『オルデク』手広く④
A,C, 27/04/08
「今日はもう動いて良いんでス?」
レイメイさんを虐めて……もとい、修行をつけている私の耳に、シーアさんの疑問が届きました。
「余り動かないと鈍ってしまうので……」
「乗り気って訳ではないようですネ。許しが出るくらいには回復してるって感じですカ」
「はい。しっかり休んだので、気力の充実を、と」
やっぱり私は動いてないと調子が出ないのだなぁと思うのです。
朝の修行をしているのですけど、今はいつもの運動着です。朝起きてすぐに新作ローブを見せてもらえると思ったのですけど、お預けとなってしまいました。レイメイさんがやる気を出して、すぐに来いと煩かったのです。
「おま……くっそ……ッ!」
「ほら、お手玉を始めてしまいますよ」
レイメイさんの反応が余りにも遅いので、足払いの後掌底打ちでレイメイさんを打ち上げ続けます。決して、呼ばれた事を恨んでいる訳ではありません。レイメイさんがいかに遅いか、その身を持って学習してください。
「ッ――」
腹に一発。ガードを固めたところに蹴り上げ、背中に回って掌底。
「魔法使って良いんですよ」
「疾風――ッ」
「――シッ!」
回し蹴りでお腹に一発――吹き飛ばす。
「気力なら巫女さんが傍に居るだけで充分じゃないですかネ」
「心と体は別ですから。ほんわりとしたリッカさまも可愛いですけど、キリッとしたリッカさまも綺麗ですし、やっぱり心身ともに気力の充実は必要かと」
「要するニ、元気が一番ト」
「そうなります」
少しばかり、頬が緩んでしまうような会話が聞こえてきました。レイメイさんを落としてしまいました。
「リッカさま。今日は早めに切り上げてくださいね」
「うん。そろそろ皆出てくる頃だろうから、次の一手で終わるよ」
昨夜町に入っていったお客さん達が、そろそろ出てくるはずです。町の奥にあるという宿泊施設のお客さん達は、朝帰るのが殆どだそうです。理由は教えてもらえませんでした。
町の前で、徒手空拳とはいえ男女の殴り合い。良い光景とは思えません。しかもそれが、男性が一方的にボコボコにされているのですから。
「何ですか。痴話喧嘩ならもっと離れた場所を」
「こちらの質問があるまで口を開く事を禁じたはずです。痴話喧嘩等ではありません。勘違いなきよう」
「……………」
修行の後は、下衆の尋問をしようと思っています。なので、船に寄りかからせるように座らせているのです。その下衆が私達の光景を痴話喧嘩などという言葉で表現しました。失礼な人です。こっちは一生懸命修行してるのですよ。
アリスさんがぴしゃりと、殺気を込めて睨み付けました。いくら下衆といえども、口を閉ざして冷や汗を流しています。アリスさんの逆鱗に触れてしまう何かが起きたようです。
「巫女さんの前であんな事を言えばそうなりまス」
「何で俺を見て言うんだよ」
「いつも失言してるからでス」
シーアさんが教師っぽい口調でレイメイさんを諭しています。偶に、会話についていけなくなるのです。アリスさんに聞いてみ――。
「こほんっ。それでは、尋問を開始します」
っと、早速始めるようです。汗はかいてませんけど……んー……こちらを優先させましょう。
大変不本意でしたけど、まともに話せるくらいには治療しています。シーアさんが、
「私がしましょうか」と言ってくれましたけれど、断腸の思いでアリスさんにしてもらいました。
自分を殺そうとした相手を治療させるなんて、シーアさんが気にしてないとはいえさせられません。
「子供達は全員保護、治療、マリスタザリア化の解除、研究資料の写し。王国兵到着前に出来る事は全て完了しています」
「……マリスタザリアへの対抗はお手の物というわけですか。元に戻すことすら出来るとは……」
まずは、余計な質問をされないように相手が気になっている事を伝えます。子供達の状態が最も気になっているみたいですから。
「そんな事が出来るのなら、殺す必要はないのではないかな?」
「なりかけの人にしか効かないんですよ。子供達に”影潜”を授けた者とあなたに資金援助をしている者を教えてください」
殺す必要がないのなら、それが一番に決まっています。動物だって、生態系に大きく影響してしまうのですから。実際王都周辺では家畜と野生の動物全て居なくなったのです。そんな分かりきった葛藤なんて、ずっと昔からやってるんです。
「貴女が私を殴ったから悪いんですがねぇ……」
「自分の行いを省みてから私に文句言ってくれませんか。あれでも我慢した方です」
人間の進化によってマリスタザリアへの恐れを克服する。マクゼルトを見れば、マリスタザリア化がもたらす強化は絶大です。もし人間全てがマクゼルトのような強さを手に入れたら、マリスタザリアは怖くなくなるでしょう。
しかしその次は……人と人の争いです。個人差によって、人と人の間に格差が生まれます。マリスタザリア化はそれをより顕著にするでしょう。最期には戦争です。暴力からは逃れられるのに暴力を使うのでは、意味がないのですよ。
「子供達が”影潜”を使えた理由は?」
「答えるって約束でしょウ。さっさとしてくださイ」
「……いつの間にか使えるようになっていたんですよ。あの子達に聞いても、夢で変な人に会って、起きたら使えるようになってたと口を揃えて言うばかりです」
全員同じ夢ですか。魔王が関係していることは確かですけど、夢に入る魔法があるとは思えませんし……口封じされている? この件は、子供達本人に聞いて見ましょう。
「あなたに資金援助していた人は?」
「……それは、言えま」
「連合ですか。どうやらまた、王都が他に意識を向けている間に侵攻したいようです」
「……何故……分かっ」
「地下の培養槽に入っていた子達の一部は、何人の物ですか。名前は? 性別は男の子一人に女の子三人の物ですね。変質した子だけ入れていたのでしょう。しなかった子はどうしたんですか」
アリスさんが言い当てた事に驚いていますけど、驚く暇なんて必要ないです。まだ尋問は続いているのですから。
「……十二人でしたかね。培養槽には五人分ですよ。片目だけ色が変わりましてね。見逃すところでした」
「っ……」
私の後ろにスッと移動したアリスさんが、私の腰を抱きしめ止めました。成果として語る下衆にまた、キレそうに……。
「残りの七人は……」
怒りを押し殺し、視線だけ鋭く尋ねます。
「埋めましたよ。子供達が埋葬したいと言いましてね。家の裏庭に」
「分かりました。培養槽の子達も同じ場所に埋葬しましょう」
「なっ――! 私の研究」
「最後に、シーアさんを狙った理由は」
もう、話したくもありません。さっさと終わらせます。この後私には、アリスさんからのプレゼントが待っているのです。最高の朝にするのです。
「私の成果を……! あの成果だけでも私は連合に亡命を」
「尋問から拷問に変えても良いのですけど、何が良いですか。あの子達が受けた辱めをそのままあなたにしてあげましょうか。まずは腕を落としましょう。ほら、この布をしっかり噛んでください。舌を噛んだりしてはいけません」
「そんな物噛んだら話せな――」
「話す気がないのですから、話したくなるまで痛めつけてあげようかと」
本当にする気なんてありません。私に出来るのはせいぜい、足を踏みつけるくらいのものです。ただ……相手には、本気でやる人のように、見えてるでしょうね。怒りは本物なのですから。
「……っ…………あ、赤の巫女は悪魔か……!」
「いつだったか、誰かにも言いましたけど――赤の巫女の赤って血塗れから来てるんですよ」
「ッ…………こ、こ、こ……」
言葉にならないくらい、怒りやら恐怖やらを感じているようです。
アリスさんとシーアさんは大丈夫だと信じてます。私が本気でないと、思ってくれているはずだと。だから、私を拷問好きの狂人と思わないで下さいね? レイメイさん。何をドン引きしてるんですか。こんなのただの脅しですよ。