『オルデク』実験⑩
(ギリギリでしたネ)
(仕方ねぇだろ)
ヘトヴィヒがお茶を入れに行っている間に、話を聞くとしましょう。
(どうでしタ)
(ダメだ。さっきの時間じゃ短ぇ)
(そうですカ。やはり本人に案内してもらう必要がありますネ)
どういう流れで案内を受けるか、ですね。好奇心旺盛という話もしてますし、単純に見せてといえば良いのでしょうけど。興味の無いものにどこまで本気で興味を出した演技を出来るか、疑問ですね。リツカお姉さん程役者じゃありません。
(あぁ、つぅか。何だったか。皇国の姫だって?)
(何笑ってるんでス。王位継承権は無くとも立派な姫ですよ私ハ)
失礼な人です。普段はそう見えないでしょうけど、お姉ちゃんの妹として公式に紹介された時はそれなりの雰囲気で対応をしますよ。公の場での私を見せたいくらいです。
このまま蹴り倒しても誤魔化せますけど、そこそこ上品な方が相手も油断するというものです。大の大人を蹴り倒せるお姫様なんて居ないというのが、世間の印象ですからね。
(分かっていると思いますけド、知らない体で居てくださいヨ)
(あぁ、それは問題ねぇ。お前を姫と思った事なんざ――)
「ほわたっ!!」
「ィ―――ッ!!」
「おや? どうしました?」
「この人が机の縁に足をぶつけたみたいデ」
姫とまでいかなくても、女としても扱った事ないでしょうが。ぶっきら棒さんは教育しなければいけません。
「これは失礼を。お客を招いたことなど初めてなもので、机の高さを気にした事がありませんでした」
「この人が無駄に高くなってしまっただけですかラ、気にしないでくださイ」
(上品さの欠片もねぇ……)
(何か言いましたカ)
(……)
さて、一先ず……ゆっくりしますか。お茶に変な魔法がかけられてなければ良いのですけど。
思った以上に静かなお茶会ですね。ヘトヴィヒも、船での熱狂が嘘の様に静かな語り口です。
「レツァルアという名は共和国の言葉と思うのですが、差し支えなければ本名を教えていただきたく」
(隣にヘンタイさんが居るのにガッツリ聞いてきます、ね……って?)
このヘンタイさん、寝てるんですけど。ヘンタイサボリぶっきら棒なんですけど。
(お茶に魔法なんてかけられてないですし)
まさか薬? 私のには入ってなかったようですけど。というより、注意くらいしてくださいよ。味覚馬鹿すぎませんかね……!?
「お連れの方はお疲れだったご様子。少しくらいならば、起きないでしょう」
抜け抜けと。かといって、薬の存在にいち早く気付くのは用心していた証拠になってしまいます。ここは話を合わせましょう。全く……ここまでお馬鹿だったとは……って……? ふむ、なるほど。
「レリーアと言いまス」
「良き名前ですね」
確か、第三十八位の皇姫の名前です。
「レリーアさんは――っと、皇姫様ならば……」
「そのままで良いですヨ。ここではただのレツァルアですかラ」
「ありがとうございます。レリーアさんは、マリスタザリアはどう思っているのですか?」
やっとマリスタザリアの話ですね。ここから熱狂していくのでしょうか。
「こちらでは多いようですネ。船でも言いましたけド、良い印象がありませン。向こうでは月に一体、戦闘地域に出るかどうかってくらいですけド……色々と亡くした物がありますかラ」
「やはり、この国での出現が多いようですな」
「そうみたいですネ」
少しは同情を見せるかと思ったのですけど、あくまでマリスタザリアの分布が気になるみたいです。冷静に狂わずに、変人ですね。
「”巫女”が居るからと思っているのですが、どう思いますか?」
どう答えましょう。実際、巫女さんとリツカお姉さんが脅威だから魔王が差し向けているわけですし。魔王の拠点っていう事を抜きにしても多いのでしょう。何しろ魔王が居ると思われる北西は共和国が近いのに、共和国では昔と殆ど変わらないのですから。
「”巫女”が進化を促しているとすれバ、ここを目指すのも納得ですネ」
「そうでしょうとも」
少し突っついてみますか。
「そういえバ……この町の、マリスタザリアの特徴を聞いて思ったんですけド」
「はい」
「皇国や共和国、旅の中で見た物と少し違う気がするんですよネ。獣らしさを多く残しているといいますカ」
そんな事、町では聞いてませんけどね。今地下を動いているマリスタザリアがそうってだけです。
「お気付きになりましたか」
ニヤリとしたヘトヴィヒがクツクツと嗤いだしました。
「あれは進化の過程なのだと思います」
「過程ですカ」
「はい。試行錯誤の最中ではないかと思うのです」
試行錯誤と捉えましたか。
「ふム。獣の部分を強く出すカ、人としての機能を強く出すかって所ですカ。どちらがより強く人を恐怖に陥れることが出来るかを模索しているト」
「そうです! やはり貴女と出会えた事は奇跡だ!」
お目がねにかかったようです。
実際は悪意が足りていないだけなのですけどね。
「人の姿では”巫女”をとる事が出来なかったマリスタザリアは、獣に戻ってみる事にしたと思っております!」
「それヲ、どうやって証明するんでス?」
「それはやはり、捕らえてみなければ」
怪しく嗤うヘトヴィヒに、危うく悪態をつきそうになってしまいます。何より、「神の威光たるマリスタザリアを捕らえるなどおこがましいとは思います。しかし、人の進化もまた神の意向なれば、私は悪に身を落とすことも」とか悦に入っている姿を見ると、何ですか――蹴飛ばしたくなりますね。
「研究室ではどんな研究ヲ?」
「気になりますか?」
もったいぶらないで欲しいですね。そのつもりの癖に。
「私の好奇心が刺激されましタ」
これは本音です。この人がどんな研究をしているのかって話です。
「では、こちらへ」
ヘトヴィヒが案内するために扉に向かいました。
「……――ってますね」
私はヘンタイサボリぶっきら棒さんを一瞥して、それについていく事にします。
「――――分ぁっとる」
さて、研究室は先程まで居た部屋から出てすぐの所にあるみたいです。何やらツンとくるような臭いがします。
「研究室は初めてですか?」
「そうですネ。こんなに試験管や培養槽があるのは初めて見ましタ」
これは、トカゲですかね。皮を剥がされていて、おどろおどろしいです。
「動物のマリスタザリア化すら上手くいかない状況でしてね。狩人にお金を払って、マリスタザリアの肉片なんかを手に入れてくるのですが、いやはや……」
「これガ、それですカ」
「えぇ。驚きの連続ですよ。ただの岩のようですが、しっかりと細胞があるのです。しかも、手に入れてすぐのときは動いていたのですから」
結構時間が経っているのでしょうけど、まだ動き出しそうな程に生々しいです。
「そんな欠片を手に入れる時ですら、狩人が三人お亡くなりになったというのです。”巫女”や、王都に居る選任冒険者の力が良く分かりますよ」
どれ程の大枚を叩けば、命を捨ててでも任務を完遂するというのでしょうか。それとも……そうしなければいけないほど、生活が苦しいという事の表れでしょうか。
「どこからそういったお金が出ているんでス?」
「ここだけの話、ある筋と繋がりがありましてね。マリスタザリア化が実用段階になれば、真っ先に渡すという条件で支援してもらっているのですよ」
力を欲する人ですか。考えれば考えるほど、頭を過ぎります。考えるだけ無駄ですね。
「ン」
「おや、何か見つけましたかな?」
「いエ」
風の流れがおかしいですね。あちらでしょうか。ちらと視線を向けると、何も置かれていない、無駄な空間がありました。こんなにも雑多なのに、そこだけぽっかり。
(あそこですか)
地下への道は。
「そうそう。取って置きがあるんですよ」
「ふム」
「こちらへどうぞ」
通されたのは、更に奥です。地下ではないようですけど、こっちも怪しいですね。まずはこちらを見ましょう。
ある筋からの支援。マリスタザリア化を目指している。そういった話を聞いた事で、レティシアの頭からはある事がすっぽりと抜けてしまった。
目の前の男に集中するレティシアは――。