『オルデク』天使様
岩を十字架と丸型に分けてカット。丸型の方にアリスさんが紋章を描いて、私が彫る。彫る順序を頭に思い浮かべ、その通りに体を動かします。流れで、一度の始動で全てを彫りきる。アリスさんが描いた物を正確になぞるだけ。アリスさんに導かれるように私の体は動きます。
「もう出来たの?」
「私が今出来る最高の彫刻です」
墓石なのですから、大理石とかの方が良いのでしょう。それでも、十年くらいは持つんじゃないかと。
「それでは運びまス。十字架の後ろに丸型を置けば良いんですよネ」
「はい。場所はどうしますか?」
「えっと、やっぱり先生の家の裏が……」
子供達はあそこで眠っていますし、下手に動かさない方が良いと思っていました。子供達も、動かしたくないみたいです。
「簡易的なものだから、皆が自分で作れるようになったら皆の手で作ってあげてね」
「巫女様達が作ってくれたものですから、このままで良いです。その方が、アルツィア様の所に行けそうだから……」
「そっか。じゃあ、屋根とか作ってくれると嬉しいな。雨とか降ると、岩が削れちゃうから、ね」
「はい……!」
お墓を作り、子供達と一緒に一時的な屋根を作ります。後は、アリスさんの祈りで、鎮魂を。
「神の愛を受けし者達よ」
アリスさんの祈りを静かに聞きます。高く昇る魂。どうか――安らかに。
「僕達は、もうちょっとここに居ます」
「私はこの子達に付き添っています。巫女様方、ありがとうございました!」
子供達とエーフぃさんが下衆宅に残って、お墓参りするようです。念のため、広域感知しておきましょう。こちらに意識を向けている目がないか、悪意はないか。
「それじゃ、私達は巫女様達のお見送りをするわ。後でね」
「はい」
「エーフぃさん。子供達をお願いします」
「お任せ下さい!」
そろそろ出発です。私達は船に戻ります。
船に乗る前に、改めてドリスさん達にお見送りの言葉を貰いました。
「また来て頂戴。次は成人してからね。お酒を用意しておくわ」
「分かりま」
「いえ、リッカさまは飲んではいけません」
「辞めた方が良いでス」
「あぁ、そういや弱かったな。絶望的に」
大人になれば分かりません。もしかしたら強くなるかもしれないのです。お母さんは酔うと面倒ですけど、おいしいって言ってました。味が分かるようになったら飲んでみたいものです。
「少しもダメなの?」
「ダメです」
「そう、残念……」
隠れて飲むなんてしたくありませんし、諦めるしかなさそうです。そんなに酷かったのでしょうか、舞踏会で飲んだ時は。アリスさんは絶対に許してくれそうもありません。
「ドリスさん。次巫女様達は、私の店に来て貰いたいんですけど」
「ごめんなさいね。私が先に約束しちゃった」
「えー……」
カミラさんとドリスさんが取り合ってます。どちらにしろ、奥の部屋以外はアリスさんが許してくれないです。
「また来てくれるんですか?」
クラウちゃんが目をきらきらとさせています。こうなると、頑張ってまた来たいと思ってしまいますね。
「用事を済ませて、帰り道に通る機会があったらかな?」
「北西からですと、ここも通る可能性はあると思います」
魔王討伐後は、約束した凱旋を残すだけになります。真っ直ぐ帰るのもアリですけど、お世話になった人たちに会うのは良案ですね。
「ア、でも一度共和国に行ってもらいますヨ。お姉ちゃんもそれを望んでるでしょうしネ」
どうやら、魔王討伐後真っ先に行くのは共和国みたいです。雪が見れそうですね。シーアさんの案内も受けたいですし。共和国の街並みにも興味があります。雪国となると、かまくら?
「エルさんと一緒だと、来辛いかも?」
流石に、女王様と歓楽街というのは……良いのでしょうか。未成年で入った私達が言うのもなんですけど。この場面でシーアさんが言うのですから、問題ない?
「お姉ちゃんは気にしませんヨ」
「シーアちゃん、お姉ちゃんが居るの?」
「はイ。巫女様達くらい綺麗なお姉ちゃんですヨ」
「わぁ。お姫様みたいな?」
「まァ。そうですネ。お姫様でス」
クラウちゃんになら言っても良いと思うんですけどね。本物のお姫様って。
「ねぇ。レティシアちゃんってやっぱり?」
「はい。思っている通りです」
「クラウちゃんが萎縮しないようにという配慮でしょう」
本物のお姫様。その妹となるとちょっと固くなってしまいそうです。自然な関係で居たいんでしょう。
「また来てくれるんだよね?」
「もちろんでス。魔法を教えるっていう約束も忘れてませんヨ」
「うん!」
カミラさんと一緒に、シーアさんとクラウちゃんの姿を暖かく見守ります。子供達が仲良くなるのは早いです。アリスさんと私が、物の数分……いえ、数秒で心を開いたように。
「約束は守りまス。私モ、巫女さん達モ」
「うん! 待ってるね! 私も頑張って魔法練習しておくから。天使様達の森にも行ってみたい!」
「それは私も行ってみたいですネ。リツカお姉さんがすっごく褒めるから気になりまス」
「天使様が? どんな風に褒めるの?」
クラウちゃんがわくわくと、シーアさんに尋ねています。おや。私に飛び火が――。
「踊って歌ってくるくる回っテ」
「シ、シーアさん」
「見てみたいです! 天使様の踊り!」
どうしよう。と、アリスさんを見ると、アリスさんも久しぶりに見たいといった表情をしています。でも止めた方が良いのでは? と迷っているような。止めてくれると嬉しいなぁって思うのです。
「クラウ。ダメよ」
「お母さん、でも」
「天使様の踊りは、そんな簡単に見れないの」
助かりました。カミラさんが止めてくれました。いくら私が無我夢中になるとそういった事になるとはいえ、やって? といわれて出来る程器用ではないのです。
「お勉強を頑張って、良い子にしてたら見せてもらえるかも」
「私、頑張りますね!」
「う、うん」
きっと、クラウちゃんは本当に頑張るのでしょう。だったら私は、その頑張りに報いなければいけません。
(オペラ、で良いんだよね)
(どちらかといえば、ミュージカルかと)
(フロンさん、ミュージカル出来るかな……)
出来ても、教えてくれるかは微妙ですね。嫌われてますし。エレンさんなら、教えてくれるかな。
(自然体で、クラウちゃんに森の良さを教えて上げるだけで良いのですよ?)
アリスさんがクスクスと楽しんでいます。そんなアリスさんを見ていると、私も思わずクスリと笑ってしまうのです。
(自然体、かぁ)
難しいですね。でも、今は自然体。
(じゃあ、アリスさんも手伝ってね?)
(私も、ですか?)
(うん。二人で踊ろう? 天使様は、二人で一人なんだからねぇ)
(ぅ……。わ、分かりました。私も、覚悟しておきますっ)
アリスさんも、人に見せるために踊るのは、まだまだ恥ずかしい様子。舞踏会の時は逃げられない状況を作られただけですからね。今回は、自分の意思で踊る事になります。
(アリスさんと一緒なら、私はアリスさんに集中出来るから恥ずかしくないよ)
(私もリッカさまと一緒なら、恥ずかしくありませんっ)
せっかくですから、楽しみましょう。天使の踊りとして楽しんでもらえるかは分かりませんけど、見る人皆が、心躍るような踊りを披露するべきでしょう。
「天使様達楽しそう」
「お二人は目と目で会話出来ますからネ」
「すごい! どうすれば出来るのかな。私もシーアちゃんと出来る?」
「ンー。今考えてる事分かりまス?」
「んんんー……。分かんない」
シーアちゃんとクラウちゃんは、本当に仲良くなりましたね。同じ年頃の女の子、話が会うのかもしれません。エルケちゃんとも仲良くなれそうですから、集落に来ても大丈夫そうです。
でもその頃には、エルケちゃんは集落から出ているかも?
「おい。そろそろ行くんじゃねぇのか」
レイメイさんが船の上から声をかけてきます。下に居ると、女性達に連れて行かれそうになって嫌だと先に登っていました。
「空気を読んでくださイ」
「もうちょっと遊びたい……」
「グ……」
クラウちゃんが落ち込んで、俯いてしまいました。その表情を見てしまったのか、レイメイさんが罪悪感を感じています。
「私の時と反応違いませんカ」
「お前ぇは生意気すぎんだよ」
もはやシーアさんが似たような表情をしても、レイメイさんは同じ反応を見せないでしょう。良くも悪くも、お互いを知りすぎています。でも、シーアさんもかなり――残念がってるんですよ。
「それでハ、また何れ会いましょウ」
「うん! 共和国の言葉、覚えるね!」
「私ももっと上手く話せるように頑張りまス」
子供らしいシーアさんを見れるのは、結構貴重です。私達と居るとどうしても、”魔女”で在ろうとしますから。そして私達は、”魔女”であるシーアさんに頼ってしまう。クラウちゃんには感謝ですね。
「ありがとう。クラウちゃん」
「次会えるのを楽しみにしています。そして、森に来る際は是非、シーアさんと共に」
「はい! 天使様!」
クラウちゃんの頭を撫で、舷梯を登ります。
「仕方ないから一緒に行ってあげまス」
「えー! 私は楽しみだよ?」
「私も楽しみですヨ」
「えへへ」
シーアさんとクラウちゃんが握手を交わし、私達の後に続きました。
「ありがとう、皆」
「このご恩は忘れません。クラウと共に、生きます」
「ありがとうございました!」
手を振る三人に手を振り返し、私達は船を出しました。また、会えます。皆が望んでくれたら、きっと。
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