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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
43日目、手遅れなのです
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『オルデク』実験⑧



「どういった事件だったか教えてくれませんか?」

「そうですね。恐怖を増長させるような咆哮に乗じて、子供を誘拐したという話ですね」


 アリスさんの質問に、当たり障りの無い受け答えをします。話したがりのこの人にしては、口数が少なく感じます。


「誘拐された子は、何か特徴があったそうなのですけど……。確か、胸に大きな傷? があったそうなのです」

「胸ですか?」


 ヘトヴぃヒという学者が考え込むような素振を見せます。


「申し訳ない。そこまでは知りません」

「そうですか」


 アリスさんが目を伏せ、話を切り上げます。どうやら、この人に何かあるようです。


「レツァルアさん。どうですかな? この後ご一緒にお茶でも」

「いエ。アルマお姉さん達とは久しぶりに会うのデ」

「それは、失礼を。暇が出来ましたらどうぞ、我が家へお越し下さい。オルデクの最北端に研究所がございますので」

「はイ」


 シーアさんの事が、余程気に入っているようです。しつこいくらいの勧誘をしています。


 ヘトヴぃヒが、離れていきます。怪しさが増しましたね。というより、黒。




 完全に見えなくなったところで、アリスさんに尋ねます。


「もしかして?」

「傷の位置に疑問を持っていました。もし知らないのであれば、傷の有無に反応するはずです」

「確かにおかしいとは思いましたけド、証拠としては少し弱いですネ」


 まだ疑惑が強まったってくらいです。でも、気になりますね。


「犯人に繋がる物が何もないんだから、とりあえず調べてみるのも良いと思うよ。それに」


 ヘトヴぃヒが擦っていた柱を見ます。


「おかしいのは、それだけじゃないっぽいしね」


 ついていたのは、何かが引っかいたような跡です。大人の肩くらいの位置に、細い引っかき疵。


「爪の痕だけど、私よりも細い指でつけられてるか子供の物だね。でも、こんな高さにつけられない」

「誰かに担がれてたって事ですネ」

「ヘトヴぃヒの、ちょうど肩の高さだったから」


 こんなの、完全に決め付けてます。でも。


「わざわざここまで来て、変な事していったんだから」


 疑われても、仕方ないでしょう。


「あのー、そろそろ大丈夫ですか……?」

「はい。席をはずしてもらって、ありがとうございます」

「いえ……。ヘトヴィヒさんと、何かあったんですか?」

「まァ、色々ト」

「あの人は、この町ではどういった立ち位置なのですか?」


 エーフぃさんも知っているみたいですけど。


「生物学者って話ですよね……。余り町に下りて来ませんし、不気味って事くらいでしょうか……」


 どういった事をしてるかとかも知らないようです。クラウちゃんの容態が気になります。速めに行動しましょう。


「……?」


 足元に、何か……。


「エーフィさん。この町に地下はありますか?」

「避難所が一つあります」

「案内してもらえますか?」

「はい、こちらです」


 私の違和感を確かめるために、アリスさんが地下の有無を確認してくれました。

 

「どうしたんでス?」

「足元に、居る」

「”影潜”ですカ?」

「んーん、これは単純に……地面の下に」


 蠢いてる? じわりじわりと移動してるようです。




 地下にある避難所には、移動出来るような場所はありません。ここ以外にはないそうですし、別の所に繋がっているのでしょう。


「結構離れてるけど、今でも移動してるっぽい」

「方向はどちらでしょう」

「向こうかな」


 北に進んでいます。真っ直ぐ、じわじわと。


「”土流”で繋げる事も出来ますけド」

「地盤が脆くなってそうだから、変に揺らさないほうが良いかも」


 地下に降りた事で分かった事があります。どうやら、通路があるようです。それも、かなり広い。まるで蟻の巣を横に広げたような。


「地下通路があるなんて、聞いてますか?」

「いえ……」


 段々と確信に近づいている感覚です。


「いよいよ、あの人が怪しいかな」

「マリスタザリアって捕まえられるんでス?」

「んー……」


 非常に難しいとは思います。


「出来ない事は、ないのかな」

「完全になりきれなかった個体が居ました。それを捕らえる事は可能だと思います」


 いつだったか、完全にマリスタザリアになりきれなかった個体が出ていた頃がありました。悪意が足りず、中途半端な変化をしていたのです。もし、その個体がここに居たとしたら……。


「何とかして、あの人の家を調べたい」

「でハ、私とヘンタイさんでお呼ばれしましょウ」


 シーアさんは招待されてましたね。あんな怪しい人の所にお呼ばれするのはどうかと思いますけど……。


「お二人は地下の物体を辿ってくださイ。その間私達ガ、学者宅を調べまス」

「でも、ね……」

「もし地下のマリスタザリアが本物になってしまったラ、地上に出てくるかもしれませン。その時倒せる人間が傍に居るべきかト」


 今日の私は戦闘を禁じられているのですけど……。アリスさんに視線を向けると、渋々頷いてくれました。その時は、戦って良いみたいです。


「どうやらあの人は私を気に入っている様子。そしてお二人には警戒心を持ってしまっていまス」


 先程会った時、明らかに警戒しているようでした。”巫女”と疑った上で、私達の質問の意図に気付いたのかもしれません。


 シーアさんに関しては、頭の良い子供といった認識なのでしょうか。まだ裏がありそうなのですけど……。


「いくら子供とはいエ、女一人で男の家に行くのは危険というものでス。ヘンタイさんを連れて行く事には納得してもらいまス」

「いつでも”伝言”が出来るようにだけはしておいて下さい」

「もちろんでス。というよリ、繋げたままにしておいて良いですカ」

「分かりました。私がかけましょう。シーアさんは迎撃の準備を優先させてください」

「ありがとうございまス」


 マリスタザリアの相手ではないのです。シーアさんが遅れを取るはずがありませんし、私は自分の方に集中しましょう。本調子とはいえない体です。もし、魔王産のマリスタザリアが出れば苦戦するかもしれないのです。


「えーと……?」

「エーフぃさんは、自宅の方へ。少し危ないかもしれませんから」

「は、はい」


 人が捕まえられる程度のマリスタザリアならば、そんなに危険はないと思います。ちょっと狂暴なグリズリーの方が危険でしょう。


「リッカさま。変質不足のマリスタザリアならば、私の浄化だけで何とかなるかもしれません」

「そうだね。アリスさんの”光”と”拒絶”、すごく成長してるから」


 悪意を剥離した時点で、マリスタザリアに戻りきれずに分離するかもしれません。


「まずは私に、任せて下さい」

「ぅん」


 体が勝手に動いてしまいそうですけど、頑張って止めます。アリスさんに対する信頼は揺るぎません。本当は、私から頼る場面なのでしょうけど……戦う事が、私の存在理由だと思っています。ここに呼ばれた理由。私は一時も忘れていません。あの丘での誓いを、私は最期まで――。


「でハ、ヘンタイさんを呼び戻しますかネ」


 シーアさんが行動を開始します。私達も、追いかけるとしましょう。


「ヘンタイ……? だ、大丈夫なんですか?」

「あーえっと……一応、大丈夫です、よ?」


 エーフぃさんが、ヘンタイという言葉に不安を抱いてしまっています。


「お、男の人って皆ヘンタイですもんね!」

「気をつけてますから、ご安心を」


 気を使ってくれたエーフぃさんに、アリスさんが安心するように伝えています。実際に気をつけてますから、大丈夫です。お風呂の時は甲板に追い出すか部屋に閉じ込めてますし。


 それにしても、男性をお客として商売している町でも、男は皆狼だと言っているのですね。という事はやっぱり、お母さんの言う事は正しかったのです。これからも気をつけましょう。


「ヘンタイさんが少し不憫になりましタ」

「シーアさんが呼び方を変えてあげないからですよ……?」

「本当の所ハ?」

「それくらいの心持で居てくれた方が安心出来ます」

「その点だけハ、旅に出てから実感出来ましタ」


 そろそろ地上に出ましょう。それとなく、ドリスさんに伝えておいた方が良いかもしれませんね。避難行動を迅速に取るには、分かっている人が一人居た方が圧倒的にスムーズです。




ブクマありがとうございます!

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