二人で歩く世界
(どういうこと……? 今言葉を)
気にしても、しかたないのでしょうか。今の私は冷静とは思えません。聞き間違えと思い、もう動かない馬に戻った死体の元から、去ります。
悪意の浄化さえすれば、人は元に戻るそうです。しかし……動物と、深く汚染された人間は……殺さなければ、なりません。
つまり私は、いずれ……人を殺さなければ、いけません。
「―――っ」
(浄化できる人に関しては、”光”で、出来る)
アリスさんも実践はしてません。あくまで神さま調べ。分からないことのほうが多い旅なのです。時間が許す限り、試行錯誤の連続でしょう。
今は、状況の確認を急ぎます。
「アリスさん、皆は無事?」
みれば行商人が五人になっています。
「はい、皆さま無事のようです。騒ぎが収まったのを感じて、商品を取り戻しにきたとのことです」
「無事なら、よかった」
商魂たくましいですね……。いえ、これが普通なのでしょうか。集落でも皆、通常営業でしたし……。行商の方達は震えてはいますけど、全員無事のようです。
それにしても、立て続けに二体……。
「あんなに、立て続けに出るの?」
あんなにポンポン生まれては、いずれ対応できなくなってしまう可能性があります。
「負の感情が集まる場所には、悪意が生まれやすくなります。マリスタザリアが現れると、爆発的に負の感情が生まれますから……その所為だと思います」
「ふむ……。人が集まっている場所だと、最後まで気を抜かないほうがいいんだね」
恐怖や怒り、悲しみが増えると危険ということですか。マリスタザリアが一体でも生まれれば、もう一体が生まれる可能性が爆発的に増えるという事です。なんて厄介な、種族なのでしょう……。
今回の敵は動きがそこまで早くはありませんでした。何より、生まれたてだったから対応出来たにすぎないと、気を引き締めます。
兎に角。このまま行商の方達に怯えられては、また出てくる可能性があります。安心させないと。
「大丈夫ですか、皆さん。もう敵はいませんよ」
できるだけ安心させられるように、笑顔で伝えます。うまく笑えてるでしょうか。
「あ、あぁ……大丈夫です。ありがとうございました」
俯き気味なのが気になりますが、大丈夫そうです。
アリスさんを見ると、こけた際に怪我したと思われる方を治療している最中でした。
「かの者に癒しを……」
アリスさんの暖かな魔力が、傷口を覆い、治します。これがオルテさんを治した、”治癒”ですか。
現実離れした光景と経験を数多くしましたけれど、”治癒”という魔法はその際たるものかもしれません。傷がこんなにも早く、簡単に治るとは……。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」
行商人たち全員で感謝を述べています。感謝はムズ痒く感じてしまいますけれど、助けられたという実感があるので、嫌いではありません。
「まさかとは、思いますが……”巫女”様でしょうか?」
行商の方がアリスさんに質問しました。どうやらアリスさんの詳細は、この国では常識レベルで知れ渡っているようです。
「はい。アルレスィア・ソレ・クレイドルです」
アリスさんが祈りに手を組み淑やかにに応えました。
(いつもなら、笑顔だったような?)
んー? と首を捻って考え込んでしまいますけど、行商の方達が私を見ていたので、思考が途切れてしまいます。
「あの、”巫女”様……。では、こちらの方は?」
さて、どう応えればいいのだろう。
「この方は私のパートナーであり、同じく”巫女”を務めております。ともに”お役目”につき、旅を始めた所です」
アリスさんが私の代わりに応えてくれました。
「おぉ、そうでしたか……。あなた様もありがとうございます。お陰で誰一人死ぬことなく事なきを得ました」
(巫女はアルレスィア様だけでは……)
どうやら、納得してくれたようです。疑問は残っているように感じますけど。
ありがとう。と、アリスさんに伝えるために微笑みます。
「――では、積荷を戻しましょう。お手伝いいたします」
アリスさんは私に笑顔で応えて、積荷を直す作業を買って出ました。私も手伝おうかと、腕まくりをしようとしましたけど――その必要はなかったようです。。
「お心遣い感謝します。ですが、ご安心を」
リーダーと思われる方の指示とともに、複数の人の魔法が発動されます。
みるみる内に元に戻る積荷。直る台車。逆再生の様に直っていきます。折れた木材も、歪ではありますけれど、荷台としての機能を取り戻していました。
(魔法って、便利だなぁ)
でも、馬はどうするんですかね。
「馬は二頭残っておりますので、このまま曳けるでしょう」
リーダーの人が指した先には、馬を連れた人が居ました。というより、馬はいるんですね。ホルスターンが特別? 牛は別にいるのかな?興味がつきない世界に私の好奇心は最高潮です。
でも一番の疑問は、馬のマリスタザリアを見たのに……平気で馬を近づけられる事、ですね。
「いかがでしょう、よければ近場までお連れしますが」
行商人の方たちが提案してくれます。でも、積荷の転がり方。逆でしたよね。王都とは。
「私たちは、王都に向かってますので」
お気遣い感謝します。とアリスさんが頭を下げました。
「そうでしたか……では、何かお礼を」
「いえ、”巫女”として当然のことです。どうか、お気になさらず」
何かを出そうとしている方を、アリスさんが止めました。私も、何かをもらうのは違うと思ったので、何も言いません。
「……わかりました。本当に、ありがとうございました。では」
「いえ、あなた方の旅に、どうか神のご加護があらんことを」
行商人の方たちが頭を下げ、アリスさんが祈りました。
簡単にマリスタザリアが生まれる世界。この世界でアリスさんがしてくれる祈りの、なんと心強い事でしょう――。
そのまま、別れて。私たちは王国への道を進みます。
「申し訳ございません、リッカさま。全て勝手に決めてしまって」
「んーん、アリスさんのお陰で助かったよ。私まだこの国の勝手がわからないし」
アリスさんが謝っていますけれど、私は本当に気にしていないのです。
「それに……アリスさんともう少し二人で、この世界歩いていたいんだ」
こんな素敵な世界を初めて歩くんです。少しだけ、わがままを言っちゃいます。
「――っ。はい、リッカ、さま。私も歩きたいです」
アリスさんが頬を染め、笑顔で応えてくれました。
私は、自分が恥ずかしいセリフを言ってしまったと――その時ようやく気づいてしまったのです。