『トぅリア』後悔⑤
「何だよ、これ」
一人の男が村に帰って来た。辺り一面血の海。腕や脚が落ちており、壁には何かの欠片がこびりついている。
今にも吐いてしまいそうな男は、死の世界に足が震え始めた。
(誰か、居ないのか)
じりじりと村を歩き出す。誰でも良いから生きていて欲しいと、縋っている。
「誰か……ッ」
一件ずつ扉を開ける。教主に言われて作った、教会の地下も見てみる。一件開ける毎に、男の目から涙が零れていく。
「何が、あったんだよ……ッ」
項垂れ、膝をつき、歩みを止める。
「……ッ?」
静かな地獄に絶望する男の耳に、物音が聞こえてきた。
「あっち、か? あっちは……」
男は再び、歩き出した。
「何かありましたカ」
「金床、鉄槌、砥石」
「そっちじゃないでス」
「無ぇ」
シーアさん達の方も、なかったみたいですね。
「そちらハ、何か見つけたみたいですネ」
「日誌が一冊程ありました。もしかしたら、村の方に保管されているかもしれません」
「遺品整理でもしたんですかネ」
ライゼさんが死んだと思っている人達です。遺品整理の為に入ったっていうのはありそうです。
「持って行ってなかったのに、なくなってるっていうものありませんか」
レイメイさんに、追放される前と後で消えた物がないか尋ねます。
「覚えてねぇな。ライゼの私物は殆ど持って行ったはずだが、あん時はキレてたからな」
ライゼさんが、レイメイさんの方ではなく村人の言葉を信じたって話でしたね。
暴力を振るってしまった以上、謝るのは筋のような気もします。でもそれが、村の為であったのなら……考慮して欲しいと思うのもまた、仕方ない事なのだと私は考えます。
「村の方に行ってみましょう。もしかしたら、誰か来ているかもしれません」
「教会とか出来てるから、外との交流を始めてるかもしれないしね」
「そこまで簡単に意識が変わるとは思わんが、教主くれぇは居るか」
教会を作ろうと諭した人が居るかもしれません。いくらライゼさんが私と関わった事で死んだと思っても、教会を建ててまで改宗しようとなるかといえば……そうは、なりませんね。
元々宗教に縋るような人達ではなかったという話ですし、誰か居ると考えるのが自然だと思うのです。
「説明が難しい状況ですシ、余り来て欲しくないですネ」
「そういう訳にもいかないので、何とか王都に連絡を入れたいところです」
ただの殺人事件ならば、近くの警察機関に任せますけれど……。村を丸々となると、警察では対応出来ないでしょう。犯人も分かっている事ですし、王国兵に任せたいところです。
「今の私達って、他人から見たらどう写るんだろ」
「村人を皆殺しにした後物色する強盗ってとこか」
「冗談になりそうにないですネ」
「一回出ようか」
大変残念な事に、すでに村に人が入ってきています。真っ直ぐこちらに向かっているのは、物音に気付いたのかもしれません。異常なまでに静かになった村ですから。
「あんた等……そこで何してる」
「待って下さい。怪し」
「あの村で何した!? 何処にやったかって聞いてんだよ!」
私達を犯人と決め付けてしまっているようです。状況からして私達が犯人に見えるかもしれませんけど、まずは落ち着いて欲しいと、説得を繰り返しました。
「私達が来た時には、すでに」
「そんなの信じると思ってんのか!? だったらなんでそんな冷静なんだよ!」
誰かに見られると、疑われると思っていました。でも、村人に見つかったのは運がなかったのでしょう。完全に、沸騰してしまっています。
「おい、いい加減落ち着けよ」
「お前も仲間なんだろ……!? そんな奴の――お前……」
レイメイさんに気付いた男性は、漸く叫ぶのをやめてくれました。その代わり、怒りは強くなったように感じます。
「ウィンツェッツ……か!?」
「あ? 誰だお前ぇ」
「恨みはあるだろうがここまですることかよ!!」
「……はァ?」
困惑の表情を浮かべたのち、今にもキレそうなレイメイさんを手で制します。これ以上複雑化させないで欲しいです。
「まだ恨んでんのか!?」
「だから、何の話だよ」
「追放の話だ! 俺等が嘘ついたこと、まだ恨んでんのかって言ってんだよッ!!」
「あぁ、あいつ等か。恨んでねぇ。こんな村、出て行きたくて仕方なかったからな」
どうやら、レイメイさんが追放されるきっかけとなった人のようです。
「顔すら覚えてねぇのに、恨むも何もねぇだろ」
この人からの疑いを晴らす事は出来そうにありません。事を荒げる事無く、王国兵に連絡を入れたいところです。
「ここはサボリさんに任せテ、連絡を入れにいきましょウ」
「でも、届かないんじゃ」
「コランタンさんになら届くはずでス。通報してもらいましょウ」
なるほど。直通は無理でも、それならばいけそうですね。
「私達は一応、ここを見てるから。お願いできるかな」
「分かりましタ」
シーアさんが少し離れ、”伝言”を開始してくれました。
「………あ、先日はどうも。実はですね」
繋がったようです。レイメイさんの方に戻りましょう。
「もういい加減にしろよ。てめぇ」
「何だ殺すか!? 他の奴等みてぇによッ!!」
「人間は殺さねぇっつってんだろ」
「お前にとっちゃ俺等は人間じゃねぇってか!?」
「狂ってんのかてめぇ」
まだ冷静さを残してはいますけど、レイメイさんもいつキレるか。村人の男性はもはや、混乱状態です。何を言っても悪い方へいくでしょう。
「大体お前等は何なんだよ!!」
男性が視線を私達に向け、怒鳴り散らします。
「私達は――」
どうしましょう。”巫女”に悪い印象を持っている村の人に、本当の事を話すべきでしょうか。
「待て。教主様から聞いた事がある。巫女っていうのは、銀髪と赤髪だってな……!」
教主様。それが、あの教会や慰霊碑を建てるように命じた人ですか。
「異教の人間は、人間じゃねぇってか!?」
レイメイさんに罪を擦り付けるような、最低の人間が何を。と、口から出てしまいそうになります。正直、ここまで思い込みが激しいのはどうかと思います。これで三人目ですか。宗教関係の、思い込みが激しい人と出会うのは。
(ルイースヒぇンさんは違うか。あの人は、司祭とは違いますし)
思い込みじゃなくて、そう思わないと壊れてしまうって感じでした。縋っているのです。
でもこの人は違います。司祭タイプです。司祭は、最期には感謝していたとアリスさんが教えてくれました。この人にも、根気良く語りかければ分かってもらえるかもしれません。
でも、話し合いをさせてくれません。
「おい」
「はい」
レイメイさんが私達を呼びました。
「こいつは俺が対応しとく。お前等は続きを始めろ」
「……良いんですか?」
「大事にはしねぇよ」
少し心配ですけど、任せます。相手が余りにも的外れな事を言うと、レイメイさんは冷静になる傾向にあったはずです。
「待てよ……! 話すらしねぇってか!?」
「さっきまで話そうとしてたろうが。それを悉く潰したてめぇが何言ってやがる」
「あんだと!?」
任せても大丈夫そうです。
「コランタンさんに頼んで通報してもらえる事になりましタ。到着は明後日になるようでス」
「分かりました。では、私達は捜査をしましょう」
「あの人はレイメイさんが対応してくれるみたいだから、その間に」
「はイ」
本当は、住民として捜査に協力して欲しいのですけど……。
私達が来るのがもう少し遅かったり、あの人が来るのがもう少し早かったりすれば、協力してもらえたのかと考えます。結果として、手伝ってもらえなかった。と、私は思ってしまいます。
あの様子からして、レイメイさんにすぐ気付いて、復讐にきたのかと言っていました。巫女というだけで、異教徒だか何だかと責めてきたのです。もはや、話し合いは無理でしょう。あの人の中で、私達が犯人となっています。そこから脱却する事はないと思います。
北部に入って三つ目。これからの旅は、少し……不安しかありませんね。
「……」
でも、そんな私の不安は簡単に消えます。アリスさんが私の手を握ってくれるから。
マクゼルトの独断で行われた虐殺。あの時私が起きていれば、と後悔がつきません。それでも私は止まる事はないでしょう。でも、もう少し……覚悟するのに時間がかかってしまいます。
だからもうちょっとだけ、アリスさんの温もりを――ください。
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