『オルデク』手広く⑥
レイメイさんは町へ、シーアさんは下衆の家に麻痺剤の確認に行きました。マリスタザリア化の副産物ともいえる麻痺剤。連合が見つければ回収するでしょう。そして、王国侵攻に使う可能性があります。ならば、回収させるわけにはいきません。
すぐに着替えてシーアさんの所にいかないと……と、思ってはいます。でもこの瞬間を楽しみにしていた私は、存分に、最高で鮮烈なファッションショーを行うのです。
部屋の真ん中に仕切りとして布をかけ、お互い着替えてから見せ合う感じになってます。わくわくです。どきどきです。
「ふぉぉ……」
舞踏会の時に来たドレスを普段着にしたような? 華やかでいながらカジュアル感があります。清楚感から一転して、活発な印象を受けますね。すごく、好みです。
「どうですか?」
「すごく好きかも!」
「良かった、です。ではそろそろ」
「あ、ごめん。今から着るね!」
アリスさんはもう着ているようです。私は早く着ないと。
着てみた結果。シルエットは余り変化がありません。でも、ゆったりしていて、体のラインが少し目立たなくなりました。動きやすさも変わっていません。袖が少しゆったりした事と、スカートの部分が少し重くなったみたいですね。ボリュームタートルな部分がよりボリューミー。真っ赤だと、私は本当に真っ赤っかになってしまうのですけど、白いラインが丁度良いアクセントですね。
「いかがですか?」
「すごく良いっ」
白いカーデも良いです。鑑を見ながらくるくると回ります。もう全体的にすごく良いです。足を上げてみたり、伸びをしてみたり、ちょっとジャンプしてみたり。
「気に入っていただけたようで、何よりです」
「うん! 大好きっ」
「ひゃいっ」
このままパーティーに参加出来そうなくらいです。派手な色でありながら、騒がしくないといいますか。落ち着いた雰囲気はどこが出しているのでしょう。白いカーデか白いラインでしょうか。やっぱり白が良いんですね!
「それではカーテンを外しますね」
「うんっ」
次はアリスさんです。どんな感じになるのでしょう。想像は出来ますけど、実物はきっとすごい――。
「どう、ですか?」
いくらでも褒め言葉は出てきます。頭にはいくつもの賛辞と礼賛が巡っています。でも、どれもが陳腐なのです。この姿を表現するには、私の語彙では満足できません。
本当に陳腐でチープな言葉で褒めるのなら……天使です。神さまの使いという意味ではなく、人としての綺麗さ美しさを遥かに凌駕した存在という意味で。
(銀髪と赤い服の相性はドレスの時に学習済みだけど……)
あの時も私は、心を打ち抜かれたような衝撃に心臓が止まってしまいそうになりました。
「すごく、きれい」
散々考えて、散々迷って、出てきた言葉は短く単純でした。私と同じ服ですけど、アリスさんの雰囲気が別物に見せています。銀糸の髪には今、赤いレースの髪飾りがあります。そのアクセントもまた、華やかさを演出しているのです。私の姿がちょっとしたホームパーティが相応ならば、アリスさんの姿は宮廷晩餐会に出ても埋もれることがないでしょう。
「ぁりがとうございます。リッカさまに褒めてもらえて、うれしいです」
「う、ぅん……」
「リッカさまを想像して作ってたのですけど……ずっと綺麗で、可愛いです」
「ありがとぅ」
見つめあい、褒め合う。人によっては恥ずかしい光景なのかもしれません。もっと近づいてみようと歩き出すと、アリスさんも一歩を踏み出しました。お互い触れ合える距離まできて、じっと目と目を合わせます。
「リッカさまの髪留めも、こちらにしましょう」
「白い、レース?」
アリスさんの、ヘッドドレスのような髪飾りと似た、髪を結ぶためのレースです。
髪紐を引き、髪を下ろします。後ろを向いて結んでもらおうと思った私の肩に、アリスさんの手が置かれました。
「結びますね?」
「うん……っ……」
睫毛の数を数えられそうです。
頭を抱きしめるように手を回し、私の髪を纏めていきます。
「そんなに、緊張しなくても良いのですよ?」
「あぅ……えっと……」
この状況で緊張しないのは、無理です。目を瞑れば良いのでしょうけど……アリスさんを見たいという欲は我慢出来ません。
「ぅ」
「っ」
知らず知らず前のめりになっていた私は、アリスさんの腰を掴んで止まりました。吃驚させてしまったようで、びくりと体を震わせてしまいました。
「ご、ごめん」
「いえ、そのまま掴んでいてくださいね」
「うん」
スルスルと結ばれていく髪。私の頭を撫でるアリスさんは楽しそうにリズムをとっています。編み込まないタイプのハーフアップを作っているみたいです。
「はい。完成です」
「似合ってる、かな?」
「綺麗です、リッカさま。離したくないほどに……」
アリスさんの肩越しから、鏡を見ます。ふわりと垂れた白のレースは、まるでベールです。
「もうちょっとなら、良いんじゃないかな?」
リハビリ感覚で、下衆の家まで感知を飛ばして見ます。悪意は感じません。シーアさんが少し暇そうにしていますけど、もう少しなら……。
「では、もう少しだけ……」
アリスさんの腰に添えていた手をするりと腰に回します。アリスさんは、私の頭や頬を撫でていた手を首に回して……もう少しだけ、抱き合うことにしました。
ただ抱き合いたいから抱き合うとなった事は、余りないような気がします。頭を撫でて貰ったり、頬を撫でて貰ったりは、ありますけれど……ただ抱き合うのは、うん。幸福感が、すごいです。
(シーアさんごめん。もうちょっとだけ)
今日卸したての服なので、皺になってはいけないといつもより気をつけています。なので、ベッドに倒れこんだりはしません。時間はかからないので、もうちょっとだけ、待っていてください。
お互いを堪能? ちょっと言い方にドキドキしてしまいますね。堪能した私達は、漸く船を降ります。
「あれ?」
下衆が居ません。そこに居るのに見えないといった感じです。
「透明化させているようですね」
初めて見たのは、神誕祭の時でしたね。布に透明化の魔法をかけ、それを被る事で身を隠していました。
「透明化って、何にでもかけられるの?」
「はい。特級ならば、この船にもかけられるそうです」
「特級持ちがいたら、マリスタザリアにバレずに移動出来そう?」
「音や、走った時に起こる砂煙は隠せませんから、今のマリスタザリアを騙すのは難しいと思います」
獣の面が強く、ただただ本能に身を任せていた昔とは違い、今のマリスタザリアは本能に忠実ながらも思考して戦います。騙せる個体は少ないかもしれません。
「これならば安心ですけれど、もう一つかけておきましょう」
アリスさんが”領域”を発動し、杖を突き刺しました。
「参りましょう」
「うん。これで攫われる心配がないね」
ブレスレットのお陰で、個人の浄化ならば問題なく行えるようになったのは大きいのです。
安心出来たところで、向かいましょう。
帰宅時のお客さんや店員さんで、静かな賑わいを見せています。店員さんが朝食をおねだりしたり、お客さんが朝食に誘ったりと、夜とは違った賑わいです。歓楽街というよりは、繁華街みたいな雰囲気ですね。
「あの子達はどこのお店の子ですかな?」
「是非とも指名したいのだが……」
私達は店員ではないのですけど……。この世界で赤い服はドレスくらいの物です。王国では偶に見てましたけど、落ち着いた赤色でした。回りの店員さんと似たような色合いなので、勘違いされてしまったのかもしれません。
でも、こてこてのドレスではなく、ちゃんとカジュアルなんですけどね……。こちらではまだ、その違いが明確ではなさそうです。
「巫女様達、こっちこっち」
「おはようございますドリスさん」
「昨日はありがとうございました」
「えぇおはよう。お礼を言うのは私達なんだから、気にしないで」
ドリスさんが手招きしていました。挨拶とお礼を言いながら近づくと、周りの空気が静かになったような気がします。聞き耳でも立てているのでしょうか。
「可愛らしい服ね。二人共似合ってるわ」
「ありがとうございます」
「自慢の服です」
このままレッドカーペットを歩いても良いくらい、どこに出て行っても胸を晴れる自慢の服です。アリスさんの気遣いがこの服には詰まっています。私の日常生活全てを過ごしやすいようにするための工夫が凝らしてあり、その気遣いは戦闘においても発揮されるでしょう。動きやすさが、前よりもずっと良いのです。
長い間共に過ごした事で、私の癖や細かい動作を知ってもらえたからだと思うと、うれしいです。それはつまり、アリスさんが私の事を良く見てくれて、想ってくれているという事ですから!




