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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
43日目、手遅れなのです
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『トぅリア』後悔⑥



 村は完全に沈黙しています。生き残りは皆無でしょう。


「どこを調べまス?」

「教会を調べてみましょう。マクゼルトが居た頃にはなかった物です。隠し扉等は見つかっていないかもしれません」


 マクゼルトの目的が情報の抹消ではないと思いつつも、気にしてしまいます。ここはすでに魔王の手の中かもしれないのですから、踊らされている可能性を捨て切れません。


「異教の教会ですカ。やっぱり違うんでス?」

「アルツィアさまを奉じていれば、この巫女のローブに描かれている紋章が掲げられているはずなのですけど」


 この教会に、そういった装飾はありません。唯一あるのは、十字架。それも逆十字です。


 聖ペテロ十字(ペテロクロス)と、向こうの世界では呼ばれています。聖ペテロは皇帝ネロによる迫害を受け磔刑となりました。その際、自分はイエス・キリストと同じ状態で処刑されるに値しないと……同じ場所に至る資格なしと、逆十字に磔にされたという謂れがあるようです。

 

 どういう想いだったのでしょう。主であるイエスの想いを遂げられなかったから? 暴君たるネロを抑えられなかった事で、聖職者としての本懐を遂げられなかったから? 難しい話、ですね。


 この逆十字。もう一つの意味があります。悪魔崇拝です。

 ある人物が、聖ペテロが逆十字を背負った理由を、神の恩寵からの離脱、反駁と捉えたかららしいです。余り好きな解釈ではありません。


 ここでの逆十字は……後者なのでしょう。何もしてくれない神への反駁。十字架の文化は、この世界にも確かにあります。王国にある慰霊碑には十字が掲げられていました。だからこの逆十字の意味も、向こうの世界と変わらず……神さまへの反駁なのでしょう。


 神さまはきっと、赦すのでしょう。それでも私は悲しい。神さまがどれ程の後悔ともどかしさを感じているかを、知っているから。


「これを煽動した人が居るんですよネ」

「教主様、でしたか」

「その人も神さまに恨みがあるのかな」


 何もしてくれないと絶望して、こんな宗教を立ち上げるとは。


「どうでしょう」

「気がかり?」

「はい。村民達は教会を大切にしていますし、慰霊碑も綺麗にされていました。しかし、教会の造りが甘い気がします」


 細かく見てみれば、良い木を使っているようには見えません。急ピッチで造ったのでしょうか、釘が飛び出している所も。飛び出した所が錆びているので、マクゼルトの攻撃で軋んだわけではありません。


「これを造るように命じた人は、随分と吝嗇家のようですね」


 ケチであると、アリスさんがばっさりと斬ります。


「商売宗教って事ですカ」


 ビジネス。向こうでもありましたね。心の拠り所として宗教を用意し、賽銭や道具を売って稼ぐという。これもそうなのでしょうか。


「良い傾向とはいえませんけれど……アルツィアさまを崇めても見返りがあるわけではありません。心の拠り所は人様々。ここの方達の拠り所は、この宗教だったのでしょう」


 神さまの基本的なスタンス。アリスさんも、同じです。全ての者に慈愛を。そこに見返りを求める心はありません。私達の想いが届くには、まだまだ時間がかかるでしょう。


 いつかどこかで、”巫女”と”赤の巫女”として、道標になれれば良いと思うばかりです。




 教会の中は綺麗に掃除されています。でも、床は軋みを上げていますし、傾いでるように感じます。ステンドグラス等の装飾もありませんし、質素、ですね。


「地下があるみたい」

「この軋みはそういう事ですカ」

「んー。それよりも、建て付けが悪い方が問題な気が」


 木も腐りかけです。何れ簡単に折れる事でしょう。


「この臭い、地下に逃げ隠れた方もやられているようです」


 見に行くのは少し、憚られます。いくら心を平静に保つ術を持っているからといって、見たくない物もあるのです。


「マクゼルトは、教会の構造を知ってたのかな」

「その可能性もあります。でも、逃げていく様子を見たのかもしれません」

「可能性の一つとして、心に留めておこっか」

「はい」


 教会の地下。恐らく、マリスタザリアが襲撃した際の避難所です。しかし……今のマリスタザリアにその常識は通じません。もはや、人と同等の知能を持った個体すら現れています。


 人の悪意を多分に含み、人を殺すためだけに人へと近づく化け物。地下程度では、探し当てられてしまう。ここでは……マクゼルトという災厄でしたから、余計に……。


「お二人さン。こちらニ」

「何かあった?」

「隠し扉でス」


 隠し扉。そちらに逃げていれば、もしかしたら。


「誰か居た?」

「いいエ。それガ、人が入れる大きさではないんでス」

「うん?」


 疑問に思いつつ、シーアさんの所に向かいます。


「包丁が入ってましタ」

「教会に、包丁?」

「扉はここだけですか?」

「えっとですネ。どうやラ、こちらの壁一面そうみたいでス。魔法で開錠する必要があるようですけド」


 魔法で、ですか。私は開錠なんて使えません……。


「私も、時間が掛かってしまいますね……」

「でハ、私がいくつか開けましょウ」

「お願い」

 

 全部が全部包丁という事はないでしょう。何か傾向が分かれば、何のための隠し扉か分かるはずです。


 シーアさんが一気に、いくつか扉を開けてくれます。後は手分けして、見ていくだけです。


「これハ、服ですかネ」

「こちらは写真です」

「こっちは……へその緒?」


 完全にバラバラ。でも、何か……引っかかりますね。


「これは……」

「何か見つけた?」

「はい。そして、隠し扉の謎も解けました」


 アリスさんが持っている物に、全ての答えがあるようです。何かの、冊子のようですけど。


「日記ですカ」

「育児日記です。隠されていたものを、探し出したのでしょう」

「それって」 


 一つの扉に対し、一つの品物。どれも別の人の物で、古い。


「これはマクゼルトの物です」

「でハ、この扉ハ」

「遺品?」


 だとしたら、この教会で崇められているのは。


「先祖の魂こそ、崇める必要があるという教えなのかもしれませんね」

「向こうの世界にも、そういう教えがあったなぁ」


 所謂祖先崇拝です。


「信じているのは、神さまでも、別の神様でもなく……先祖様って事かな」

「最も信頼出来る存在だと思います」


 先祖がいたから、今の私達がある。なので、感謝の対象は先祖様であるのは健全です。信じられるのは、血縁という事ですね。


「元に戻そうか」

「はい」


 マクゼルトの物も含め、私達は扉を閉じて行きます。


「読まなくテ、良かったんでス?」

「弱点は弱点でも、過去を握るのは違うかなって」


 何より、教主がどういう人かはさておき……村人達はその宗教を、しっかりと崇めていたわけですから。私達が荒らしては、いけません。


「マクゼルトのも入れられているとなるト、お師匠さんのも入ってるんですかネ」

「私物が残ってたら、入ってるのかな?」

「多分、入っています。探そうとは思いませんけど」

「……お師匠さんが戻って来た時の弱味としテ」


 シーアさんが冗談を言いました。冗談、ですよね?


「弱味の塊でしたネ」


 そういう問題ではないのですけど、好奇心は収めてくれたのでよしとしましょう。


 教会を後にし、村から離れる準備を始めます。兵士さんが来るのは明後日です。でも、そこまで待つ事は出来ません。あの村人の男性に任せるのは無理ですけど、どうしたものでしょう。


「私の伝言紙を持っている人を隊に入れてもらうように頼んでいまス」


 シーアさんはしっかりと対応してくれていました。シーアさんと連絡を取れる人がいれば、聴取も説明も出来ます。


「シーアさんの連絡先を知ってるってなると、デぃルクさん?」

「王都から離れすぎるのは避けた方が良いでしょうから、別の方でしょうね」

「それニ、働き詰めでしょうかラ」


 デぃルクさんも苦労体質ですから、王都でも右に左に働いてそうです。


「ズボラさんにしましタ」

「ジーモンさん、だっけ」

「はイ」


 その人も結構、働き詰めな気がするのですけど……気のせいでしょうか。


「まァ、何故かは分かりませんけド、呼び出すと喜ぶ人ですシ」


 働き者と思うのですけど、純粋にそう思えない何かがあります。何となく、不純な? 余り、シーアさんに近づけない方が良いのではないでしょうか。

 エルさんに報告する事が増えましたね。



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