『トぅリア』後悔④
地下はぱっと見、何もありませんね。突然の追放とはいえ、整理する時間はあったようです。しっかりと食料等はなくなっています。こういった整理も、レイメイさんがしたのでしょうか。
(流石に、生活は見えてこないなぁ)
ライゼさんとレイメイさんがこの村を出てから、十年。マクゼルトが行方不明となって、十数年。むしろ、良く家が残っていたと感心してしまいます。ライゼさんがいかに慕われていたか、分かるというものです。村人達で手入れしていたのでしょうか。
(複数あった足跡は村民の物。どうして入る必要があったんだろ)
ライゼさんの死と、教会と慰霊碑。何か調べる必要があったのでしょうか。ライゼさん達の生きた証を捧げるとか。
最近の足跡でしたから、宗教関係と思うのです。もし、ただ単にライゼさん達の私物から何かを得ようとしたと仮定すると、誰かに命じられてという事になります。
シーアさん達の話から推測するに、あの教会は神さまではない別の者を奉っているそうです。そしてそれを広めた宣教者が居るはず。その人から何かを言われたのではないでしょうか。
それが、もう一つの変更点である慰霊碑。きっと、何か意味があるはずです。無関心ともいえる、追放制度。人との相互理解を放棄した人達が、理解が必要である教会を受け入れるには、導く人が必要なのですから。
(ライゼさんの死を知って、遺品整理って事も考えられるけど)
んー。考えても仕方ないでしょうか。気になってしまいますけど、手が止まるほど考えてしまっています。一端やめましょう。
(マクゼルトは何の為に入ったんだろ。日誌とか、真っ先に持って行きそうだけど)
そういうのを調べるのが、今の時間でしたね。再開します。
「あれは、漬物?」
大きな瓶です。
「……絶対、臭うよね」
開けたくないなぁ……。でも、中に何かあるかも……。
十年物ですか。しっかりと漬ければ、おいしいのでしょうか。ワインやお酒じゃあるまいし、そんなわけないですよね? 漬物の事は分からないのです。
「……」
思わず、ごくりと喉を鳴らしてしまいます。緊張感によって、です。食欲を刺激された訳ではありません。神さまに誓って。
意を決して、瓶を開けました。
「うっ……うぇぇ……」
目をつく程の刺激臭に、蓋をすぐに閉めました。
「……無い。よね?」
誰かに追われていたなんて話、聞いた事ないです。隠す必要性があったとは、思えません。故にここにはありません。もう開けたくないです。
(……上がろう)
一瞬で嗅覚が麻痺してしまった私は、外の空気を求め登ります。このような臭い、慣れたくなかったです。
「リッカさま。何か変な――」
「ごめん……消臭の魔法とかないかな?」
「今かけますっ」
私が余りにも落ち込んでいたからでしょう。アリスさんが”拒絶”で臭いを取り除いてくれます。あんな、ライゼさんのずぼらで受けたダメージなんかで……アリスさんの至高の魔法、その汎用性を実感したくなかった。
もっと素敵な場面で実感したかったです……。恨みますよライゼさん。
「十年放置した割には、臭いが弱かった気がする」
正直、一瞬で気絶しそうな臭いだったので曖昧ですけど……そう思います。
「マクゼルトか、村民か。どちらかが入って瓶を開けたのでしょうか」
「多分、ね。あそこまで調べるんだから、熱心な方……。マクゼルトかな?」
「そうですね……私は村民かと」
アリスさんが曖昧な表情を浮かべますけど、村人であると明言します。何か見つけたのかもしれません。
「くまなく床を見てください」
「うん」
アリスさんに言われた通り、床を見ます。満遍なくマクゼルトと村民の物と思われる跡が残っているように見えます。
「……?」
なるほど。確かに、熱心なのは村民のようです。
「マクゼルトは、歩き回ってはいるけど探してるって感じではないね」
「はい。真っ直ぐ、家の中をぐるっと回っています。まるで」
「懐かしむように、だね」
一つ一つの部屋を巡り、立ち止まる。その繰り返しです。それに対し村民のものは、それこそ踏んでいない場所がないくらい足跡だらけです。
「久しぶりの自宅を懐かしんだってところかな」
その一方で、村人の虐殺。人としてのタガが外れています。理性などはなく、あるのは魔王への恭順と己の欲望のみ。どんな想いがあろうとも、許せません。
「それが濃厚です、ね。少なくとも資料等の抹消が目的ではないようです」
「バレても問題ないって事かな」
「すでに手の内の殆どを曝しています。曝して尚勝てなかったのは、マクゼルトにとっては予想外だったのでしょう」
私との戦いは儀式だったのでしょう。不意打ちで殺した私に意味はないと拳は語っていました。本気の私を殺すことで、マクゼルトは心置きなく前に進める。そんな感じです。非常に、不快です。
「風の鎧を弾けさせた魔法は奥の手だね。あれが必殺だと思う」
「リッカさまが上をいかなければ、行動不能となった魔法ですね」
「うん。体の自由が利かなくなる感じがしたよ」
「原理自体は簡単です。高速で相手を乱回転させ、行動を封じるというものなのですけど……他にも、あったようですね」
確かに、乱回転は厄介でした。でも、私ならば問題なく見れますし制御出来ます。むしろ、私の力に出来るので好都合でした。問題は、私の中に入ってこようとしたものです。
「拘束魔法、なのかな。私の体の中に何かが入ろうとしてた」
不快感が強かったので、躊躇無く体内で勁を行いました。傷ついてでも、止めたかったのです。
「体の内側から行う拘束は、最高峰です。”洗脳”もその部類に入るでしょう」
「防ぐには、アリスさんみたいに入る前に”拒絶”するか、私みたいに勁で弾くか、かな」
「そう、なりますね」
私の対処法は、参考にならないうえに、アリスさんとしては了承したくない物の様です。傷ついてしまいますからね。自分が。
「あの魔法を使って勝てなかったのは、マクゼルトにとっては予想外だったと思う」
「リッカさまに押されようとも戦い続けていたマクゼルトが、あの魔法を破られた時は動揺していました。奥の手で間違いないと思います」
打ち上げて、乱回転させるだけでも、常人ならば身動き取れません。そこに拘束魔法を加えています。確殺出来るはずの一手だったと、自信を持って言えます。
「そこまで曝したんだから、今更隠す必要はないって事だね」
「私は、そう思っています」
「私もそう思うよ。そうなると、日誌みたいのが他にもありそうだけど」
アリスさんが目を伏せ首を振ります。
「ライゼさんの私物はしっかりと、追放された時に持ち出されているようです。マクゼルトの物はあると思うのですけど、日誌以外見つかりません」
「処分……するとは、思えないんだよね。ライゼさんは人間だった頃のマクゼルトを尊敬してるし……」
「やはり、村民が持ち出しているのでしょう」
「そうなると、村の方で探さないといけないね。保管庫か、村長宅かな」
でも、あの地獄で物探しに専念出来る程、割り切ってはいません。今でも結構ギリギリなのです。
「シーアさん達のほうに行ってみましょう。工房はここよりも広いですから、まだ探している最中だと思います」
「うん」
アリスさんが私の手を掴み、引き寄せます。臭いは消してもらいましたけど、汚れは……。と、考えている私に構わず、アリスさんは引き寄せました。
「参りましょう?」
「う、うん」
アリスさんの優しさと、リードされているという嬉しさで、私の頬は赤くなっちゃいました。
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