『オルデク』実験⑮
町に戻ると、すでに話題になっているようでした。
「貴女達、本当に強かったのねぇ」
「町に異変とかなかったですか?」
「無かったわ。そっちはいろいろあったみたいだけど……」
ドリスさんの目が、後ろの下衆に向いています。
「えっと、どうやって運んでるのかしら。見た目より軽いとか?」
「ちょっとした魔法です」
「そうよね……。そう見えないけど……」
本当は魔法を使ってません。ただの体力消費ではなく、魔力消費の方が今の私には毒だと止められました。代わりにアリスさんが運ぶと言っていましたけど、アリスさんには運ぶための魔法がありません。何よりアリスさんに、こんな下衆を持って欲しくなかったのです。
だから魔力運用だけは、許可を貰いました。
「俺が運べば良かったじゃねぇか」
「レイメイさんが運ぶと、それはそれで事件になりますし」
「……」
「自身の強面を自覚した方が良いですヨ」
「何だと」
本当の理由としては、シーアさんとレイメイさんで子供達を守って欲しかったのです。近くにマリスタザリアが出たのですから、町の安全も確保しないといけませんでした。遠距離広範囲と近距離。シーアさんとレイメイさんが先に戻った方が良かったのです。
「子供達は、どちらに?」
「まずは医者の所でス。巫女さんのお墨付きがあるので安心ですけド、栄養状態が心配だったのデ」
「まぁ、飯はちゃんと与えられてたようだがな」
クラウちゃんは早くカミラさんに会いたいでしょうけど、元気な姿で会った方が良いでしょう。
マリスタザリア化していた事で助かった事があります。クラウちゃんの怪我の事です。胸の傷を治すための薬を飲めなかった期間、マリスタザリア化によって生命力が上がっていたのです。それが良い事であるとは思いませんけど、助かった事は事実です。
「ありがとね」
ドリスさんが頭を下げました。
「クラウちゃんが無事で良かったです」
「貴女達のお陰よ。カミラとエーフィをすぐに呼んでくるから、待ってて?」
「はい」
ドリスさんが人混み掻き分け、呼びに行ってくれました。これで、神隠しの疑惑は晴れたはずです。
「中継機があったのデ、ゾルゲ経由で連絡しましタ。トゥリアに行った方達ガ、その足で来てくれるそうでス」
シーアさんが連絡をしてくれていたようです。
「良いのかな疲れてるんじゃ……」
そんなに広い村ではありませんでしたけど、あんな惨状を調べた後に……あの地下を調べるのは、精神的にも肉体的にも辛いと思うのです。
「むしろ来たがったようですヨ」
「そうなんだ」
仕事熱心ですね……。尊敬してしまいます。私達も、がんばらないと。
「もはや日常でス。リツカお姉さんの勘違いハ」
「純粋なままで居て欲しいです」
「本音が出ましたネ。ちゃんと教えるようにとエリスさんに言われてたじゃないですカ」
「旅が終わってからでも良いと想います」
「それハ、やらないやつですヨ」
さて、子供達の今後とこの人の拘束、”影潜”の件、これからやる事も、しっかりやらないといけませんね。
「リッカさま。一先ず、座りましょう」
「うん」
少しふらついていた事にしっかりと気付いていたアリスさんに誘導されて、ベンチに座ります。
「子供達の件ですけド、この町で面倒を見るそうでス」
「そうなの?」
「この人が永住してからですカ、キールからの捨て子が出てなかったそうでス。それまではこの町でも保護していたそうですヨ」
チラリとレイメイさんを見ます。
「ちゃんと話す」
「分かっています」
子供を捨てる場所は決まっていないのでしょう。オルデク近くに捨てられた子に関しては、オルデクで育てているそうです。
「この町の特徴というのは語弊があるかもしれませんけド、親に先立たれる事も多いそうでス。そんな時は町の女性全員で面倒を見るかラ、慣れているんだそうでス」
「それなら、安心かな?」
「まぁ、俺よりは安心出来るだろ」
「そうですかね。ライゼさんの影響もあるでしょうし、レイメイさんも子育てしっかり出来そうですけど」
「嫌味か? あ? 喧嘩なら買うぞ?」
そんなに嫌う必要はないと思います。すでに数名の子達の里親になってますし、孤児の子達を預かる気満々だったじゃないですか。
「まぁまァ、照れ隠しはその辺にしておくと良いでしょウ」
「何だ? 今日は足引っ張った割にはチビは元気だな」
「何ですト、表に出てくださイ」
二人共、血気盛んですね。それくらい元気があるなら、マリスタザリアに襲われても安心ですね。
「何悟った目で見てんだ」
「巫女さんの約束を破ったリツカお姉さんモ、今日は反省会ですヨ」
「はは……。ごめんなさい……」
「リッカさまは良いのですよ? 私は怒ってませんから、落ち込まないで……」
アリスさんに頭を撫でられながら、俯いてしまいます。魔力なんて使わなくても、こんな下衆制圧できました。それでも使ったのは、私の心が幼かったからです。傷ついたシーアさんを見たら歯止めが効きませんでした。
「おいお前の所為だぞ」
「た、確かに私が心配させちゃった所為ですけド……! いつものリツカお姉さんなら我慢してくれましたシ……っ」
「それは……私はシーアさんの事も、大切って思ってるから……」
「うぐっ……」
私が我慢強いと思われていたことに驚きです。結構、怒ったり悲しんだり突っ走ったりしているのですけど……アリスさん限定と思われていたのでしょうか。
「……」
「あぁ……巫女さン。そんなに睨まないでくださイ。私に対してと巫女さんとじゃ違いますかラ!」
アリスさんがシーアさんにジト目を向けてます。ただのじゃれ合いとはいえ、少しやりすぎた感があります。
「あら、お邪魔だったかしら」
「いえ、じゃれあっていただけですので」
(結構本気の目だった気がしまス)
ドリスさんが帰って来ました。後ろにはエーフぃさんと、多分カミラさんです。
「まさか、来て早々解決してくださるなんて……っ」
エーフぃさんが手を胸の前で祈るように組み、感激といった風に喜んでいます。今回の事件。この下衆が……私達も計画に組み込んでいたお陰でしょう。こちらにちょっかいをかけてきたのが仇となっていました。
「クラウを助けていただき、ありがとうございます……っ」
カミラさんが何度も頭を下げ、感謝を伝えてくれます。早くクラウちゃんに会いたいでしょうに……嬉しく思います。
「今医者の所に居るらしいです。行ってあげて下さい。クラウちゃんが会いたがっていましたから」
「はい……っ」
カミラさんが周りの人たちとクラウちゃんの所に向かっていきました。
「エーフィさんも様子を見に行って良いのですよ?」
「私は……会う資格なんて……」
まだ気にしていたようです。エーフぃさんが悪い事なんて、何一つないのに。
「何言ってんのよ……。カミラも言ってたじゃない。いつも感謝してるって」
「でも……私何もしてあげられなくて……」
ドリスさんの慰めも、エーフぃさんには届きません。
「エーフィさんが悪いとは思いません」
「うん。全部そこの下衆がやった事です。何より……エーフぃさんが協力してくれたから、この下衆に目星をつけられたんです」
しっかりとクラウちゃんの事を教えてくれましたし、事件発生時の詳細を教えてくれました。それがなければ、もっと手を拱いたことでしょう。
「巫女様が下衆って言う程って、よっぽど酷い奴みたいね?」
「思いっきり殴り飛ばしても気が晴れません」
「その傷、巫女様が……?」
「はい」
「巫女様って、力持ち?」
「ちょっとした魔法です」
危うくまた、怪力娘になるところでした。ドリスさんが引き攣った笑みを浮かべてしまっています。
「エーフぃさんが気に病む事なんて何一つありません。いつだって悪事を働くものが悪いのです。クラウちゃんは、エーフぃさんにも会いたいと言ってましたよ」
「クラウ、ちゃん……っ」
もう、思い詰める事はないでしょう。エーフぃさんも仕事に戻って、また子供達を守ってあげて欲しいと、願っています。