『オルデク』実験⑥
「”巫女”アルレスィアです」
「同じく、リツカです」
「ただのレティシアでス」
「私はドリスよ」
名刺を渡しながら、ドリスさんが自己紹介をしてくれます。どうやらこの名刺は、割引券にもなっているみたいです。
「身分を明かしてくれたお礼? って事で。お店にきたらサービスしてあげるわ」
「行くかは分かりませんけど……ありがとうございます」
「女の子も結構来るわよ? 家事とか、だらしない旦那の愚痴とかね」
冗談っぽく笑うドリスさん。女性だからこそ聞いて上げられる事もあるんですかね。愚痴を零す場所にもなるというのは、勉強になりました。
「王都からのお客さんが、巫女様はお店のお手伝いとかもしてたって聞いたんだけど、うちで少し働かない?」
「申し訳ございません……。今はそれ、出来ないのです」
「そっか……残念。カミラの神隠し解決の方が優先だもんね」
解ってもらえて良かったです。まさか、ここまで噂になっていようとは。お手伝いとはいえ、ロミーさんと宿の所くらいでしか、働いていないのですけど……。
「巫女様が神隠し解決に動いてるって事は、神隠しじゃないのよね……?」
「はい。それは、保障します。その代わり、人による犯罪となります。ですから、安心は出来ません……」
「そう、よね……。私からも、お願いするわ。どうか、クラウちゃんを見つけてあげて?」
「はい。全力を尽くします」
被害者の女の子は、クラウちゃんというそうです。
「この写真の中に、居たりしませんか?」
岩山で発見された子達の写真を見せます。
「どれどれ? それにしても、巫女様ってもっと話しかけ辛いって思ってたわ」
「普通の人と変わりませんヨ」
「そうみたいね?」
シーアさんの言葉に、ドリスさんはクスリと笑いました。王都周辺の人との違いは、ここのようです。同じ人と言っても、王都の近くではどうしても”巫女”でした。ここでは、同じ人という言葉を素直に受け取ってくれます。正直、嬉しいです。
「えっと……居ないわね。この子達は?」
「ゾルゲとブフォルムの間にある岩山に、この子達が隠されていました」
「この子達も被害者って事かしら」
「はい」
「そう……クラウちゃんは居ないわね……」
連れ去られた時期を考えると、クラウちゃんが居てもおかしくないのですけど……。連れ去られた方法の差が、ここでも出てくるのでしょうか。
「身代金とかじゃ、ないのよね?」
「はい。その……これはまだ確定というわけではないのですけど」
「どうやら子供達は、魔力と魂を抜かれているようなのです」
「魂……」
魂と言われても、ピンと来ないかもしれません。どういえば良いのでしょう。
「人を人たらしめている要素、と思ってください」
「これを抜かれるという事は、自我の消失……つまり、意識があるのに反応を見せないといった変化が見られます」
「死んではないのね?」
「はい。魂さえ戻せれば、意識は戻るでしょう」
「そう……」
栄養さえ与えていれば、死ぬ事はありません。医者の方が頑張って延命治療を続けています。
「カミラには、言わないであげて?」
「分かりました」
まだ見つかっていないクラウちゃんが、そんな目にあっていると告げられるのは……酷です。説明する義務があるとはいえ、黙っておく事も……優しさでしょう。
「今のカミラに話を聞くのは難しいでしょうから、私が答えられたら良いんだけど……」
「それでしたら、誘拐の時に預かっていたという方にお会い出来ませんか?」
「エーフィの事も知ってたのね」
「はい」
共和国の元元老院であるコランタンさんから聞いています。多分、町で話題になっていたであろう神隠しの事を、小耳に挟んだのだと思います。
「あの子も、目の前でクラウちゃんを連れ去られちゃって……責任を感じて、預かり所の仕事まで辞めちゃったの」
「町から出たりは……」
「それはしてないから安心して頂戴? カミラよりは、話せると思うわ。それに……解決してくれるのなら、何でも答えてくれるはずよ」
カミラさんに聞くのは無理そうという事で、エーフぃさんの方に案内してもらいます。
預かり所に勤めていたエーフぃさんの目の前で、クラウちゃんは誘拐されました。状況としては、獣の咆哮が聞こえて、外に出た隙に連れて行かれたとの事です。それを本人の口から詳しく聞きたいと思います。
「ここよ」
「ありがとうございます」
「最後まで付き合いたいけど、私もそろそろお店に戻らないと」
「いえ、ここまで連れて来て貰えただけでも助かりました」
ドリスさんが居たから、勧誘やら何やらにあいませんでしたから。
「ありがとうございました。後ほど、レイメイさんを連れて行きます」
「あははっ。忙しいでしょうし、本当に暇があったらで良いわよ?」
離れていくドリスさんに頭を下げます。良き出会いでした。神さまに感謝ですね。
「久しぶりニ、ゆったりと交流出来た気がしまス」
「ドリスさんが親切な方で良かったです」
「そうだねぇ。ドリスさんもクラウちゃんの事を心配してたし、解決に向けて頑張ろう」
「はいっ」
早速、エーフぃさんに会いましょう。
「ごめんください。神隠し事件の調査に参りました。お話を――」
ノックして、用件を告げました。すると、中からがたがたと聞こえ、走り寄る音がけたたましく鳴り響きました。
「調査!? やっと来てくれ、た……の?」
私達を目視し、エーフぃさんは固まってしまいました。
「……はぁ……そう、よね。こんな所まで、王国兵とか、来ないもんね……」
露骨にガッカリとしたエーフぃさんが戻っていきます。流石に、女の子三人が調査員ですってやってきても、受け入れ難いですよね。
「あのー、こんな見た目でも、選任冒険者なんです」
「話だけでも聞かせてくれませんか」
「もっと言えばお二人は”巫女”でス」
このままでは埒が明かないので、早々に身分を明かします。神隠しと思っている人に”巫女”と伝えるのは少し躊躇しましたけど、ドリスさんの親切心を無碍にするわけにはいきません。誠実に対応します。
「み、巫女……」
「神隠しと呼ばれている事件は、人による誘拐事件です。神隠しではないので、解決する事が出来ます」
「どうか、話を聞かせてください」
先んじて、神さまの所為ではないと言っておきます。
「わ、分かりました……。この際神頼みでも何でも……クラウちゃんを、助けてくださいッ!」
エーフぃさんの家に招き入れてもらい、話を聞かせてもらえることになりました。聞くのは、事件発生時の状況と、その後から今日に至るまでの変化ですかね。
「獣の咆哮が聞こえて、その隙にクラウちゃんが居なくなったとお聞きしたのですけど」
「はい……その通りです……」
「その時、どんな状況だったんですか?」
「預かり所の中で、クラウちゃんの帰宅準備をしていたんです。そしたら、獣? 何か、すごく怖い叫び声がしまして……」
夜の仕事なので、夜ご飯と就寝をお世話するのが預かり所みたいです。頻度は三日に一度程度。仕事にどっぷりという訳ではなく、子供を持っている方は育児休暇が多めに設定されているとの事です。
(クラウちゃんを狙ったって訳じゃなさそう?)
(計画的には見えます。しかし個人を狙ってかどうかは、判断に困りますね……)
子供なら誰でも良かったのでしょうか。魔力と魂が目当てなのですから、それなりに優秀な子になるはずです。狙って誘拐するのが最効率のはず。クラウちゃんが、そうだったのでしょうか。
「獣の種類が分かったりは?」
「それが、この辺に獣らしい獣は居ないんです……。ヤギやドルラームは居ますけど……あんな声出せる獣なんて……」
ただの獣ではないという事でしょう。つまりは……マリスタザリア。遠くから咆哮を聞いて、エーフぃさんは怖いと言いました。そんな、根本的な恐怖を与える咆哮は、マリスタザリアの第一の特徴ともいえます。
「叫び声を聞いて、周りの人と避難経路とかの話をしてたんです……。そして、物見台から帰って来た人から、安全を伝えられて……預かり所に戻ったら……」
「クラウちゃんは、居なくなっていたと」
「はい……扉が開いていたから、叫び声が怖くなって一人でどこかに行ったんだと思って、すぐに町に放送を流してもらって……」
それでも見つからなかったから、流行の神隠しを疑ったという事ですね。”巫女”の話、それも……バイトをしていた話まで伝わっていたのです。近場で起きている神隠しも噂となっていたでしょうから。