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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
43日目、手遅れなのです
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『オルデク』実験④



「学者ですカ」

「えぇ。主に生物学を」

(生物学者でマリスタザリアに憧れを持ってるなんて、まさにって感じですね)


 適当に会話する振りをしながら、扉の向こうにいるアルレスィア達に情報を渡す。


「それでハ、あの罠は小動物ヲ?」

「そう思うのも無理はありませんね」

(いや、普通に考えてよ)

(マリスタザリア、でしょうね)


 相手もバレていると思って話している。所謂様式美という奴だろう。男は会話を楽しみ、レティシア達の様子を観察しているのだ。


「マリスタザリア。貴方達はどう思いますか?」


 直接的な質問に、レティシアはどう答えるか考える。


「好きとは言えませんネ」

「良い印象を持ってる奴の方が少ねぇと思うが」


 言葉選びに注意しつつ答えた二人に、男は鷹揚に頷く。この男の名前を聞いていないのは、そこまで親密になりたくないという表れだ。


「それが普通なのでしょう」


 怒るでもなく、悲しむでもなく、男は話し続ける。その果てに何を求めるのか、何が愉しいのか。レティシアには量れない。


「あなたは違うト?」


 その質問を待っていたといわんばかりに、ニタリと嗤う。


「絶対的な力。他を圧倒する存在感。芸術的とも言える造形。どれも、人の想像を遥かに超えています」

(あぁ、話したがりでしたか)


 話したくて溜まらなかったのかも知れない。レティシアはそう考え、ぼーっと聞く。


「悪意という物が原因との事ですがね。そんな曖昧な物では納得出来ないのです」


 納得するまで調べたい。その為に罠で捕らえようとしている。そう辺りをつけたレティシアは、話を止めたくて仕方なかった。


「私の研究の終着点……最後には、人をマリスタザリア化出来ないかと思っているのです」

「……何ですト?」

「何も人殺しを作ろうという話ではないのですよ。力や速さを増幅させる薬をと思っているのです」


 マリスタザリア化によって膨れ上がる筋肉。そこに目をつけ、ドーピング出来ないか調べているという。


「人は弱いと思いませんか」

「……」

「マリスタザリア化を物にできれば、人はもう怯えなくて良い。知力がある分、マリスタザリアよりずっと強くなれる。最近王都周辺では、魔法を使う個体が出てきたそうではないですか。マリスタザリアも進化している。人間も更なる進化を目指す時が来たのではないでしょうか。これは、神が我々に齎した転機だと思いませんか?」


 白熱した男は、つらつらと自身の考えを述べる。


(マリスタザリアの発生は、悪意ではなく突然変異体って思ってますよね。前提が間違っているんですから、実験にすらならないです)

「本気か?」


 ウィンツェッツが眉を顰め尋ねる。


「もちろんですよ。有史以来、人々はマリスタザリアの脅威に曝されてきました。その中で人々は、マリスタザリアを神の怒りや神の力として恐れたのです。人という個では敵わぬ存在として造られた存在は、今ですら人々の脅威として成り立っています」

「脅威として成り立つ?」


 妙な言い回しに、ウィンツェッツは聞き返し、レティシアですら首を傾げる。


「えぇ。マリスタザリアという分かりやすい恐怖こそが、形のない神という存在を強く求めるために必要な贄なのですよ」

「マリスタザリアが強くなけれバ、その機構を維持出来ないト。アルツィア様を敬わせるために、人々の脅威になり続けなければいけないというのですネ」


 即座に理解し、レティシアが言葉を補足する。理解の早いレティシアに、男の舌に脂が乗っていく。


「その通りです。だからこそマリスタザリアは進化したのです。現”巫女”という強い存在が現れた事で、強くならざらるを得なかったのだと私は考えたのですよ」


 男は気分が良くなったのか、どんどん話を進める。


「マリスタザリアの進化は素早く顕著です。どんな生物にも当てはまらない、一瞬の適応。この適応力こそが、マリスタザリアが人間よりも強者で在り続けられた”力”だと思うのです」

(なるほど。学者らしい見方ですね。もし、巫女さん達より先にこの人に会っていたら、頷いていたでしょう)


 世界の真実を知っているレティシアは、男の考えが間違えた物だと思いつつも、筋が通っていると思ってしまう。


「だから、人間がマリスタザリアに追いつくには必要でしょう。神の領域への一歩……人体改造が」

(この結論は、頷けませんけどね)


 人という存在に手を加える。それも、形を変えるのではなく構造を変えるというのだ。人を造りかえる。まさに――神の如き業となるだろう。


「おや。見えてきましたね」

「そのようですネ」


 そうこうしているうちに、オルデクが見えてきた。昼間なので、余り観光客は居ない。この町が盛り上がるのは、夜だ。


「お二人もオルデクに用事が?」

「えぇ。少しばかリ」

「そうでしたか。またお会いできましたら、その時はまたお話しましょう。貴女とは良い話が出来そうです」

「暇を見つけるのが難しいですけド、その時は構いませんヨ」


 余程レティシアの事が気に入ったのか、男は再度会える事を楽しみにしている。当のレティシアは、仕事用の笑顔で応対していた。引き攣らないようにするのに全力を注いでいて、男の目に――黒い陰が差した事に、気付けなかった。




「いやぁ、ありがとうございました」

「いエ」

「では」


 男が恭しく頭を下げ、町の中に消えていく。それを見ながら、レティシアがやっと表情を変えられるとため息をついた。


「何なんでス。あレ」

「俺が聞きてぇよ」


 レティシアのぶっきら棒な物言いに、ウィンツェッツも頭を抱える。


「学者っていや、お前の姉ちゃんだが」

「アレと一緒にしないで下さイ」

「一緒にはしてねぇが……」


 男とソフィアが比べられ、レティシアが怒る。


「アレの面倒な所は狂ってないところでス」

「あれで狂ってねぇのかよ」

「狂ってたら蹴落としてますヨ」


 男は狂っているように見えて、理性的だった。真実を知らない者を納得させるだけの考察をしていた。真実を知っているレティシアでさえ、そうかも知れないと思わせられるだけの物であったのだ。その事も、レティシアが怒っている原因でもあるのだけど。


「マリスタザリアが何故出てくるのか、その正しい理由はアルツィアさまでも分かっていません」

「そういう意味だと、あの人の話ももしかしたら? ってなるのも仕方ないかもね」


 少なくとも、自分を敬って欲しいからってあんなのを造ったりしないよ。と、リツカがフォローを入れてくれる。


「あの言い草。アルツィア様を敬っているような口ぶりでしたけド、内容は貶してるといっても過言じゃないですヨ」

「神さまも、私達と一緒だから」

「そうですね。シーアさんのように、信じてくれる方が居れば……アルツィアさまは喜びますよ」


 アルレスィアとリツカの言葉に、レティシアが盛大にため息をつく。


「暢気ですネ……。無理とは思いますけド、あの人は確実にやりますヨ?」


 マリスタザリアを捕らえ、実験材料とする。そんな事出来ないと思いながらも、その時の事をレティシアは話す。


「薬を作った後、臨床実験は確実にしまス。何よりあの手の人間は自分を使いませン。というよリ、作成段階で人体を使いまス」

「そうなんだよね。あの人の考えを否定はしないけど、方法が問題」

「錠剤となると、血液等を使うでしょう。人体に影響はないとは言い切れませんね」


 レティシアの叱責に、リツカとアルレスィアも気持ちを切り替える。


「血くらいなら問題ねぇんじゃねぇか。赤いのがバカスカ浴びてたろ」


 ウィンツェッツの冗談か本気か分からない発言に、アルレスィアが殺気すら伴った眼光を向ける。レティシアの肩が跳ねるほどの威圧感だ。


「浴びるのと経口摂取は違いますし」


 リツカがアルレスィアの頭を撫でながら、ウィンツェッツに返答する。アルレスィアの威圧感が緩やかに収まっていき、代わりにほんわかとした空気に変わる。


「お、おう」

「いい加減学習してくださイ。ヘンタイさン」

「フォッゥ……!?」


 後退りながら頷くウィンツェッツの脛を、レティシアが蹴り上げた。角度をつけた蹴りは、衝撃と痛みをウィンツェッツの脳へと一瞬で届ける。


「とりあえず、注意だけはしておこう」


 リツカの言葉に、アルレスィアとレティシアが頷く。

 マリスタザリアを捕まえる事は出来ないと思っていても、もしもを考える。この旅で皆が学習した事は、ありえないと思っている事こそ、良く起きるという経験だった。



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