『オルデク』手広く⑩
「子供達にちょっと聞きたい事があるんですけど、大丈夫ですか?」
私達が部屋に入って、ちょっとした熱狂がありましたけれど、今は落ち着いて談笑に変わっています。
「皆、大丈夫かな?」
「はーい」
「何でも聞いて」
一晩で割り切ってくれたようで、協力してくれるそうです。
「皆が使ってる、影を潜る魔法。”影潜”は誰に貰ったの?」
「えっと……」
「どうする……?」
「天使様になら、良いんじゃ……」
下衆にも教えてなかった程です。ほいほい教えてもらえるとは思ってません。聞けなかったら聞けなかったで、仕方ないなぁと思ってます。危険な魔法なので、剥奪はする気ですけど……。それも考え物ですね。自衛目的なら、あの魔法は有効です。
「夢の中で、貰ったんです」
クラウちゃんが一番最初に口を開いてくれます。それに続くように、他の子達も教えてくれました。
夢に現れた黒い影が頭を撫でてくれたらしく、起きたら使えるようになっていたそうです。その時に影が言った言葉は、「面白い」という一言。それはどういう意味なのか、私にも分かりません。それでも、不気味……ですね。
「それは、皆が変わっちゃった後?」
「はい……」
余り思い出したくはないでしょう。でも、大事な事です。
マリスタザリア化の後、面白いと一言残して”影潜”を渡す。仲間意識? それとも、魔王とは関係のないマリスタザリア化に興味を? 後者のような気がします。そうでないと、面白いという言葉は出ません。もし魔王がマリスタザリア化をさせたのなら、面白いではおかしいです。
「ありがとう。助かったよ」
「はい!」
魔王の関与は間違いありません。でも、もう大丈夫でしょう。マリスタザリア化は完全に浄化できました。こうなるとただの子供ですから。
「皆さんにとって、”影潜”は無くてはならないものですか?」
アリスさんの質問に、子供達は暫く考えます。
”影潜”は、黒の魔法です。悪影響がないとは、断言出来ません。このまま持たせるには危険。それでも、子供達から無理やり奪う事はしたくありません。
「なくても困らないけど……」
「……私達、狙われるんですよね?」
「自分を守るなら、必要かも……」
やはり、自衛には必要な魔法ですか。もうマリスタザリアには全く関係ない子達です。私達と魔王はそれが分かっているでしょう。でも……連合はそう思ってくれません。
「どうしましょう……」
「子供達の安全が最優先だけど……」
魔王の力でもある黒の魔法を、子供達がずっと持つのは……。
「現実問題として、ガキ共が攫われるって事があんのか」
「連合にどこまで研究結果が伝わっているかですネ」
「資料には、子供達の事は伝えたとありました。資料そのままに伝えたのであれば、写真付きです」
間違いなく、この子達はバレています。マリスタザリア化が治っていても、連れ去られる可能性は捨て切れません。
子供達をチラと見て、ドリスさん達に視線を動かしていきます。子供達はもう、話したようですね。私達がここに来るまでの間に、クラウちゃん辺りから聞いたものと思われます。これなら、話をしてもよさそうです。
「資料ですカ」
シーアさんが閃いたようです。
「子供達はマリスタザリア化が治っていまス。その子達よりモ、資料を優先するでしょウ」
「つまり、資料は渡すのを前提に置いておく、と?」
子供達を守る為に、資料は囮とするという事でしょう。
「現在の資料ですと、血液が最有力となっています。そのまま実験を続けられると、犠牲が増えてしまう恐れがあるでしょう。そこをどうにかしなければいけませんね」
「血液による変質は失敗。子供達は元に戻りその後の変質も見られないと書き加えましょウ」
少しばかり危険ではあります。成果がないとなると、一度は変質した子供達を狙うでしょう。
「何か、成果が必要かも」
「麻痺剤だけでも成果でしょうけれど、必要なのはマリスタザリア化です」
「悪意じゃ納得してくれないんですかネ」
「血液で一度マリスタザリア化したと思っているので、難しいかと」
一度成功した事を覆すのは難しいのです。確かな証拠と実例が必要となるでしょう。悪意は証拠を用意出来ません。実際、血を入れられてからマリスタザリア化なんてしてるんです。急な方向転換ではフェイクと思われるでしょう。
「この町の警備体制は、どうなっていますか?」
ドリスさん、エーフぃさん、カミラさんに尋ねます。
帰ってくる答えは、大体想像は出来ています。下衆程度の腕で誘拐が成功しているのです。この町で警備員は――。
「頼りないわね」
「クラウを守ってくれなかったし……」
「捜索も余り力入れてくれませんでした……」
収監所の見張りくらいの認識みたいですね。任せるには、心許ないです。
「王国兵に頼めないのかしら?」
国民を守る。しかも連合から。それならば、手を借りても、良いでしょう。
「もう届く位置に居るでしょうシ、連絡してみましょウ」
「滞在中の宿などは用意出来ますか?」
「えぇ、ちゃんとお持て成しするわね」
子供達の安全が最優先。王国兵と冒険者ならば守りきってくれるでしょう。冒険者、ですか。
「宿泊の代金等も請求して良いですヨ。ごねたら私か巫女さん達の名前を出してくださイ」
「お世話になるんだし、代金なんていらないわよ?」
「でハ、宿と食事だけはお願いしまス。それ以外を求めてきた時はお金取っちゃってくださイ」
「分かったわ」
代金問題は、当事者達で決めてもらいましょう。揉めるようなら、シーアさんの言うとおりにしてもらって構いません。
「この辺りに、冒険者って居ないんですか?」
思えば、王都にしか居ないわけではありません。冒険者組合はあるところにはあったはず。
「北だと、エアラゲにしかないわね。高いのよねぇ。あの町の冒険者」
「王都とは、料金設定違うんですね」
「殆どの町が自警団を作ってる理由よ」
場合によっては何日も駐留してもらうことになります。高いという冒険者は雇えそうにありません。王国兵ならば、国の税金ですからね。
「とりあえず、子供達は王国兵がしっかり守ります」
「コルメンスさんに伝われば、連合に釘を刺してくれるはずです。もはや証拠は充分すぎるほどありますから」
詳細を掴んでいると連合に知らせれば、動きを制限してくれるかもしれません。
「だから、”影潜”は取り除くね?」
「はーい……」
少し残念そうですけど、仕方ありません。しっかりと全員が使える魔法ならまだしも、魔王から貰うことでしか使えないなんて、怪しすぎるのです。魔法だけでなく、悪意も埋め込まれているかも。放っておくには危険度が高いのです。
「行きます――」
アリスさんの”光”が部屋を包みます。魔法除去、完了です。
「天使様達、行っちゃうんですか?」
「うん。旅の途中だからね」
アリスさんによる魔法除去が終わり、子供達の様子を見ます。悪意の影響はもうありませんし、体調も優れているようです。トラウマもなさそうですし、精神的な疲れも見られません。
「また会えます、か?」
「私達は旅の後、森に戻るから」
「またここに来るのは難しいかもしれません」
「そうですか……」
クラウちゃんが落ち込んでしまいました。
「また会えるよ。私達は、決まった所に居るんだから」
簡単にいくことは出来ない場所ですけど、行けない事はないのです。集落までなら、入れると思いますし。
「大人になったら、旅をしてみると良いよ。その頃には今よりずっと、綺麗な空が見られるから」
「お待ちしています!」
病院を後にし、町に戻ります。少しだけ静かになった町で、広域感知を行います。浄化対象は二人。早速向かい、浄化しました。
そのついでにドルラームちゃんを王国兵の船に乗せてもらえるように頼むことにしたのです。シーアさんも、物好きだと私達をからかいながらも、王国兵にお願いしてくれます。
さて、そろそろ次の町へ行く準備を始めましょう。