『トぅリア』後悔③
村について最初に見たのは、腕でした。
「魔法か?」
「”爆裂”なんかあれば出来るでしょうけド、音が出ますヨ」
「これだけの破壊を生む魔法で無音はありえません。つまり――」
「体術、だね」
私以外の、人間では無理でしょう。化け物でなければ。
「緊急事態だから、一緒に行こう」
「分かりましタ」
「私とリッカさまで全方位を感知します。二人は、左右と後ろを目視でお願いします」
「あぁ」
村の探索に入ります。風向きで漂ってきていましたけれど、血の臭いが強く、腐臭は弱いです。それもそのはず……衝撃で、体の殆どが弾けています。肉体の一部は偶に散乱していますけれど、大部分は、塵となっているのです。
「どんな力で殴ったんだよ」
「マクゼルトの攻撃が当たるとは、こういう事です」
何も、今回が特別という訳ではありません。少しムキになっているとは思いますけど……それでも、マクゼルトに殴られるって、こういう事です。私は運が良かっただけだと、初めて殴られた時から思っていました。
「これだけ見たら、私はついでだったと思うんだけど」
「恐らく、こちらも本命だったと思います」
「私を殺した後、この村も含めて全滅……?」
「はい。隠れるように行ったのは、リッカさまに負けてしまったからでしょう。音を聞いて、私やシーアさん達が戻ってきてはいけませんから」
手負いのマクゼルトと、謎の幹部格。アリスさん達に勝てないと判断したのか、大事を取ったのか……。どちらにしても、隠れて虐殺を行ったようです。
「これだけ、無残に……乱雑にやられているというのに……頭だけは残っていません」
「腕や脚は、あるのにね」
「そういえば目が合いませんネ。合いたくないですけド」
「頭を正確に狙ってる証拠だね……」
頭や顔を狙うのは、殺意の表れです。そして、憎いと思っている場合が多い。顔も見たくない等、強い殺意は……急所へと攻撃を向けます。心臓や顔です。
「レイメイさんは、ライゼさんから何か聞いていないんですか?」
「アイツから、ジジイの話は余り聞いてねぇ。厳格者だったってのは聞いたがな」
ここまでの憎しみ。どう考えても、一朝一夕の恨みではありません。積年の恨みというものです。
「あぁ、だが」
「何か思い出しましたか」
「ジジイは村人と殆ど喋らなかったと言ってたな」
もう、その頃には嫌っていたのでしょうか。
「寡黙だからとか何とか言ってたから、分からんがな」
「愚痴のようでした?」
「そこまでは覚えてねぇな。刀を打ちながら話しとったから顔はみてねぇ」
何かあったのは、確定かもしれません。
「こう言っては何ですけド、調べるなら今しかないかト」
「誰かが来ちまうと、俺等の所為にされるだろうよ」
言い訳を聞いてもらえれば良いのですけど、正直……北では良い思いをしていないので、不安です。バレる前に退散したいのは山々なのです。
それでも、このままにしていく訳にもいきませんし……。
「マクゼルトと村の確執も気になるけど」
「とりあえず、ライゼさんの家へ行きましょう」
「もし誰か来たら、説明しないとね」
疑われるかもしれませんけど、それ以上にこの状況を解決しないといけません。
「弔わないと」
「手前ぇを嫌ってる人間を弔うなんざ、面倒とは思わんのか」
「皆違うんですから、嫌いな人も居るでしょう。この村の人達は勘違いで嫌ってた訳ですし、話し合いする余裕があれば変わったかもしれません」
私は人として生きたいです。好き嫌いで、最低限の尊厳まで失いたくはないと思います。死んでまで嫌われてたら、魂が救われません。
……まぁ、場合によりますけど。それもまた、人でしょう。
「ライゼさんの家に行く前に、祈りだけ捧げましょう。せめて天へと昇れるように」
「ありがとう。アリスさん」
ニコリと微笑んだアリスさんが、私の意志を汲んでくれます。周囲は地獄ですけど、天使のごときアリスさんが祈ってくれれば……天国へと昇れることでしょう。
血みどろには慣れません。アリスさんが傍に居なければ、長居も捜索も出来ないくらいです。この光景こそが、魔王がこの世にもたらす未来の姿だと思います。
どんな理由で魔王が動こうとも、マリスタザリアの存在は確実に……この光景を作り出す。それを止めるために、この地獄で止まる事は出来ません。
「ここだ」
祈りを捧げた後、私達はライゼさんの旧宅へと案内を受けました。レイメイさんはしっかりと、覚えていたんですね。
「あんなに嫌ってるって言ってるのニ、場所はしっかり覚えてるんですネ」
「うっせぇ」
場を和ませるように、シーアさんが軽口をぽんっと叩きます。弄り七割って所ですけど。
「他の家より大きいですね」
「鍛冶屋だからかな」
住むだけでなく、職場も兼用していたのでしょう。
「埃がすごいですネ。換気しまス」
「うん」
シーアさんがそよ風程度の強さで”風”を送りました。埃がどんどん飛んでいきます。
「ここ、人が入った形跡があるね……」
「最近の物です。先を越されましたね……」
マクゼルトが、回収したのでしょうか。
「あの脳筋が細かくやるとは思えないんだが」
「私も同感でス」
マクゼルトだけなら、家を壊しそうな気がしますけれど……。
「あの時居たのは、マクゼルトだけではありません」
「うん。もう一人は抜け目なさそうだったね。あのタイミングでアリスさん達を狙った手腕。正直言って、大っっ嫌い」
勝利目前。私がマクゼルトへの勝利を確信できるタイミングでの奇襲。完璧でした。完璧すぎてムカつきます。私が……アリスさんへの特別な感知がなければ……。やっぱり、私がアイツを殺します。
「一応探してみよっか」
「では私はこちらを」
アリスさんは居住スペースの右側を、私は左側です。右は箪笥や押入れ、左は調理場等の水回りが主です。地下収納とかあれば、見ておきたいです。
「私達は工房の方行きまス」
「使える道具があったらもらっていくか。刀の整備が楽になる」
「泥棒ですカ」
「元俺の家でもあんだから、ライゼも文句言わねぇだろ」
シーアさん達が工房スペースに行ってくれます。
(こっちにはないかな)
浴室にあるはずがありません。思いの外整理されてるなぁという感想だけです。男の二人暮らしだったはずなのですけど。
(レイメイさんの方が几帳面っぽいよね)
ライゼさんの運転とレイメイさんの運転。比べてみると一目瞭然と言いますか。
(後は、調理場)
冷蔵室はないですね。流し台の下は、鍋等です。包丁もありましたけど、流石に綺麗な刃をしています。ライゼさんの作る包丁はさぞ売れたことでしょう。
「リッカさま」
「どうしたの?」
「日誌がありました」
「……あったの?」
「はい」
それは、おかしいです。もしマクゼルトの意思でここが検められたのなら、日誌のような物はなくなっているはずです。
「マクゼルトじゃない?」
「分かりません。足跡はいくつもありました。内一つは、人よりも大きいものであったのは確かです。しかし……」
「日誌は残ってた、と……。だとしたら、まだ見つけられる可能性があるかな」
「はい。探しましょう」
いくつも足跡があったことが気がかりです。マクゼルトが入ったのは間違いないでしょうけど、それ以外に入る可能性があるのは村民です。後で村の方も探したいところですけど……。まずは家からなくなった物を探すとしましょう。何があって何がないか。レイメイさんの記憶を掘り起こして検証しなければ。
「じゃあ私は、地下収納みてくるね」
「気をつけて下さい。埃も多いでしょうから、こちらを」
アリスさんが私の口元に指を這わせます。
「拒絶せよ」
どうやら、マスク代わりのようです。マスクと違って匂いはしっかりと嗅げますし、息苦しさもありません。
「ありがとう。アリスさん」
つつっとアリスさんの指が離れていきます。その仕草が妖艶で、どきどきです。
「お気をつけて」
「うん」
優しい微笑を浮かべたアリスさんに見送られ、地下に降ります。何があるでしょうか。