『オルデク』実験⑨
「ごめんくださイ」
「おや? 来てくれましたか!」
「この人も一緒で良いですよネ。一応これでも乙女なのデ」
「えぇ、構いませんよ! ささ! こちらへ!」
さて、結構な豪邸ですね。研究室も兼用って事でしょうか。魔法研究家としては、研究室に興味があるところですね。魔法の研究に、特別必要なものなんて無いですし。
(おい)
(何でス。余計な事喋っちゃだめですヨ)
(だったら説明しろや)
そういえば説明してませんでした。
(この町で起きている誘拐事件。その容疑者がこの人でス。私達はここで証拠を探すんですヨ)
(お前……そんな大事な事は先に言え……)
(急いでたものですからネ。何しろ現在進行形でマリスタザリアがこの町の地下を移動してまス)
(おい。赤いのが戦えねぇならそっちは俺の担当だろが)
(マリスタザリアの成り損ないの可能性が高いんですヨ)
(……じゃあ、良い)
(選り好みとは良いご身分ですネ)
リツカお姉さんくらい、マリスタザリアなら何だって倒すって気概を見せて欲しいです。我が身を省みなさすぎるのは流石にどうかと思いますけド。
「どうかしましたか?」
「いエ。こんなに広い家を見た事がなかったものですかラ」
「研究所も兼用しておりますので、見た目ほど広くありませんよ」
そこまで嫌味さを感じさせない笑みで、受け答えしてくれます。これくらい普通と思っている人の笑みです。
「研究所っテ」
「まま。まずはお茶でも飲んでゆっくり話しましょう」
「分かりましタ」
急ぐ必要はありません。もう懐に入っているのですから、もしもの時はがつっと一発、意識を奪いましょう。
「レツァルアさんは、本当は何をなさっているのですか? 旅の一座という事ですが、そうは見えないのですよ」
さて、どう応えたものでしょう。
「バレましたカ」
「流石に無理があったでしょう」
「ちょっと席を外してもらいたいのですけド」
ヘンタイさんが居ては困るといった演技をします。視線でヘンタイさんに「分かってますね?」と送ります。多分伝わるでしょう。伝わりますよね?
「おっと、もしやお仲間にも秘密だったのですかな?」
「はイ」
「そうでしたか。では、隣の部屋に」
「あぁ、後で教えろよ阿呆」
「それは私の気分次第ですネ」
伝わったみたいですね。ただ、棒読みっぽかったので冷や冷やしました。
「行きましたネ」
さて、そのままの身分を言うのはよろしくないですね。確か、情報部から聞いた物の中で代用できそうな方が居たはずです。
「教えていただけますかな?」
「はイ。ヘトヴィヒさんは皇国の事を何処まで知ってますカ」
「皇国というと、東のオステ皇国ですかな?」
「はイ」
「確か、女皇による独裁制でしたな。皇家は閉ざされていて、国内でも知る者は少ないと」
「そうですネ。そしてその皇家は、一つの皇家としてずっと続いているのでス」
虚実織り交ぜる事こそ、人を騙す鉄則です。そして今は本当の話。
皇国では皇家と呼ばれる一つの家族があります。それは横に広いのです。最初は一組の皇と女皇が結ばれたそうですけど、その後は子供達がどんどんと家族を形成していって、広がっていきました。
でも、全ては一組の祖先からなる家族。つまり、全ての皇家の血筋に、皇位継承権があるのです。今の段階で、継承権を持っている者は七十八名と聞いています。これは全ての兄弟にあるからなので、確か三十九家族でしたか。
七十八名の皇位継承権を持った男女が、覇を競い合うのです。そして最も優秀だった者が皇となります。次は皇様かもしれませんし、また女皇かもしれない。そんな、強国なんですよ。
「少し前ニ、皇国からこの国に密入国した皇姫が居ましてネ」
「ふむ」
「その者は共和国に匿われたんでス」
「もしや」
「実ハ、私だったりしまス」
「何と……」
まァ、肌の色は違いますし。王家の妹って事で、当たらずも遠からずって奴ですし。ちなみに、密入国の皇姫が居るのは本当です。情報部が掴んでいて、今探しているそうです。多分、王国にも通達があったはず。国内で皇姫が死亡したなんて話になったら、国際問題ですからね。私にも連絡が来てました。
(旅には関係ないので、頭の隅に置いてただけですけどね。こんな所で役立つとは)
「国に帰るのが嫌だったのデ、共和国の人間として匿ってもらっていたんでス。しかし私は好奇心の塊のような存在でしテ。王国にも興味が出た時ニ、今の仲間についていく形で旅を始めたのでス」
「成程……皇家の……通りで、気品すら感じられて……」
「そんな訳デ、今は身分を隠して旅をしてまス。気の合う学者さんって事で話したんですかラ、言い触らすのは無しですヨ?」
「えぇ、もちろんですとも。そんな大事な事を教えていただき、ありがとうございます」
信用してもらえたようですね。八割方本当の事なのです。信じてもらわないと困りますけどね。
「皇姫とは……ふむ。やはり私はついている……。――として完璧……」
「お茶の続きをしましょウ」
何かをブツブツ言ってますね。気持ち悪いです。さっさとお茶しましょう。
「おぉ、そうですな。ではお連れの方を」
「はイ。戻ってもらいましょう」
ちゃんと戻ってきてくださいよ。ヘンタイさん。
シーアさんからの”伝言”からは、色々と話が聞こえてきます。閉ざされた国という皇国のお姫様を装うとは。
「強かですね」
「私も多分、騙されちゃうかな」
料理なんかの話は聞きましたけど、皇国についてはアリスさんも余り知らないようでした。閉ざされた国というのは伊達ではないようです。シーアさんが知っているのは、情報部経由でしょうか。
「虚実織り交ぜていますけれど、重要な部分が本当なので完璧に騙せているようです」
「偽名の時も思ったけど、シーアさんって結構そういう訓練してたり?」
「してそうですね。立場上身分を隠したりする事も多かったでしょうし、相手を騙す必要もあったでしょうから」
私より、ずっと諜報向きです。私はどうしても、無駄な正義感が先行してしまいますし……。嘘をつこうとすると、途中で頭がこんがらがってしまいます。
「役割は、これで正解だったね」
「はい。シーアさんは大丈夫みたいです。後は、対象がシーアさんに手を出さないかだけ注意しましょう」
「うん」
滅多な事では、シーアさんが遅れを取ることはないです。ですけど、何が起こるか分からないのが世の常ですから、私達が注意すべきでしょう。
「ドリスさんへの注意喚起も終わったし、追跡を始めようか」
「はい。今は、どの辺りに居ますか?」
「んー、こっちかな」
ヘトヴぃヒの家から見て南南東、約千五百メートルといった所でしょうか。
「蛇行しながらだけど、北を目指してる」
「一人で行っているわけではないでしょうし、誰か協力者が居るのでしょうか」
「悪意は一つで、気配は四つかな」
少し深い所為か、完璧とはいえない感知です。ただ、複数人で動いているのは間違いないですね。
「このままいけば、やはり」
「うん。終着点はあそこだね」
間違いなくヘトヴぃヒの家です。
「シーアさんを尋ねる振りをして、家に入ろうか」
「マリスタザリアが向かっているという事で、強制捜査を行いましょう」
「うん。マリスタザリアがそこに着いたら、もう言い逃れ出来ないだろうから」
”巫女”と告げるのも、その時にしましょう。マリスタザリアを利用しての生体実験。これ以外に、考えられません。そうなると……クラウちゃんの安否が心配でなりません。
「ここだね。均等な速度じゃなくて、休み休み動いてる感じ。多分、曳いてるのかな」
「成り損ないとはいえ、マリスタザリアです。かなりの重量となっていると思います」
「三人くらいで曳いてるはずだけど、ゆっくりだね。大型の動物だったのかな?」
「熊や猪でしょうか。ヤギやドルラームしか居ないという話でしたけど、食べ物を求めて人の気配があるところに向かったのかもしれません」
熊になると、マリスタザリアでなくても危険です。この世界の人は皆が魔法という武器を持っているので、危険度は低いです。しかし少しでも変質していれば、冒険者のように戦いなれた者でないと対処出来ないくらいには……危険度が跳ね上がります。
「この速度だと、ヘトヴぃヒの家に着くのは……一時間はかかるね」
「シーアさんには時間稼ぎをしてもらう必要がありますね。聞こえてくる話の内容から考えると、心配はなさそうですけど」
ヘトヴぃヒがずっと話し続けています。あちらにも注意しつつ、このまま追跡を続行しましょう。
「シーアさん。大変そうだね……」
「興味の無い話を延々と聞かされるのは、苦痛です」
「魔法談義してる時とは比べ物にならないほどに、相槌が適当……」
「シーアさんは我慢強いので大丈夫でしょうけど……レイメイさんは寝そうですね」
「そっちの方が、心配かも」
急いで駆けつけたいと思うのですけど、地面の方は相変わらず休み休みです。終着点はヘトヴぃヒの所と確信していますけど、もしもを考えて先行出来ません。
シーアさん達には、もう少し……我慢してもらわないといけないようです。