『オルデク』手広く⑦
「二人が着るとドレスっぽいけど、普段使いが主なのね」
「動きやすさを重視しました」
「あら、もしかして……巫女様が?」
「前のもアリスさんが作ってくれてました。今回のはより、旅用にと誂えてくれた物です!」
待ってましたと言わんばかりに、自慢します。
「スカートは少し重くして、前よりひらひらしませんし。袖は締め付けすぎず動く時に全く違和感がない程度に! 腰回りはゆったりとしていて、前より体の線は出てませんし、私の動きにしっかりと合ってます! まるで何も着てないかと」
「リ、リッカさま」
少し熱弁しすぎました。アリスさんに肩を掴まれ元の位置に戻されます。
ドリスさんがクスクスと笑っています。
「本当に仲が良いわねぇ。巫女様達は」
「はい」
「アリスさん無しじゃ生きて」
アリスさんの手で口が塞がれます。最後まで言わせてもらえませんでした。
「もご」
「赤巫女様はお茶目みたいね?」
「リッカさまはこれが普通なのです……」
「わざとやってたんじゃないの……?」
「本気でやってます」
「あら……苦労してるみたいね?」
「でも可愛いですから」
「あら、こっちもお茶目みたい」
朝の空気とどうように、ほんわかとした雰囲気です。良い朝のワンシーンですけど、シーアさんの所に行かないといけないのでそろそろ切り上げましょう。
「シーアさんを待たせているので、私達はそろそろいきます」
「レティシアちゃんなら、あの学者の家に行くって言ってたわね」
「はい。先行してもらっていました」
「この町の事件なのに、ごめんなさいね?」
「いえ。それでは後ほど子供達の所に顔を出しますので」
「えぇ。私もその時くらいに行くわ」
「もごもご」
アリスさんに連れられて、その場を離れます。そろそろ手を離しても、大丈夫ですよ?
「ドリス嬢、あちらの方達は? このお店の新人ですかな?」
「あら。聞き耳立ててたの知ってるんですよぉ?」
ドリスが意地悪な笑みで常連の質問に答える。
「巫女様なので手を出しちゃダメですからね?」
「巫女様というのは、渾名という訳では……」
「本物ですよぉ?」
あわよくばと狙っていた男達が落ち込んでいる。肩を落とし、その場に居る男達全員が離れていく。アルレスィアとリツカの姿は、男達を魅了しすぎた。気の置けない相手であるドリスを前にして、柔らかい雰囲気で会話していた事も問題だった。
気を張っている時は纏っている、神聖で荘厳な魔力を抑えていた。その為、人知を超えた美少女にしか見えなかったようだ。それでも普通であれば声をかけようとか、手を出そうとは考えない。この町の特性ゆえに、男達のタガははずれやすくなっていた。
「それに、恩人を売るような事は出来ませんからぁ」
男達は客で、自分達の生活に欠かせない者達だ。ある程度の欲望は叶えて上げても良いと思っている。だけど、”巫女”達に向けられた劣情はぴしゃりと遮断する。”巫女”に対する知識はそんなに持っていないけれど、二人が純潔である事は知っているから。
ドリスが一足先に子供達の所に向かう。途中、嬢に囲まれたウィンツェッツを救出し、病院へと足を踏み入れた。
「悪ぃ。助かった」
お風呂は借りられたものの、隙あらば入ってこようとする嬢たちに苦戦したウィンツェッツ。外に出た後も囲まれ困りきっていた。
「人気者ねぇ。あの子達があんなに夢中になるのも珍しいのよ?」
「そう言われてもな……」
力づくで振り切る訳にもいかなかった。押しのけようと体に触ると嬌声を上げられ、周りから嫉妬の目を向けられたから。
「心に決めた人でも居るのかしら」
「……」
「もしかして、ソッチ……?」
「あ……? って、違ぇよ。まぁ……あれだ、約束しとる奴なら、居る」
ドリスの策略にかかってしまったと、ウィンツェッツは頭を抱える。
「少しくらいならバレないんじゃない?」
悪魔の囁きの様に、ドリスがクスクスと笑う。ドリスもここの人間だ。嬢にとってモチベーションアップに繋がるのならと、ウィンツェッツをその気にさせようとしている。
「あのチビが見張ってるからな」
「今なら見張ってないわよ?」
靡かないと、今の一言で分かったドリス。それでもどんな反応をウィンツェッツが見せるか、気になったようだ。
「チビガキはそういった事には敏感だからな。大体、巫女と赤いのも気付く。いや、赤ぇのは……微妙か。阿呆だしな」
やる気なんざねぇが、居る居ないじゃねぇ。と、ウィンツェッツは事も無げに言う。ドリスは目をパチパチとして、ぽかんとしている。
「巫女様達もレティシアちゃんも、すごいのね……って、昨日からこれしか言ってないわね」
「王都の連中も、毎日そう思ってたろうよ」
未知に溢れている”巫女”と”魔女”は王都の民を、いつどんな場所でも驚かせてくれる。他者との相違は己の意識を変える。それは興味であったり、恐怖であったり様々だ。アルレスィア達は常に、そんな想いの中に居た。
ドリスたちにとっては恩人である巫女達。恐怖など感じる事はない。常に人を想い、自分達と子供達を気にかけてくれる。そんな子達にドリスは、好意を抱いていた。
「そうそう、巫女様達は学者の家に行ってるわよ?」
「あぁ、俺は一足先にガキ達の様子見だ。体調もそうだが、ちょいとばかし厄介事に巻き込まれてるからな」
「医者が言うには、体の方は大丈夫みたいよ?」
「まぁ、ガキ共が自分で言うまで、俺からは何も言わねぇが……人の常識ってのは簡単に覆るって話だ」
「……?」
意味深なウィンツェッツの言葉に、ドリスは首を傾げる。それでも、ウィンツェッツが心配しているという事は分かるので、今は何も聞かない事にしたようだ。
「それにしても」
「えぇ」
病院に向かいながら、ドリスにウィンツェッツが話しかける。
「あんな怪しい学者、よく町に置いてたな」
「来る者拒まず、だしね。ここには町長みたいなのも居ないし、住みたきゃ勝手にって感じよ」
ふぅ、とため息をついてドリスが肩を竦める。
「ま。今回の事で少しは、選んだ方が良いって思っちゃったけどねぇ」
子供達を攫い、非人道的行為で恐怖に陥れ、何時かは町に災厄をもたらしたであろうヘトヴィヒを置いていた事を後悔している。
「今度はこっちね」
「別に交互に質問し合うって約束はしてねぇんだが」
「どっちなの?」
「……は?」
質問の意図が分からないウィンツェッツは足を止める。
「約束の相手。どっち?」
「誰と誰だ……?」
どっちかと問われても分からないと、ウィンツェッツはこれ見よがしに首を傾げる。
「分かってるでしょ?」
「…………はぁ」
盛大にため息をつく。
「どっちでもねぇ」
「あら。やっぱりそうなのね」
「やっぱりてお前……」
少し真面目な話をしてしまったのが気に入らなかったのか、本気で聞いたわけではないようだ。
「言っておくが、あいつ等の前で聞くんじゃねぇぞ」
「どういう事?」
「巫女がキレちまうからだ」
アルレスィアがキレるという事が想像できずに、ドリスが苦笑いを浮かべる。冗談だと思ったようだ。
でも、実際にそんな事を聞かれたら、アルレスィアは本当にキレるのだろう。主に――そんな勘違いを誘発させてしまったウィンツェッツに。
(最近は特に酷ぇからな……。チビガキは理解してるみてぇだが、俺からすりゃ、何でそれでキレるんだよって感じなんだが……)
ウィンツェッツのため息が全てを物語っている。
(思えば、そんな気配はあったわね)
過保護、いや――誰にも触れさせたくない。そんな意志だ。
(まぁ、あんな無防備な姿を見ちゃったらねぇ……?)
自身の持つ圧倒的な美貌を理解していないのか、天使のような微笑でアルレスィアの作ってくれた服を褒めていたリツカ。そんな姿を見てしまったら危機感を持っても仕方ないとドリスは納得する。女三人に男一人という旅だ。男に強い警戒心を持つのは当然。
「大変みたいね? やっぱりここで息抜きを」
「いや問題ねぇっつってんだろ。何でそうなった」
「堅物ねぇ」
(女ってのは、どいつもこいつも……アーデもこうなんのか……?)
ウィンツェッツの盛大なため息に、ドリスはご満悦といった風に歩き出した。