまだ、ヒスキの計画について警戒を解いていない。すぐさまヒスキから闘うという意志をを刈り取り、浄化を済ませた後、カルラを連れ離脱する気でいた。
(国際法で守られているというのが、どこまでの力なのか。連合相手では効果がないと考えるべき。何しろ王国への侵攻は、記憶に新しいのだから)
相手は約束を平気で反故にする。あの誓約書も何処まで強制力があるか。リツカはヒスキを微塵も信用してなかった。
「貴様には無理だ。俺への攻撃は全て、王国への侵攻の理由となるのだからな」
(やっぱり)
リツカだけでなく、その場に居る全員は最初から理解している。だからカルラは、皇国として保護と言っているのだから。
(所詮は一豪族なの。元首の側近や『議会』参加者には居ないはずなの。だったら捨石ってところなの)
カルラは連合の状況と計画を概ね理解していた。ヒスキは連合と王国の関係を悪化させるために動いている しかし、独断だ。議会の建てた計画ではない。
連合は議会制だ。共和国も議会が開かれているけれど、違いがある。共和国の議会は、選挙によって選ばれた一般市民達も参加している。しかし連合は、豪族の中から選ばれた者達で取り仕切られている。そして選ばれるのは、資金力のある者。トップは一人。しかし関係はほぼ横並びだ。完全に話し合いで決まる。
そんな議会なので、決定に時間がかかる。元首の言葉も通るわけではない。ある意味では公平な場。しかし豪族の中の金持ちだけが入れる議会だ。市民達は常に戦々恐々だろう。何が起きるか分からないのだ。時には税金が極端に減り、時には家すらも奪われる。連合で生きるには金が要る。
傍若無人ともいえる連合の政治。しかし移民はそれなりに多く、出て行くものはそんなに多くない。そんな不安定な生活を強いられる以上に、利益が大きいのだ。連合は新しい国だ。それゆえに過去に縛られない。やれる事はやる。強い国はそれだけ儲かるという事なのだろう。
連合の、国民達の総資産は王国を遥かに超え、国民の永住率は共和国と並ぶ。皇国のように閉ざされていないにも関わらず、情報統制も効いている。一見すれば良い国だけど、国民達の表情に笑顔は無い。生活を維持するために毎日死ぬ気で働いている。
国民の幸福度は、共和国の一強だ。王国は近年のマリスタザリア被害と先代国王の所為で下がってしまった。皇国は閉ざされていて情報が入ってこない。連合はそんな三国よりずっと、国民達に余裕がない。儲けたお金を使う暇がないのだ。
では何故連合の永住率が高いのか。辛うじて国を出て、儲けたお金で共和国や王国、皇国やその他で優雅に暮らしている老人達は居るには居る。
老人達、だ。多くは老人になる前に、負債や過労で命を落とす。連合国内で死んでも、永住だ。永住率は上がる。夢を見て連合に入り、最初は乗りに乗れるだろう。しかし豪族の気まぐれで如何様にもぶれる。出て行く間もなく、飲み込まれるのだ。
(哀しい国なの。でもわらわにそれを言う資格はないの。そして――連合の闇は一般市民だけに留まらないの。豪族にだって格があるの)
ヒスキは中堅といったところだ。低くも無いが高くも無い。一歩間違えれば飲み込まれる。ヒスキが独断で王国侵略を進めている理由は、それを足場に一気に豪族としての地位を上げたいのだ。
王国という豊富な資源を持つ国を奪いきる。そして武力によってマリスタザリアを駆逐、広い庭と人を手に入れ、更なる連合の拡大と税収を手に入れる。潤うのは議会に入れる豪族達だ。ヒスキは――議会に入るために、今動いている。
(何れはわらわ達も、レティシア達も危ないの。だからレティシアも今必死に考えてるの。連合が打った策略を、国を巻き込まずに突破する一手を求めてるの)
連合はいつか、共和国と皇国、その他すらも飲み込まんと動く。それを止めるには、リツカ達の働きが必要。しかし、二人を犠牲にするような手は打てない。
(きっとわらわとレティシアの考えは一緒なの。でもレティシアに王族特権はないの。ここはわらわが動くのが最良。共和国との結付きを得る機会なの)
レティシアを見るカルラ。そして、レティシアもまたカルラを見ていた。
(必要なのハ、物が一つト)
(条件が一つなの)
物と条件。これがあれば、すぐさま開戦とはならない。
(でもわらわは、国との結付きどうこうよりも――)
カルラはアルレスィア、レティシア、リツカを順に見ていく。最後に見たのはウィンツェッツ。
(この男はどういう人なのか分からないの。でも、レティシア達が信じているのなら大丈夫なの。愚兄とは違って、それなりに使えそうなの。というよりあの愚兄何処まで行ったの。町であれだけ話題になってたら普通気付くの)
(何でこいつは俺を見てんだ。動くなって事か。分ぁってるよ。チビもそんな目で見てるしな)
(今はリツカお姉さんと巫女さんを信じるしかありません。その時は来ます)
カルラのやるべき事は決まり、レティシアも準備だけはしておく。場合によっては、リツカを止める必要もあるのだから。
(リツカお姉さんに拘束魔法って効くんですかね。巫女さんが”拒絶”しそうですけど……巫女さんも、リツカお姉さんを貶されて止まりそうにないですし、ここは私の魔法を受け入れて欲しいものです)
リツカを止めるくらいの魔法なら、アルレスィアは通してくれると思っている。でも、レティシアはお願いをする。間違える訳にはいかないのだから。