二人で歩く世界②
初めて見る森以外の自然を、誰が見ても高揚していると分かるほどの足取りでアリスさんが進んでいます。私も、自分が居た町では一生味わえない大自然に興奮を覚えていました。
でも、何よりも――今にもスキップしてしまいそうなくらい楽しそうなアリスさんを見ているほうが、心が温まるのでした。
「アリスさん。この花はなぁに?」
綺麗な青色をした、見たことのない花が咲いていました。
「それは、アルスクゥラの花ですよ。リッカさま。この国のどこでも咲いていて。薫り高いことで有名ですね。その香りは上品な甘さを感じさせる。と評されています。と図鑑に書いてありました」
私も見るのは初めてです……。と顔が綻んでいます。
「”神林”には、咲いてなかったもんね。一緒に試してみよ?」
そう言って膝をつき、花の香りに集中しました。
アリスさんも一緒にやっていますけれど、その動作にすら上品さを漂わせながら香りを楽しんでいます。
「ほんとに、綺麗な香り。こんな素敵な花がいっぱい咲いてるんだ」
花を傷つけないように、丁寧に触ります。
「果物みたいに甘い花びらをもつ花もあるらしいですよ」
「見つけても、食べることはできなさそう。摘まないといけないってことだし」
他愛のない話を笑顔でしながら、王国への道を進んでいきます。
自然に目を向けながら歩いていると、日が少し傾いてきました。もう? と、思わず目を丸くさせてしまいます。それだけ、アリスさんと歩くのが楽しかったのだと思います。
夜が近づいてきています。マリスタザリアに時間は関係ないみたいですけど、夜の危険は異形の者たち以外もあるのです。
ここで、二択が現れます。今日はもう、この当たりで野宿をするか。もう少し、進めるだけ進むか。です。
「アリスさん、どうしよう。もうちょっと進む?」
アリスさんも鍛錬はしていたのでしょう。息を切らせることなく、しっかりとした足取りで歩いています。
「お母様に、聞いておきました。もう少ししたら、また川が出てきます。そこに向かいましょう」
アリスさんにはお世話になりっぱなしです。せめて見張りは私ががんばりましょう。
「はーい。水場が近いの、いいね。お風呂は無理でも体を拭くくらいはできそう」
年頃の乙女としては、最低限ですが……これくらいはしたいですね。
「お風呂、入れますよ」
「え」
思わずきょとんとして、どうやって? と聞いてしまいます。
「ついてからのお楽しみですっ」
「えー、いじわる……」
アリスさんが悪戯っこのように笑い、私はわざとらしく頬を膨らませます。ちょっとくらい、反撃しておかねば。
「最高のお風呂を用意しますから。許してくださいね?」
アリスさんがおどけるように笑いました。すっごく楽しみです。
小川のせせらぎが聞こえてきました。ほんの少し目をこらすと、結構な広さの川辺が姿を現しました。注意深くみれば、火を起こした後があります。旅人は皆、ここで休むみたいですね。
私たちは、布のテントのようなものと、同じく布の寝袋。を準備して、簡単な夕飯をすませます。
アリスさんの”火”の魔法でチーズをとかし、それをパンに塗り。干し肉と共に食べます。
火の、魔法。お風呂の謎、分かったかもしれませんね……。アリスさんのドッキリのために黙っておきましょう。
「さて、お風呂の準備をしましょう」
石を重ね土手を作り、初めから想定していたのか、用意していた布をそこに敷きます。
布に拒絶の魔法を応用したものをかけ、水を弾くようにします。そこに水をいれ、水の中心で爆発させるように火を燃やせば。
「さぁ、リッカさま。できました!」
アリスさんの貴重なドヤ顔です。目に焼き付けましょう。
それにしても、本当に便利。そして予想以上にしっかりと作られたお風呂。
ドラマとかで見た、ドラム缶風呂を想像していました。でも……これはどう見ても露天風呂です。アリスさんは私が予想していたよりも、遥かに上のドッキリを仕掛けていたようです。
「すごい……こんなところで露天風呂ができるなんて……」
分かっていたから、驚きも演技になるのかな、とか失礼にも思ってしまっていました。私本気で驚いています。
「露天風呂? ですか?」
「外に作られたお風呂のことだよ」
露天風呂って言葉は、私の世界だけでの言葉のようです。周囲を伺いながら、アリスさんに説明します。
「リッカさまの世界は、風情があるのですね」
アリスさんが微笑みます。きっと私の世界ではもう、こんなにも趣のある露天風呂は、味わえないと思います。だからこそ、こんなにも素敵なサプライズが嬉しいです!
「では、入りましょう」
アリスさんが入る準備を始めます。一緒には、危ないんじゃないでしょうか。見張りは必要だと思います。私はともかく、アリスさんは絶対に守らないといけません。男の接近なんて絶対許しませんし。男は狼です。
アリスさんへの視線は全てチェックしますし、性的な目を向ければ攻撃の意志を示すのもやぶさかではありません。
あの集落ではアリスさんへそんな目を向ける人はいませんでしたが、これからは分かりません。
私は慣れてますし、対応もできますが、アリスさんはこれからそれらに晒されるのです。私よりもアリスさんです。このくらいでなければ、男から守りきれないでしょう。
「アリスさん、先に入って? 私見張りするから」
アリスさんの体を他人に見られるわけにはいきません。
「いえ、リッカさまがお先に」
アリスさんならそう言うと思ってましたが、私は引く気はありません。
「アリスさんが作ってくれたものだから」
「それですと、このお風呂はリッカさまの為に作ったものですから――」
私は警戒をさらに強め、言外に私が先に見張りであることを主張します。お互い譲るつもりはないようですけど、私は頑ななのです。
「はぁ……リッカさまは変なところで頑固です。わかりました、それではお願いしますね?」
アリスさんが困ったように、でも不快感を滲ませていない笑顔で了承してくれました。
そして、服を脱ぎはじめました。
集落では生活音があったからでしょうか。ここには何もないので、衣擦れの音が激しくなります。
私はわけもわからず、ドキドキしてしまいます。
「リッカさま……」
「……どうしたの? アリスさん」
緩みきった、アリスさんの声が聞こえてきます。声に動揺が乗らないように返事に気をつけました。
「無事で、よかったです」
「――!」
私は思わずアリスさんの方を向いてしまいます。
「リッカさまなら、無事に倒しきれるだろうと。思っておりました。でも、心の片隅では……心配、しておりました」
今日の昼間の戦闘のことでしょう。危なげなく倒せたと思っていますけれど、アリスさんは不安になってしまったようです。
「アリスさん、私は。まだまだ未熟なんだ」
アリスさんと目が合います。
「だから……色々と教えて? アリスさんが安心して、私の戦いを見れるように、私が強くなれるように」
私はまだ、強くなれるのです。知らないことのほうが多いのですから。
「まだ、始まったばかりで心配ばかりかけちゃうけど」
私は、アリスさんを悲しませたくありません。
「ちゃんと、成長するよ。私」
力強く私は宣言するのです。
「私は、こう見えて厳しいですよ?」
アリスさんが綻んだ顔で言います。
「望むところだよ。私が頑張りすぎて、アリスさんのほうがバテちゃうかもね?」
私はおどけてみせます。
夜の星空の元。二人の笑い声だけが響いていました。
……思わず、振り向いてしまいました。アリスさんの全部見てしまいました。お風呂に一緒に入ったことはありますが。
こういう状況……私だけが服をきていて、アリスさんだけ裸という状況が、私の心臓を激しく打ち鳴らすのでした。ヘンタイさんみたいですね、私……はぁ……。
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