『オルデク』手広く
「子供達から事情聴取したいんだっけ?」
「そうしたいのですけど、今日はゆっくりさせてあげたいなと」
「だったらうちにおいで。サービスするわよ?」
仕事風景とか気になりますけど、まだやれる事はあります。
「レイメイさんとシーアさんは先に休んでて」
「私達は少し外に出てきます」
マリスタザリアを捕らえようと罠を張っていた場所。多分あの辺りに地下への入り口があるはずです。そこは確認しておかないと、マリスタザリアにしろ夜盗にしろ、町の背後への通り道になってしまいます。
「体調が悪いのは確かですのデ、お言葉に甘えまス」
「まぁ、俺も休んどくか。赤いのはこれ以上戦わねぇだろうしな」
「その時はお願いします」
相手によりますけど、レイメイさんにお任せします。
「じゃあ私のお店ね。巫女様達は知ってるわよね?」
「はい」
散歩が終わったら寄りましょう。
「ヘンタイさン。分かってると思いますけド」
「酒飲むだけだ」
「お酒も程ほどにって話ですヨ」
「しっかり節制するから安心しろ」
「そう言いつツ、お酌されると進むんでしょウ?」
「お前のそういった知識はどっから来るんだ……」
「リツカお姉さんよりは揉まれてきたのデ」
二人のいつものじゃれ合いかと思えば、何故か私に飛び火しそうです。早々に離脱しましょう。
「ドリスさん。後ほど」
「えぇ。どうやら町の為に動いてくれるみたいだけど……」
流石、客商売です。ロミーさん同様、こちらの表情を読んできます。
「乗りかかった船です。最後まで任せて下さい」
「こんな事なら、休みを取って神誕祭に行くんだったわねぇ」
ドリスさんが後悔を滲ませてため息をしています。
「来年もありますから、是非来て下さい」
「貴女達も来るのかしら?」
「どうでしょう……。なるべく参加したいとは思っていますけれど」
「ふふ。楽しみにしておくわね?」
多くの人に、過去を知ってもらいたいです。そして、正しい未来への足がかりとして欲しい。北部とかどうとか関係なく、この世界に生きる人として。
リツカお姉さん達が離れていきます。付いていこうと思ってましたけど、巫女さんは二人きりで散歩したそうでしたし。
(私は、リツカお姉さんに大切にされてるって再認識しただけで我慢しましょう)
全く。自分の体を第一に考えて欲しいと思うのですけど、どうしても喜んでしまいますね。
「巫女様達の事気に入っちゃった」
「そうでしょウ。私も大好きでス」
「ふふ。そうね。王都からのお客さんが全員、褒める訳よね。お高く纏まってるのかと思えば、あんなに親身になって……エーフィの事を気にかけて」
端から敵視していた人たちは、リツカお姉さん達と話してないからあんな態度をとるんです。しっかりと向き合えば、皆分かります。どれだけあの二人が、世界を愛しているかを。自分の身を削りすぎなのが気になるのが、玉に瑕ですけど。
「いつもあんな感じなの?」
「そうですヨ。誰よりもこの世界ノ、人々の平和を願っているのが”巫女”でス」
「しっかり覚えておくわね。”巫女”を」
「そうしてくださイ。それ以上ヲ、二人は望みませン」
二人を覚えていてくれる限り、優しくなれるはずです。隣に居る人のために、ちょっとでも行動してみようって、思えるはずです。
「いっぱいサービスしてあげるわ」
「それハ、巫女さんが怒るので程ほどにお願いしまス」
「大切にしてるのね」
「お互い、自分以上に」
リツカお姉さんは特にそれが目立ちます。巫女さんも、いっそリツカお姉さんだけに注力していたらどれだけ……。だからこそ、私は足を引っ張ったらいけないのに。
ただでさえ、幹部連中とは戦えそうにないのです。あんな下衆な雑魚相手に遅れを取っている場合ではありません。今後はもっと、気を引き締めないといけませんね。
「うん?」
「何でもないでス。お店にはジュースってあるんでス?」
「えぇ。うちはちゃんとおいてるわよ」
「良かったでス」
休みはしっかりととります。有事の際万全で在れる様に。
「お兄さんには沢山サービスしてあげるからね?」
「……」
「鼻の下」
「伸びてねぇだろが!」
そう言いつつ確かめる辺り、揺らいでたっていう証拠なんですよね。アーデさんも苦労しますね。こう考えると、お兄ちゃんって鋼の意志だったのではないでしょうか。
「お客の男もこんな感じなんでス?」
「そうねぇ。自分だけは違うって言ってても、結局は楽しんじゃうわよ?」
「だそうでス」
「俺は違ぇ」
「本当ですかネ」
「そういう人を楽しませるお仕事よ?」
ヘンタイさんの意志、しかと見届けましょう。飲みすぎにだけは注意しないといけませんけどね。
歩くには少し遠い場所に、罠があります。日も少し傾いでいますね。
「疲れてませんか?」
「うん。体の方は大丈夫だよ」
断食した後ってこんな感じなのかもしれません。体が疲れているわけでもないのに、息をついてしまうのです。
「しっかりと回復はしているようです。明日には、制限を取る事が出来ると思います。このまま安静にしていてくれれば、ですよ?」
「ちゃんと、回復に努めるね」
今日ももう終わります。でも、ここは町の外。私とアリスさん二人きりです。敵が出れば、真っ先に私が動くでしょう。何度でも釘を刺しておかないと、私はきっと動きます。
アリスさんのジト目も可愛らしいのですけど、ずっと見られていると心がそわそわしてしまいます。話題を変えましょう。
「この服とも、お別れかぁ」
「……寂しいですか?」
「思い出一杯あるから」
苦楽を共にした服です。思い入れもあります。別れは少し寂しいです。でも、新しい服は本当に楽しみ。赤色みたいです。アリスさんの瞳色。どんな仕上がりなのでしょう。明日が待ちきれません。
「また、お揃いだと良いなぁ」
「もちろん、お揃いですよ。私も、その方が嬉しいですから」
「うんっ」
特別な服です。巫女にとってではなく、私にとって。言ってしまえば、アリスさんの想いを着ているのです。また新しい思い出を、作っていきたいですね。
「今着ている服は、私が仕舞っておきますね。修繕もしておきましょう」
「ありがとう。温かくなったら、また着るもんね」
アリスさんが小まめに直してくれていましたけど、やっぱりほつれがあったりします。丈夫な服なんですけど……攻撃、受けすぎですね。三着で回していても、ギリギリでしたから。
「そろそろですね」
「あの檻っぽい」
もう着いてしまいました。結構な距離があったのに、アリスさんとの一時は直ぐ過ぎてしまいます。もっとゆっくり、時が流れてくれれば良いのに。
「檻が閉まったままだから、下にそのまま降りれるのかな」
「多分そうだと思います。リッカさま、こちらを」
「それは……針?」
アリスさんが示した先には、針が付いていました。多分、マリスタザリアが暴れたら刺さる仕組みです。しかし……ドルラームでは刺さりません。ホルスターンや熊でも怪しいです。成りかけのマリスタザリアや、狼、犬等の小型でなければ刺さりませんね。
「恐らく先端には、シーアさんが吸い込んだ物の原液が付着しています」
「何千倍、何万倍にも薄めてガスにしてたのかな」
「はい。そうでないと、シーアさんは呼吸困難程度では済まなかったでしょう……」
益々持って、怒りが込み上げます。しかし下衆にとってシーアさんは実験材料。殺したりは絶対しなかったはずです。そして、学者として優秀ではあるあの下衆は、そこをミスする事はないです。
「それにしても……何でシーアさんを」
これも、殴り飛ばす前に聞く事でした。しかし、そこは私です。我慢なんて出来ません。最低限聞いて後は全力でした。
「これは想像ですけど、クラウちゃんも実験段階であったのではないでしょうか。突然目の前に現れたシーアさんを、完成形としたかったのではないかと」
「マリスタザリア化の症例として最新であるはずのクラウちゃんで、私達との戦闘記録を取るつもりだったって感じかな?」
「はい。そして、その実験結果で良い結果が出れば、マリスタザリア化したシーアさんとそのまま戦わせるつもりだったのでしょう」
随分とシーアさんを気に入っていました。会話の内容から考えるに、皇姫である事も高評価だったようです。お気に入りのシーアさんで、最高のマリスタザリアを作るつもりだったのでしょう。
「シーアさんはあの人のお気に入りです。最も大切に、そして最高の作品としたかったはずです」
「……もっと強く殴れば良かった」
「あれ以上は、リッカさまの拳が壊れてしまいます。あの人の所為でリッカさまが傷つくのは嫌です……」
「ぅん……」
自分が傷つかないようには気をつけました。それでも私の激情は、自身を壊してしまったのです。アリスさんに悲しい想いをさせてしまって反省しきりです。
「針に気をつけて、地面を調べよっか」
「はい。まずは、折ってしまいましょう」
「それは任せて」
集落からもらった剣を抜き、針を狙います。柄や刃に年季が出たような気がします。大切に扱っていると胸を張ることは出来ませんけど……大切な剣です。しっかりと握り、針だけを狙って、振りきりました。