『オルデク』実験⑦
「扉が開いてたって話ですけど、エーフぃさんが咆哮を聞いて出て行った時は閉めたんですよね」
「はい……」
これもまた、他の神隠しとは違いますね。
(人の犯行って感じがするね)
(魔王の犯行と思われる、他の所とは違う気がします)
証拠を残してる辺り、素人……。
「見つけられなかった後ハ、どうしたんでス?」
「近場の駐屯所に連絡して……すぐに捜索隊を組んでもらったんですけど……見つからなかったんです……」
「初動は完璧ですネ。それでも見つからなかったとなるト、それなりに計画していた事なのではないでしょうカ」
「そう、だね。クラウちゃん個人を狙った訳じゃなくて、預かり所に居た子を誘拐するっていうのだけは決めてた?」
「そんな感じに思えまス」
クラウちゃんがその日預けられるかは、カミラさん次第となっています。不定期な預かり所利用なのですから、計画するにしても難しい。クラウちゃん個人を狙うならば、別の所で実行した方が良いと思います。
預かり所自体は常に誰かが利用しています。子供なら誰でも良いという計画に感じるのです。それに、獣の声でエーフぃさんが離れるとは決まっていません。その辺りの甘さが、違和感ですね。
「カミラさんは、私は悪くないって言ってくれたけど……私がちゃんとしてれば……。カミラさんに申し訳なくて……私……」
「責任を感じテ、仕事を辞めてしまったのですネ」
「はい……」
エーフぃさんが悪いとは、絶対に思いません。エーフぃさんはむしろ、獣の咆哮を聞いて即座に避難経路の確認をしています。子供達を守るために、最適な行動を取っています。責められるべきは、誘拐犯。
「クラウちゃんの特徴とか教えてもらえませんか? 写真とかあれば、それが一番なのですけど」
「そうですね……。カミラさんと一緒で、少し薄い黄色の髪で……目は薄花色で、笑うとえくぼが可愛くて……」
エーフぃさんが涙を流してしまいます。預かっていた子の中でも、思い入れの強い子だったのかもしれません。
「クラウちゃん……お腹に大きな傷があって……その所為で体が弱いんです……今頃、苦しんでないかしら……薬もってないのに……」
「お腹に、傷ですか」
「何でも、ヤギに頭突きをされた時に出来たと……。その事が劣等感になってて、暑い日でも厚着で……カミラさんと私達くらいしか、知らないんです……。だから、”転写”されるのもあまり好きじゃないので……」
写真はないようです。しかし、お腹に大きな傷というのは特徴の一つでしょう。見つけられれば確かめる事は可能です。
「そういえば、その日はクラウちゃんだけだったんですか?」
「はい……あの日は、クラウちゃんだけでした」
「そういった日は月にどれくらいなんでス?」
「そうですね……。皆さん不定休ですから……月に一回あったり、なかったり……」
子供が一人の日を狙うのは、難しいですね。マリスタザリアの咆哮を利用って時点で、かなり無理がある計画なのですから……。
「個人ではなく、本当は子供達全員が狙いだったのではないでしょうか」
「なるほど。一人の日を狙った訳じゃなくて、偶々一人だった?」
「はい」
そう考えると、少しだけ条件が緩くなります。
「獣の咆哮をどうやって流したかが鍵かな」
「事ここに至って、偶然ではないはずです。録音された物でしょうか」
「特級ならば本物に近しい物を用意出来ますネ」
録音された、もしくは本物のマリスタザリアの咆哮でエーフぃさんを外に誘き出す。それが成功した後、預かり所の子供達全員を誘拐。方法と狙いは、これで間違いないと思います。
クラウちゃんだけだったので、個人狙いとして調べていたかもしれません。これからは無差別誘拐として調べる必要があるという事ですね。前提が間違っていれば、捜査は進みません。早速、この考えで動いてみましょう。
「他の神隠し事件とは別件かな」
「私もそう思います。無差別での子供誘拐となると、クラウちゃんの安否が気になります。急ぎましょう」
別件となると、魔力や魂が目当てではないです。同じなのは、身代金要求がない事だけ。そうなると、命の危機すら……。
「どういった捜査がされていたんですか?」
「クラウちゃんを狙ったんだと思っていたので……カミラさんに対しての怨恨とか、クラウちゃんにちょっかいをかけていた人とかを……」
やはり、身近な人を中心に調べていたようです。無差別であったのなら、もう身近では済みません。もしかしたら、観光客の中に居るかもしれないのですから。
「とりあえズ、預かり所に行ってみますカ」
「うん」
「エーフィさん、預かり所は何処にありますか?」
「あ、案内します……!」
まずは現場から、ですね。
既に子供達は家に帰った後なのか、預かり所には大人しか居ません。
「エーフィ? 良かった、戻ってきてくれたの?」
「い、いえ……今日は、誘拐事件の調査協力に……」
辞めたと言っていましたけど、預かり所の人は納得してないみたいです。多分、いつでも戻れるように籍は置いているはずです。
「調査? えっと、その子達が?」
「選任冒険者で、巫女様です!」
「あ、え、嘘!?」
ペコリと頭を下げ、事情を説明します。神隠しではなく、人による誘拐。それも、クラウちゃん個人ではなく子供なら誰でも良かった可能性がある事を。
「それが本当なら、大変……すぐに町に周知しなきゃ……」
「よろしくお願いします」
「少し、皆で話してくるわ」
「その間、調べていても良いですカ?」
「えぇ。エーフィ、案内よろしくね」
「はい……!」
誰も居ない預かり所で、調査開始です。
「時間も結構経ってるし、どこまで調べられるかな」
「足跡も、残ってないですね」
「魔法を使った痕跡も残ってないでス」
他の神隠しのように、魔法による消失だったら何も残っていないのも仕方ないのですけど……ここは別件なのです。きっと痕跡は残ってました。もっと早く来ていれば……。
「再犯があるかどうかですネ」
囮捜査といえば聞こえは良いですけど、ただの囮です。子供達にとっては恐怖でしかありません。迅速な解決が望まれていますけれど、打つ手がないのです。
「おやおや? お嬢さんではありませんか」
この声は、何か聞き覚えがありますね。会いたくなかった声です。
「……奇遇ですネ。学者さン」
「そういえば自己紹介がまだでしたねぇ」
断りたいと言わんばかりに、シーアさんが無表情となりました。
「ヘトヴィヒ・ベアリトです。以後お見知りおきを」
「……レツァルア・クラフトでス」
咄嗟に出たとは思えない偽名で、シーアさんが応えました。
(私達も、偽名の方が良いのかな)
(”巫女”を知っているようでしたので、考えておいた方が良いかと)
”巫女”を隠さないという、北に入る前に決意した事は……メルクとトぅリアで簡単に崩れてしまいました。何とか元の軌道に戻りたいのですけど……この人に関しては、少しばかり怪しさが先行しすぎています。
マリスタザリアへの崇敬。”巫女”とは相容れません。私達の所為でマリスタザリアが強くなったというのは、否定出来ません。私達に対抗して、魔王により進化を促された可能性は十二分にあるのですから。でも、それを感謝するかのような物言いは、受け入れられません。
「そちらの方達は」
「この町で合流する事になってたんでス。名前はアルマとリーツアでス」
私達が本当に偽名を使うか迷っている間に、シーアさんが偽名で紹介をしてくれます。
「アルマです」
「リーツア、です」
アリスさんはアルマ、私はリーツアという事になりました。多分私の名前は、リーツぃアが正しい発音なのでしょうけど、シーアさんが私に配慮してくれたみたいです。
「? えっと」
エーフぃさんが頭に疑問符をつけています。エーフぃさんには本名を言ってますから、急に違う名前で自己紹介しだした事に困惑しているようです。
人差し指を口の前で立て、首を横に振ります。後で説明するので、少し待っていて欲しいと。
「は、はい……」
こくこくと頷くエーフぃさんの顔が、少し赤いような?
「……コホンっ」
「ハッ! わ、私少し、奥見てます!」
アリスさんの咳払いに、エーフぃさんが奥へと下がりました。ちょっとしたいざこざが起きていると察してくれたようです。
「どこかで見たような」
流石に顔も覚えてましたかね。
「まぁ、その方達は偽名を使うような人達ではありませんし、人違いでしょう」
この人、分かってて言ってるんじゃないですかね。顔が引き攣りそうになりますけど、表情を隠すのは得意です。
「ヘトヴィヒさんはどうしてここニ?」
「実はここで神隠し事件があったのですよ」
「そうみたいですネ。私達も何か力になれないかト、ここに来たんでス」
「そうでしたか。しかし、もう何もないようですね」
柱をごしごしと撫でながら、学者の男性が話しています。その表情は、笑みを隠すような? 元々にやけた顔ですけど……ふむ。
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