『オルデク』手広く⑧
「遅かった理由が分かりましタ」
「うん?」
遅れてやってきた私達を見て、シーアさんが納得といった風に頷いています。
「お互いを見て恥ずかしがってたり興奮してたんですネ」
「えっと……はい……」
そこまではっきり言わなくても。興奮というのは、分かりませんけど……どきどきして頭が真っ白にはなりましたね。
「分かりましタ」
「あはは……ごめんなさい」
「申し訳ございません。でも、仕方ないのです」
シーアさんは怒っています。朝食抜きで頑張っているのですから、もっと配慮するべきでした。でも、アリスさんの言うとおり仕方ないのです。こんなにも素晴らしいアリスさんを見てしまっては、私の頭は一瞬でお花畑なのです。
「まァ、リツカお姉さんがあんなにも楽しみにしていたのデ、時間がかかるとは思ってましたけどネ」
「待たせたお詫びってわけじゃないけど」
ご機嫌取りのつもりはなかったのですけど、そうなってしまいますね。紙袋から特大肉まんを取り出します。私の顔くらい大きいです。これが六個入っていますけど、シーアさんなら全部食べられるでしょうね。
「お二人の姿を見てしまったら怒る気もなくなりましタ。空から降りてきたら本物になれますヨ。そちらは貰いますけド」
紙袋を丸々渡すと、シーアさんが二個私達に返してくれました。でもこの量は、多いですね。昼食までの繋ぎみたいなものですし。
「一個を分けますから、残りは食べて構いませんよ?」
「では遠慮なク」
シーアさんが食べている間に、昨日と変わった所がないか確認しましょう。
資料や麻痺剤、子供達の遺体、無くなっているのはありません。
「巫女さん杖はどうしたんでス?」
「”領域”の基点として船に置いてきました」
「一応透明化させてましたけド、安心ですネ」
「二重の保護を破れる人はそう居ないでしょうから」
アリスさんが複製した資料を読んでいます。人体やマリスタザリアについて多く書かれているそうです。その中に、麻痺剤の使用量や残量等があればと思っていました。麻痺剤の使用経歴が分かれば、売られたかどうかが分かりますから。
「ありました」
「どう?」
「販売履歴はありませんでしたけど、資金援助をした人たちに試供品として渡したとあります」
「連合に、渡っちゃったかぁ……」
試供品程度なら実戦配備は無理でしょうか。成分さえ分かれば、後は人海戦術で作れる魔法を探すだけ? 何にしても、報告する案件ですね。
「リッカさまの世界では、その」
「うん。こういった兵器が使われてたよ。でも、人体に影響が残ったり無差別だったりするから条約で禁止されてる」
「戦争デ、条約が守られる事ってあるんでス?」
「そうだね……。戦争中は、使う場合もあるみたい。でも戦後、罪に問われる」
率先して使おうとする人は居ないはずです。それでも負けるわけにはいかないのが、戦争なのです。
「こちらの世界でもそうなるのでしょうカ」
「兵器級の魔法が禁止にされる可能性?」
「はイ」
「あると思います。人体に直接作用する”爆裂”等も」
戦争自体が少ない世界です。連合が今まさに起こそうとしている、かもしれませんけど……。向こうの世界では、戦争を繰り返す事でルールが生まれました。戦争がただの虐殺となれば、戦争の意味すらなくなってしまうのです。人や物がなくなれば、奪っても意味がないから。
「麻痺剤で虐殺する事はないだろうけど、濃度を間違えると……後遺症残るよね」
「はい。半身不随や脳障害等が考えられます」
「個人差もあるわけだから、無差別に使われると――地獄だね」
とはいっても、どう防げば良いのでしょう。そういった物があると伝えるくらいしか私達には出来ませんね……。
「ガス兵器になるのでしょうか」
「広範囲に、濃密なガスを散布するのは難しいから……」
爆弾もないわけですから、魔法で出来る範囲になりますね。シーアさんですら、一国を落とすだけのガスを広げるのは無理なはずです。
……エッボの資料に大砲の設計図がありました。火薬と、弾製造の知識があれば爆弾も作れないこともないと思います。それが気がかりですけど、エッボは連合を嫌っていたのですから、その辺りのセキュリティーはちゃんとしていたでしょう。
「出来るとしても、手榴弾みたいなのかな……一部隊を無力化するくらいの」
魔法との違いは詠唱なしで無力化させることが出来る点でしょう。どんな戦闘であっても、向こうの世界との差は詠唱の有無です。
「エッボの兵器製造技術と合わさったら危険度が跳ね上がるから、それだけは頭に入れてもらおう」
コルメンスさんやアンネさんなら解決してくれるでしょう。
エッボが情報を盗まれた可能性も視野に入れて、最悪の事態を想定するべきですかね。最悪は、超広範囲のガス兵器。現実的なのは手榴弾くらいの物という所です。
「連合に渡ったという事が分かっただけ、良しとしましょう」
「そうだね。ここでの調べ物はこれくらいかな?」
「多分、終わりだと思います」
「それでハ、警備員に任せて子供達の所へ行きましょウ」
子供達から”影潜”の事を聞かなければいけません。手に入れた時の状況と授けた者の姿、どんな事を話したのか分かれば良いのですけど。
少し早めに歩きます。アリスさんの魔力は今でも”領域”に吸われています。そこまでの負担はないようですけど、急がない理由はありません。
そうだ。
「下衆を先に預けようか」
「収監所がどのような場所なのか、先に知っておいた方が良いかもしれませんね」
「そういう事なラ、私が学者を運んできまス。先に確認と改善してもらってて良いですカ」
「分かった。気をつけて」
「はイ」
透明化も魔力を消費し続けるタイプのようです。時間分の魔力を込めれば良いという訳ではないみたいですね。
早速と、シーアさんが”疾風”で下衆の所に向かいました。
「収監所は南東にあるようです」
「じゃあ、いこっか」
「はい。少し町外れを歩きましょう」
「それなら昨日のドルラームちゃんも見てみよう」
牧場に預けた、昨日連れ帰ったドルラーム。今は牧場で飼われています。
「ふふ。リッカさま、気に入られてましたからね」
「動物に懐かれるのも、悪くないかな」
おおよそ、動物に縁のない私です。むしろ嫌われてさえいるでしょう。そんな私に懐く動物が居るとは思いませんでした。
ドルラーム。向こうでいうところの羊です。毛皮やミルクが取れるようです。羊のミルクはタンパク質や脂肪が豊富で、チーズ等の加工に優れるそうです。ドルラームもそのようで、北ではホルスターンよりドルラームの方が多いと聞きました。
マリスタザリア化した際の変化として最も著しい変化は、丸まった角と毛皮です。大きくなり、鋭く尖ります。大きくなりすぎて前に突き出ます。突進攻撃は強力。”疾風”も合わせれば、人体などひとたまりも有りません。そして毛皮が岩の様に固くなったりですね。鉄のようになる場合もありますから、内部爆発や、鉄を切れるだけの力がなければ難しい相手でしょう。
牧場では、酪農家達が右に左に大忙しです。この町の朝は早いので、町の喧騒と相まって、王国とは賑やかさが別物です。
「メェェ~」
声をかけるまでもなく、あの時のドルラームがやってきました。柵の向こうでピョンピョン跳ねています。
「残念だけど、連れて行けないんだ。ごめんね」
「メェ……」
ここまで懐かれると連れて行きたいなぁと思ってしまいます。でも、旅は過酷です。
「王都の船に乗せて貰って、王都の牧場にしばらくおいてもらいましょう。帰ったら、一緒に集落に帰るのが良いかと」
「わぁ。それ良いねっ」
アリスさんの提案はいつも魅力的です。
「しばらく待っててね?」
「メェェ!」
ドルラームちゃんに手を振って、分かれます。後で酪農家の方にお願いしましょう。
改めて、収監所に向かいます。牧場から南に真っ直ぐです。
「可愛いなぁ……」
「ちょっとあんた等! いい加減にしなさいよ! 見惚れるのは分かるけど、間違えんなって言ってんでしょ!?」
「す、すんません……」
ドルラームと戯れていたリツカとアルレスィアを見ていた酪農家達は、仕事をする振りをしていたようだ。女達に尻を蹴られ、活を入れられていた。
「姉さんも見惚れてたじゃないすか……」
「見惚れない方がおかしいでしょ。でも仕事はしろって言ってんの!」
「何話してたんだろうなぁ……」
「あのドルラームを引き取りたいらしいわよ。王都からの船に乗せて、向こうの牧場で預かってもらうんだって」
女の一人が聞き耳を立てていたようだ。リツカ達の計画を聞いてしばらく考えるような姿勢をとっている。
「お。じゃあしっかり手入れするか!」
「点数稼ぎか? 俺にやらせろ!」
男達が一斉にドルラームに集る。それに気付いたドルラームは、一度鳴き、駆け出した。リツカとアルレスィア以外には懐こうとしないのだ。リツカが牧場に預ける際、言う事を聞くようにと言い聞かせたお陰かは分からないけど、一応いう事は聞くみたいだが。
「はぁ……」
「でも綺麗になってたら、巫女様達の笑顔見れそうよねぇ」
「確かに、見たいわね……」
女達もドルラームを追いかける。名画のような笑顔と光景を、もう一度見たいがために。
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