『オルデク』実験⑪
マリスタザリアは、ヘトヴぃヒの家へと入っていったようです。早速、強制捜査を行いましょう。
「ごめんください」
ノックをしてみると、内側から鍵が開けられました。この気配は、レイメイさんです。
「どうした」
「こちらにマリスタザリアが運ばれました。強制捜査をします」
「どうしてレイメイさんが応対を?」
「まぁ、説明すっと長ぇが」
レイメイさんに説明をしてもらいます。どうやら、シーアさんと一芝居を打ったようです。
薬入りのお茶を出されたレイメイさんは、飲んだ振りをした上で眠ったように見せかけたそうです。そして、シーアさんが研究室を案内してもらうためにヘトヴぃヒを連れ出した隙に、家宅捜索をしていたと。
私達の方からも、分かっている事を伝えました。クラウちゃんの容姿等を優先して。
「まぁ、上がれよ。黒ならさっさと捕まえた方が良いだろ」
「ヘトヴぃヒはどちらへ?」
「研究室だな。こっちだったと思うが」
研究室には、培養槽と試験管が並んでいます。生物学者という話でしたけど、結構マッドみたいですね。
「風が流れてる。あそこに地下があるね」
「どうしましょう。シーアさんならば大丈夫と思いますけど」
「先にシーアさんを――っ」
何かが崩れる音と爆発音が家を揺らしました。
「何だ……?」
「レイメイさんは地下へ突入してください。私達は爆心地へ」
「あぁ」
アリスさんの指示に従い、行動を開始します。
爆発があったのは研究室の奥みたいです。部屋を四つ挟んだ先にありました。それなのにあの衝撃。心して突入しましょう。
「とりあえず私から入るね」
「……分かりました。盾と”光の槌”を用意しておきます」
相手がどうあろうとも、瞬発力では私です。魔力がなくとも初撃を弾く事くらいはしてみせます。
扉を開けると、煙と熱がまず流れ出てきました。そして仄かに臭って来る焦げ臭さには、独特な脂気が……?
「シーアさん?」
呼びかけに応える人は居ません。少し、焦ります。明かりがついていないので、暗いです。多分、酸素が一瞬で燃焼したからかもしれません。換気をしてなかった?
「――――っゲホっ」
もぞりと、何かが動きました。咳き込んだ声は、シーアさんです。
「シーアさん!?」
「リツ、カお姉さん……巫女さんも……」
酸欠の症状であるチアノーゼ。でも、酸素が足りていないのは爆発が起きたからってだけでもなさそうです。
「アリスさんはシーアさんを」
「お任せ下さい」
私は周囲の警戒を。この際、魔力消費を抑えるなんて考えは捨てます。
(この爆発はシーアさんによるもの。ヘトヴぃヒはどこに)
気配は――壁際。
「ケヒッ……ケハハッヒャハハハハッ!!」
「……っ」
刀を抜き、嗤い声の方を向きます。人の影が二つ。
「まさか、気付かれるとばッ! 影の中がらの、急襲をッ!! ケヒヒッゥイ!」
「ヘトヴぃヒ」
「その声、赤の巫女でずかァ? ヒヒヒッ隠れるのは止めたのでずがな?」
どうやら、私とアリスさんの事はバレていたようです。
「……」
「あぁありがどう。君は皆の所に行ってなざい」
「……」
「言う事が聞けないのがね?」
「っ……」
一つの影が、消えました。気配は影の中にあります。どうしましょう。あの影の大きさからして……。
(こっちに悪意は向いてなかった。今は、ヘトヴぃヒを)
影を見逃し、魔力を少量練ります。
「そちらは大丈夫でずがな」
焦げた服と、火傷をした顔や腕、荒く息を吐いているけど、掠れている。喉をやられていそうです。
「何をしたの」
シーアさんの様子が明らかにおかしい。返答次第では、命はないと思ってもらいます。
「何。ちょっどじた実験――」
「――っ!!」
一足で目の前へ、鳩尾を――抉り、打つ!!
「グ、うぇ……ッ」
「しっかり応えて」
「実験――」
「シッ!!」
「――ッ!!」
膝で、鳩尾を抉り打つ!!
「リツカお姉さん……それだと、喋れないです」
「大丈夫。喋りやすいように呼吸を整えてあげてるだけだから」
シーアさんに応えながら鳩尾に回し蹴りを、打つ。ヘトヴぃヒが横に滑るように壁へ激突しました。そろそろ喋れるでしょう。
「シーアさん。何を打たれたんですか」
「分かりません……。チクっとして、何かを入れられたのは……」
シーアさんの表情が青いです。アリスさんの治癒を受けて、良くなっているはずなんですけど……。何かを打たれたと言っていました。
「これ、かな?」
注射器です。こちらの世界では、初めて見たかもしれません。
「中には血が入ってる」
「リッカさま。見せていただけますか?」
「うん」
シーアさんの治癒を続けているアリスさんが見えるように、注射器を持ちます。
「……」
鼻につく臭いがします。何かのガス……?
「リッカさまにはしっかりと”拒絶”をかけています。ご安心を」
「うん。何かの毒……?」
「神経毒です。体を瞬間的に麻痺させます」
そんな、科学的なものが……。
「これ程の研究成果。人の為に使うことも出来たはず。この世界の医療技術が大きく飛躍したでしょう……。それを、こんなことに」
アリスさんが怒っています。この学者が真っ当であれば、救える命は多くあったはずだと。
「シーアさんに入れられたのは、マリスタザリアの血です。拒絶反応が起きているので、すぐに取り除きます。時間を下さい」
「うん。その間、私が守ってるから」
「すみません……私が、また足を……」
私が戦う事になっている状況を、シーアさんが嘆いてしまっています。昨日の今日で、また足を引っ張ってしまったと思っているのでしょう。
「シーアさんが悪いなんて、ちっとも思ってないよ。無事で良かった……昨日も、それだけが心配だったんだから」
「……ありがとう、ございます。リツカお姉さん……巫女さん……」
シーアさんには苦労をかけてばっかりです。そして今日は遂に、命の危機まで……。許しません。下衆が。
「ゆっくり深呼吸を。腕に傷をつけますので、少し痛いかもしれません」
「やってください……」
シーアさんはアリスさんが助けきってくれます。私は怨敵を相手しましょう。
「ヒヒッ! 無駄無駄……もうマリスタザリア化が始まっで……ゲホッるのではないかね?」
気を失ってもおかしくないくらいの勢いで蹴ったのですけど、力を抜きすぎましたね。それとも、ぶつかった場所が悪かったのでしょうか。何かがクッションに――。
「それ、マリスタザリアですか」
「あぁ? あぁ、そうですよ。美しいでしょう?」
「あなたと私では美的感覚に大きな齟齬がある」
「まぁ、敵を美しいとは言えませんよねぇ」
言えないのではなく、欠片も思っていないのです。
「マリスタザリア化が進んでるって、何の事」
「そちらの皇姫様ですよ」
「そんな事なりませんよ」
シーアさんの事は、皇姫と信じているようです。私達とマリスタザリアの情報だけ、一生懸命集めたのでしょう。
「直に分か――」
「治療完了しました」
アリスさんの言葉に、ヘトヴぃヒが嗤うのを止めました。
「何……」
「貴方はマリスタザリアの事を、何も分かっていない」
「ッ……!?」
自身の研究成果を真っ向から否定する私に、敵意を向けてきます。それで良いです。今は、衰弱しているシーアさんと、シーアさんを支えるアリスさんに興味を持ってもらっては困りますから。
「血を入れたからって、マリスタザリアになったりしない」
「貴女方に分かるはずがない。試した事など無いでしょう。既に成果は出ている……!」
「……他にもやったんですね。クラウちゃんは何処ですか」
「ハハハァッ……。さて、どこでしょうな」
どうせ地下でしょう。レイメイさんが連れて来るまでの虚勢でしかありません。
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