『トぅリア』後悔
A,C, 27/04/07
案の定、寝坊しました。どうやらアリスさんですら、起きたのは私より少し早いくらいだったようです。
「危うく、リッカさまに寝顔を見られてしまうところでした」
「もうちょっとだったのに……」
「ふふふ……。約束を守る為に、私も必死なのですよ?」
事故なら仕方ないよね。と、今でも私は毎朝狙っています。それ以外のときは、頑張って目を閉ざし、見えないようにしていますけど!
「シーアさんとレイメイさんが、朝食を用意してくれているようです」
「また、レイメイさんは味見を受けたのかな」
「朝食はゆっくりが良いからと、我慢したようです」
「我慢、なんだ」
昨日は、お昼も夕飯もシーアさんが作ってくれました。どちらも、レイメイさんの味見によってちょっと濃い味に。疲れた体には、あれもまた良いのかもしれません。実際アリスさんも、疲れている時はいつもより濃い目にしています。
「リッカさま」
「ありがとう」
昨日、シーアさんに起こされて立ち上がった時、私は激しい立ち眩みによってベッドに倒れこんでしまいました。用心して、今日も暫くはアリスさんの手を借りようと思います。
「魔力は、六割といったところですね」
「そういうアリスさんもまだ、全快ではないよ?」
アリスさんもまた、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】の疲れを残しています。メルクで出した【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は、アリスさんの予想を遥かに超えた魔力を消費したようです。
アリスさんの成長と共に、最強の魔法は更に力をつけました。それに、アリスさんの意識がついていっていなかったのです。まだまだ謎の多い、私達”巫女”の魔法。気をつけなければ、いけませんね。
「私のは正規の魔法です」
「やっぱり、魔力を素撃ちするのは危ないかな?」
「危険です。近接戦闘の中で、補助として魔力を使うのならまだしも……相手の拳圧と魔法を弾く程撃ち出すなんて、無謀です」
改めて、注意を受けます。
私は魔力の余裕が結構あるのです。”抱擁強化”を発動後は、体力を魔力と共に消費していきます。実はそこに、魔力のロスがあるのです。そのロス分を撃つのなら、多分問題ありません。でも昨日は、それを超えて行使したので怒られてしまいました。
「それがリッカさまの秘策で、奥の手である事は理解していますけれど……出来るならば、余り使わないで欲しいです」
幹部以上と戦うには、これを使う以外に私が優位に立てません。魔力がストック出来れば良いのですけど、そんなに都合の良い物はありません。
「奥の手は奥の手としてあるから効果を持つから、出来るだけ完全に避けるつもりではいるよ」
「そうしていただけると、嬉しいです」
魔力色が見えるアリスさんとシーアさんにしてみれば、目を覆いたくなる光景だったのかもしれません。生命の燃える明滅は、死へのカウントダウンなのですから。
「今日は大事を取ってもらいます。魔力を練るのはもちろん、戦うのなんて言語道断です」
「それは、私の存在意義に関わっちゃうよ……」
「リッカさまは私の全てです。万全でない貴女さまを戦わせるなんて出来ません」
「う、うぅ……」
まずはあの村で浄化をしなければいけません。少し敵愾心をもたれていたようですし、村の近くで戦闘を行ってしまったのですから、色々と問題があるはず。楽な浄化とはならないのです。そんな時に私は何もしちゃいけないなんて……。
「リッカさま。私の気持ちも考えてくださるのですよね?」
「う、うん。そうだ、ね。アリスさんの気持ちを無駄にしちゃ、私じゃないよね」
そうです。アリスさんも、もどかしい気持ちをもっていたはずです。私がこういう状況だからこそと発奮するアリスさんの気持ちを蔑ろにしては、私の一人よがりです。
「じゃあ、えっと……守って、ね?」
少し情けないお願いをするので、恥ずかしいです。もじもじしてしまいます。
「! お任せ下さいっ。リッカさまには指一本……いえ、視線一つも通しません!」
アリスさんがひしっと私を抱きしめ、頬擦りします。頭を撫でられ、特大の気合を表現しています。
「では、食事へ」
「うん」
アリスさんが手を差し伸べてくれます。私はそっと手を乗せエスコートを受けるのです。いつもは私がリードしますけれど、今日はアリスさんが全てを引っ張ってくれるみたいです。
(これはこれで、嬉しいかも)
出来るなら私がリードしたいですけど、お姫様にもちょっと憧れがありますから。
キリッとした表情のアリスさんも素敵です。
白銀の王女様と赤髪のお姫様、ですか。白馬が似合いそうな王女様です。赤髪のお姫様は……正直、毒リンゴがついてきそうです。もしくは狼。
「リッカさまを食べようとする狼など、私が近づけさせません」
「ぅん……あり、がと」
美しく可憐、清楚にして静謐。そんなアリスさんが今は、激情と共に光る赤い瞳を真っ直ぐに、私を捉えています。私はその瞳に吸い込まれそうになってしまうのです。
食事にいかなければいけないのに、足が止まってしまいます。私の王女さまは、私を引っ張る事無く、私に歩調を合わせてくれました。
「リッカさま?」
アリスさんに見惚れてしまいました。可愛くて格好良いって、こんなにも心を奮わせるのですね。
っと……いけません。今日も予定は、詰まっているのです。もっとアリスさんと静かな朝を過ごしたいのは山々ですけど、シーアさん達も待っています。
「ぅうん。行こっか」
「もう少しなら、大丈夫です」
「ぇ――」
「今のリッカさまを、他の人には……」
「ん……」
アリスさんが私を抱きしめ、そのまま浴室へ。
「シーアさん達、待って」
「もう少し、このままで居ましょう」
今日のアリスさんは、甘えん坊……? ですね。んっ……私、にやけ顔になってます。確かめたいけど、鏡は背中側……。
「巫女さーン」
「少し、身嗜みを整えています」
「ふム。でハ先に頂いてますネ」
「はい。すぐに、向かいます」
思えば、戦争の後私が目覚めてからのアリスさんは、こうでした。きっとその時を思い出してしまっているのです。私が簡単に、死んでしまう気がして、気が気ではないのです。
(心配かけちゃう戦い方しか出来ないのが、心苦しい)
私の戦い方が、魔王やマクゼルトと戦うために必要な物なのは確定しています。魔法を使う時間を稼ぎ、惹き付け、隙があれば私が斬る。アリスさんと組んだ私は最強であると、強く想っています。
でも、二度……マクゼルトとの戦いでアリスさんは、何も出来なかったと思ってしまっています。そんな事無いと、心のどこかで認めていても、アリスさんの心は認めたくないという想いもあるのです。それは全て、私が傷ついてしまったから。
(もっと避けて、もっと上手く攻撃を相殺しないと。もっと鋭い斬撃を手に入れて、もっと素早く動く術を身につける。それは勝利に繋がって、アリスさんの安寧にも)
アリスさんを抱き返し、私は囁くように、アリスさんに告げます。
「アリスさんの守りがないと、私……簡単に壊れちゃうから……」
「はい……」
「頼らせ、て?」
自分が誓うのではなく、私はアリスさんに助けを求めます。もう、一人では限界が来てしまっているのです。新しい何かがなければ……短期間で強くなることは出来ません。
だから、頼ります。私の大切な、アリスさんは……私を、守ってくれると信じているからです。
「もちろんです。すぐに追いつきます……。貴女さまを守る、新しい力を……」
「うん」
抱き合っていた手をお互い離し、指を絡めあいます。誓うように、額を合わせ目を瞑りました。アリスさんの心も、私は守りたい。私を助けたいというアリスさんの想いを、私は遂げさせたい。
「アリスさんが私の為に作ってくれる物全部……暖かい。私、大好きだよ」
「――――っ!? は、はい。リッカさまの為ならば、私は、いつであろうとも、も……っ」
キリッとした表情で、私を見つめてくれたアリスさんが、動揺すると同時に目をグルグルを回してしまいます。
「わ、わ」
「アリスさん?」
「い、いきましょう」
「うんっ」
可愛く、私の腕にしがみ付き、口元を手で隠し俯いているアリスさん。表情がころころと変わって、愛らしいです。先程までの緊張感もなく、ゆったりまったりと余裕のある状態が、一番なのです。