『オルデク』実験⑬
「クラウは最後の子。いわば完成形でしてね。私の希望です」
この人は間違いなく学者なのでしょう。人すらも動物として見ているから、正常かのように振舞えるのです。でも本質は――狂っています。この人にとって人とは実験道具で、自分すらも犠牲の対象なのです。自分を犠牲にして調査を繰り返し、そして動物……人間を使って進化の術を探す。最期は己で試し、実験完了となるのでしょう。
「最初は孤児です。この辺りは孤児に困らないのですよ。ここに常駐しているのも、それが理由です」
そういえばレイメイさんは、この近くで拾われた捨て子でした。確か……子捨てが行われている村があると聞いています。今でも、行われているという事でしょうか。
「血に目をつけ、孤児に投与し続けました。個体差があるのか、変質を見せない子が続いたのですけどねぇ。四人目でやっと変質しました。そして、人よりもずっと強い力を発揮したのです!」
「……その子達は何処ですか」
「まだまだ、ここからですよ」
いい加減、私も限界です。でも、この人が痛みで口を割るかは微妙です。マリスタザリアを追い求めて何度も死に掛けたそうです。この人の精神状況はかなり鍛えられているでしょう。私の尋問程度、物ともしないのではないでしょうか。
もし無理やり尋問なんてしようものなら、口を閉ざすでしょう。我慢するしかないのでしょうか。怒りで沸騰しそうなのですけど。
「苦労しましたよ。子供は警戒心が強くていけません。なので、まずはお近づきになるところから始めるのです」
「……」
「君は病にかかっている。だから治療をしよう。これを打てば最初は気分が悪くなるだろうが、直に良くなる」
「そうやって騙すと?」
「えぇそうですよ。優しく微笑みかけ、食事と寝床を与え、温かい家族として迎え入れるのです」
孤児にとっては、もしかしたら……この人のモルモットになる方が幸せなのかもしれません。それでも私は……この人を嫌悪します。私は私のエゴで、この人を否定する。
「子供達は疑問に思わないんですか。投与されることで体調が悪くなっていって、異変が起こる事に」
「思いませんよ。言っているではありませんか。病気だからそうなると」
「打てば、治るんでしょ」
「合わなかったんですよ。残念なことに」
「……下衆」
違う答えが欲しいと思って聞いてみましたけど、予想通りの答えしか返ってきませんでした。もう、期待しません。
「何人かの成功例が出たので、次を仕入れようとしたのです」
「それが、クラウちゃんって事ですか」
「えぇ、そうです」
「理解出来ない」
「ほう?」
孤児を利用したのは、通報されたくないからでしょう。なのに、クラウちゃんを誘拐した事が……理解出来ない。
「”巫女”ですよ」
「……私達を誘き寄せる為に、神隠しを利用したということですか」
「そういう事です」
神隠しがなくても、私達はここに来ました。それでもこの人は、”巫女”が動いているという情報だけは握っていたのでしょう。その中で、神隠しという事件を知ったのです。でも、この人が攫ったのは……私達が神隠しを知る前です。何しろ、オルデクに旅行していたコランタンさんから聞いたのですから。
「他の神隠しと違いを出す事で、”巫女”の関心を向ける事が出来るかと考えたのですが、大成功だったようですね」
そういう事ですか。神隠しが本当であろうとなかろうと、どちらでも良かったという事です。
もし神隠しではなかった場合、私達は誘拐事件として調査に向かうでしょう。しかし……もし神隠しが本当に、神さまによる物だったら……それを騙った偽の神隠しを、神の使いたる私達が許すはずがありません。
どちらにしろ、オルデクで神隠しについて調べるという事ですね。露骨なまでに怪しい行動をしていたのも、全ては私達を誘き出すため。
「”巫女”がマリスタザリアの進化を握っているっていうのを、証明したかったってところですか」
「おや、知っていたのですか」
「聞きましたから」
本当はその場で、共に聞いていましたけど。
「変質を見せた子と私達を戦わせ、進化するかどうかを試したかったと?」
「そうです。そして相手は――クラウですよ」
「……クラウちゃんが、変質していると?」
「腕だけですがね」
「――」
一足で下衆の前に移動し、掌に血が滲む程の力を込め――顔面を……殴り、飛ばすっ!!!
「ブッ――ベッ」
「っ!!!」
顎やこめかみ等を浅く殴る事はあります。後遺症が残らないように、注意して。でも、今回は、そんな手加減出来る自信がありませんでした。なので、頬を思いっきり殴らせてもらいました。血と、砕けたと思われる歯が飛び散っています。
「我慢、しましたね……」
「そう、かな。まだ聞けた事、あったと思う、けど」
アリスさんが私の握り拳を手に取り、”治癒”を掛けてくれます。拳は切れ、掌からは血が滴っています。人をこんなに、雑に……殴ったのは初めてです。
「シーアさんはもう、大丈夫?」
「はい。異物も摘出出来ました。少し倦怠感はあるかもしれませんけど、明日に残るようなものではありません」
「お騒がせしましタ」
立ち上がって、ペコリと頭を下げています。もう少しゆっくりしたいところですけど、すぐにでも地下にいってクラウちゃんの容態を確認しないといけません。
「すぐで悪いけど、地下に行こう」
「大丈夫でス。巫女さんにしっかりと治してもらいましタ」
「体の調子だけで言えば、リッカさまの方が悪いです」
「そ、そうなの?」
自身の体をペタペタと触ってみます。そんなに悪い気はしません。先程下衆を殴り飛ばした時は、いつも通りだったような。魔力は抑えていました。ほんの少しでも、アリスさんとの約束を守りたいと思ったのです。
完全に魔力を絶つ事は、出来ませんでしたけど……仕方ないですよね。下衆すぎて、我慢出来なかったのです。
「リツカお姉さんの場合、自覚がないのが不味いと思いまス」
「そうなんですよね……」
いつの間にか、私の心配になっています。
「し、シーアさんが元に戻って良かった」
「それで誤魔化されないのでス」
こうやって私を弄ることが出来るまでに、元気を取り戻しました。嬉しいことです。はい。
「クラウちゃん達の事はお任せ下さい。一部であれば、治せる可能性があります」
状況としては、クルートさんを思い出します。私達が、人間の変質に気付く事になった事件の加害者であり、被害者です。
「クルートさんの時より、私も成長していると……示す時が来ました」
「アリスさんなら、大丈夫」
私は信じています。アリスさんの”光”は、悪意に負けないと。
「――はいっ」
もう後悔したくない。アリスさんはあの時、涙すら流して後悔していました。もっと力があればと、”光”の研鑽を積んでいればと。その後悔は今、花開きます。
早速、地下に降りましょう。地下へと続く通路から差し込む光だけが、この部屋の光源みたいです。あまりに、暗すぎます。
「明かりをつけまス」
「うん――って……マリスタザリア、まだ居る……?」
「レイメイさんが対応しているはずですけど、おかしいですね……」
一大事といったところでしょうか。何故マリスタザリアを殺さないのでしょう。問題を起こす要因として考えられるのは、子供達です。あの下衆が言っていた事を鵜呑みにすれば、子供達は下衆を慕っています。レイメイさんの方が悪者として、妨害されているのでしょうか。
「私が明かりを持つのデ、もう少し奥へ行きましょウ」
「お願いね」
とにかく、マリスタザリアはすぐに殺さなければいけません。子供達が変質するほどの悪意があるのです。不完全なマリスタザリアが完全体になるかもしれません。
「魔王関係なく、変質するのかな」
”影潜”の事もあります。魔王が何かしら関与していると思うのですけど。
「順序が問題ですね。マリスタザリア化をしてから、魔王が関わったのか。魔王が関わってから、マリスタザリア化したのか、です」
「普通に考えると、魔王が関わってからだよね」
やっぱり、殴り飛ばすのが早すぎました。こんなにも疑問が出てきます。我慢が足りませんでした。
「考えるのは後にしましょウ」
「はい。そろそろですね。一度に全てを浄化します。丁度良い洞窟なので、一撃の下――全ての浄化を」
アリスさんが深呼吸をして、集中を始めます。
「支援するから、出来る事があったら言ってね?」
「それでしたら……私の手を、握って欲しいです」
「うんっ」
アリスさんの手を強く握ります。もう片方の手にある杖が、強く握られています。緊張しているのかもしれません。緊張を解せるかは分かりませんけれど、少しでもリラックス出来るように……微笑みかけましょう。
苦境な時こそ、余裕と笑みを忘れずに。子供達を救うという大義を、アリスさんと共に――。