『オルデク』実験⑭
「そいつぁ、本当か?」
「はい……」
明かりを一旦消し、気配を殺してやってきてみれば……レイメイさんが深刻そうな顔で、一人の子供と話していました。マリスタザリアと対峙したままですけど、しっかりとその場は制しているようです。
「っ……誰だ!」
一人の子供が、私達に気付きました。異常なまでの感知器官。マリスタザリア化は本当のようです。
「レイメイさん」
「お前等か。上は」
「終わりました。子供達は全員居ますか?」
「あぁ」
ここに居る子達で全員のようです。
「それでは、治療を開始します」
「な、治るの!?」
女の子の声。レイメイさんに一番近い位置に居た子です。
「こいつがクラウだ」
「その子が……。カミラさんとエーフぃさんが待ってるよ?」
「エーフィお姉ちゃんも……?」
「帰ろう?」
こんな暗い場所に居ては、心も塞ぎます。
「でも……私達……。アレの血が無いと治らないって……」
「それは嘘だったの。君達は、あの人の所為でそうなったんだ」
「そっちのが嘘吐きだ! 先生は……僕達を助けてくれたんだぞ!?」
子供達にとっては、優しい先生だったのでしょう。こんなにも慕われています。シーアさんが攻撃したことで、私達を敵と認識するくらいには。でもそれは、シーアさんが危なかったからです。子供達には悪いとは思いますけど、あの人は下衆なんですよ。
「じゃあ……何で君達はこんな場所に居るの?」
「こんな姿じゃ……皆に驚かれるから……治るまでここに居ろって……!」
「だったらその姿、治してあげる」
「先生でも出来なかったのに……!」
「この世界には、奇跡があるんだから。君達が先生に会って、救われたように」
「……っ」
アリスさんの準備は整いました。今もこちらの隙を窺っているマリスタザリアごと、全ての悪意に浄化の光を。
「帰ろう? 今日も空は、青いから」
マリスタザリア化した子達には見えているはずです。私は微笑み、アリスさんに全てを託します。子供達に――祝福を。アリスさんが私の手を強く握り、白銀の魔力が煌きだしました。
「私は拒絶する……! この世の全ての――悪意を!! 苦痛と怒りを塗り潰し、世界に赤き……祝福を!」
暖かな世界が、暗い洞窟の全てを照らし出します。驚いた表情を浮かべた子供達全員の姿が露わとなりました。腕や脚、首や顔の一部。服で見えませんけど、体の一部がマリスタザリア化した子達は強く目を瞑り、光を浴びています。
マリスタザリアになりかけていた獣は悪意を剥離され、元の獣となり逃げ出しました。そして、子供達からは……悪意がじわりと剥がれ落ち、悪意は霧散しました。子供達は皆……元の姿に戻る事が、出来たのです。
「み、見えなくなっちゃった……!?」
「何したの!!」
「ち、違う……私達の目が、普通に……?」
シーアさんに合図をして、明かりをつけてもらいます。自分の変化を、しっかりと見てもらいましょう。
「アリスさん大丈夫?」
「はい。問題ありません」
初めての魔法。一部変質しただけでも人を救いたいという想いが、形を成したのです。完全に変質した人は救えません。だからせめて、一部変質だけでも。
「治ってる……」
「注射、してないのに……」
自分の体が戻った事に、子供達はまだ困惑しています。下衆が言った事をしていないのに治った事が、信じられないのかもしれません。
「子供達は、この子達で全員なんですよね」
「あぁ、俺が知ってる限りはな。何でだ」
「最低でも五人というのは分かっているんですけど、あの口ぶりだと……ここに居る子達だけでは少ないように感じます」
始めの四人とクラウちゃんには言及していました。でも、それ以外は数名と言っただけです。苦労とまでいう実験の数々。本当にここに居る六人だけなのでしょうか。
「入り口、見てねぇのか」
「探索前に、洞窟にそのまま」
「……培養槽に子供の腕やら脚やらがあった。つまりは、そういう事なんだろうよ」
「……」
ここに居る子達だけでも、救えた。それだけが私達の、救いなんですね。
「お姉ちゃん達は……天使様なんですか?」
「このお二人はそう呼ばれる事もありますヨ」
「やっぱり……っ」
クラウちゃんとシーアさんが話しています。この姿だけ見ると、平和な光景です。
「地上に帰ろう?」
「お母さんに、会えるんですか?」
「もちろん。すぐに会いに行こう?」
クラウちゃんが涙を流しながら、喜びに打ち震えています。どれ程の苦痛だったのか、想像に難くありません。何しろ……この子達全員、変質する程のストレスを抱えているのですから。
「私達は下衆を回収してから追いかけます。シーアさんとレイメイさんは、エーフぃさんの所へ」
「分かりましタ」
「コイツ等……”影潜”を使うみてぇだが、どうする」
「詳しく聞きたいところですけど、まずは安全と安心の確保を優先してください」
「あぁ……」
魔王が関わっているのは間違いありません。どういった経緯で手に入れたのか知りたいのは山々ですけど……早くこんな所から退散しましょう。
「……先生は」
クラウちゃん以外の子は、乗り気ではないようです。当たり前、ですね。クラウちゃんは無理やり連れて来られたので私達を信用してくれています。でも、この子達は……孤児。信じられるのは、救ってくれた下衆だけなのです。
「先生は僕達を、騙してたの?」
「……そうだね」
「……」
嘘を言う事は簡単です。でも、この子達は本当を知りたいのです。
「注射されてたんだよね」
「うん……」
「それの所為で、君達はあんな事になってた」
最初は治療と称して注射をする。そして、変化が表れたらここに閉じ込め、更なる治療と称してより激しく実験を行う。子供達は薄々感じていたはずです。変質するということは、酷い負の感情を持っているのですから。
でも、逃げる事は出来なかった。手に入れた平穏。温かいご飯に布団、お風呂に友達。手に入れた幸せを、ちょっとした不信感で手放すのは難しい。
「君達はもう、酷い目に会う必要はないんだよ」
「でも……」
「僕達……家が……」
簡単に大丈夫とはいえない問題です。
「お前等、キールんとこのだな」
「何で、知ってるの……?」
「……まぁ、今は良い。あの阿呆を連れて行く時に、一緒に船に乗れ。王都に同じ境遇のやつらが居るからよ」
回りくどいですけど、レイメイさんが面倒を見ると言います。同じ境遇というと、エッボの城近くで保護したあの子達でしょうか。あの子達も、キールという所から?
(そうなると、レイメイさんは――)
「あ? 何だ」
「いえ」
話すまで待ちましょう。この辺りで孤児が多いという事は、すぐにでも行く事になるでしょうから。
「阿呆学者んとこよりは、良い生活をさせてやるよ。俺は厳しいがな」
「……良いの?」
「あ?」
「僕たち……お兄さんに……」
「良い奇襲だったな。お前等も強くなれるだろうよ」
とことん不器用です。子供達に通じるかは微妙ですけど……子供達の安堵した表情を見れば、杞憂だと分かります。
玄関から外に出ると、強い日差しが照り付けてきます。
「眩しい……うぅ……」
「泣くなよぉ……」
「外、大丈夫なんだよ、ね? 先生に怒られたり……」
「先生が間違ってるって、分かっただろ……っ」
「私達ちゃんと、歩けるもん……先生じゃ治せなかったもん……」
子供達全員、恐る恐ると外に出ています。刷り込みともいえる教育。外に勝手に出るなと言われていたのでしょう。
「天使様は、一緒に行かないんですか?」
「ちょっと用事が残ってるから」
「ご安心を。すぐに追いつきます」
「はい……」
クラウちゃんは私達を気にしながらも、シーアさんの手をしっかりと握って町の中心に向かっています。
「あのっ」
「うん?」
「お礼、したいので……ちゃんと、戻ってきて下さい……」
「うん。会いに行くよ」
それが心配事だったようで、私が頷くのを見るとぱぁっと笑みを浮かべて歩き出しました。笑顔が戻って良かった。あの笑顔が曇らないように、しっかりと――下衆の事件を終わらせましょう。
「救えて、良かったです」
「アリスさんのお陰だよ?」
「はい……っ」
俯くアリスさんの頭を撫でます。不安だったのでしょう。
「やっぱりアリスさんは、すごい」
「リッカさまが居てくれたから、です」
私の胸に飛び込んできたアリスさんを抱きしめます。頭を2回、3回と撫でました。
「終わらせよう。子供達の悪夢を」
「はいっ」
再び家に入り、気絶したままの下衆を回収しましょう。抱えたくないので、足を掴んで引き摺ります。ここならば……ゾルゲに中継するなりして、王都に連絡出来るでしょう。結局何度も、王都に支援要請する事になって心苦しく思います。でも……事件が事件です。地方の警察機関では手に余るでしょうから。