『トぅリア』後始末④
夢を……見ています。何故夢だと分かるかというと、ここが私が生まれた世界だからです。
(アリスさん達の世界の方が夢って事も、あるのかな)
そうなると私はかなり……妄想力逞しいのですね。アリスさんを想像するなんて、無理です。目の前に居て、目に焼き付けて、やっと夢想する事が出来るのですから。
やっと会えた彼女が夢だなんて、嫌です。早く夢から醒めて、彼女におはようって、言われたい。
「立花」
「お母さん」
もはや、遥か遠い昔に感じる、お母さんです。声も姿も、鮮明に見えます。周りを歩いている人たちは、顔がぼやけて見えたり、へのへのもへじみたいな顔をしてたり、するのに。
「帰るわよ」
「……それは」
「立花。言う事を聞きなさい」
「……」
昔の私なら、言い訳する事無く後ろを付いて行ったでしょう。でも今は、お母さんの言葉よりずっと大切な事があるんです。
「お母さん」
「立花。ダメよ」
「帰ります」
「そうよ。早く家に」
「ここに、私の欲しい物はありません」
「立花。悲しい事を言わないで」
「……行ってきます」
アリスさんが居ない世界。それが、私の本当。神さまが私を見出してくれなかったら、ずっとそのままだったのでしょう。胸に何も入っていないかのように、空虚です。力が入らない。私を私たらしめている全てが、なくなっているのです。
私の街を歩きます。森に向かって、一直線に。”神の森”になら、目を瞑っていても――
「ここ、どこ……?」
私が、この街で迷うはずが……。
「分かっとるだろ」
「……っ」
いきなり、後ろから声をかけられました。
「俺が初めから魔法を使っとったらどうなったか」
声をかけてきたのは、マクゼルトです。血だらけで、私がつけた傷を残しています。
多分、マクゼルトはこんな事を言いません。この言葉は、私が思っている事です。もしマクゼルトが最初から魔法を使っていれば、私はより苦戦を強いられ、奥の手を使う前にやられていたかもしれません。
「次は殺す」
負け惜しみ。普通の雑魚なら、一笑に付したでしょう。でもマクゼルトなら……次は分かりません。踏み込みをズラしたり、拳圧を私の予想より強く鋭く当てるだけで、私の対処法ではダメージを受けてしまいます。
私の避け方は、脆いです。だからレイメイさんに頑張って欲しいと言いました。私が次、マクゼルトに勝てると確約出来ないので。
マクゼルトが霧散し、消えました。私の心に残っていた不安が、夢になって出たのでしょう。これで、森に行けるのでしょうか。
森がやっと見えてきました。これで、帰れる。そう思ってたのです。……でも、どんなに歩いても森につきません。目の前に、あるのに。
「帰りたくありませんか?」
「アリス、さん」
森の前に、アリスさんが立っています。私は一目散に、駆け寄ります。
アリスさんには近づくことが出来ました。でも、森には……近づけません。
「このまま、こちらで過ごしても良いのです。私も共に、居ますから」
アリスさんなら、こう言ってくれる気がします。でもこれは、私の願望。
死闘を越えたにも関わらず、自分に納得出来ていません。アリスさんを守るという約束を取り戻すことが出来たとはいえ、戦いは無様としかいえない出来です。アリスさんに心労を与えてしまっては、本末転倒なのです。
そんな後悔が、私の足を止めているのでしょう。
「私の心の、アリスさん」
「はい。リッカさま」
「すぅー……はぁー……」
深呼吸して、アリスさんに尋ねます。
「私は、頼りないかな」
「リッカさまが居ないと、私は前に歩けません」
我ながら、甘いと思います。いかにアリスさんに甘えているか分かります。
「一緒に、行って良い?」
「どこまでも、永久に」
所詮は、私の妄想。このアリスさんは、私の都合に合わせてくれます。だから、本物に会いたい。
「行こう」
「はい。私もきっと、待っています」
「……うんっ」
私は一歩、森に……入りました――
目が覚めると、アリスさんが私の横に居てくれました。じっと私を見て、目が合うとにこりと笑みを見せてくれるのです。
「おはようございます」
「うん。おは、よう」
いつの間にか、堕ちてしまっていたようです。
「どれくらい……」
「六時間程、です」
「そっ、か」
日が高く昇り、昼を過ぎている事を伝えてくれます。
「……」
アリスさんがそっと私を抱きしめます。壊れ物を扱うように、そっと……です。
私の上に覆いかぶさり、唇を噛むアリスさんの気持ちが、伝わってきます。人質を使われ、思うように動けなかったアリスさんは、刀がなくて囮しか出来なかった時の私に似ています。もどかしくて、辛いのです。
「何も出来ないって……辛いの、ですね……っ」
アリスさんが涙を流します。
「アリスさんが居てくれたから、マクゼルトの意識が分散してたんだよ? 本当ならもっと……攻められてた」
アリスさんが常に隙を窺っていてくれたお陰で、マクゼルトの意識は少しだけ、私に集中しきれていませんでした。何も出来てないなんて事、ありません。私を助けてくれたのは間違いなく、アリスさんです。
「傷つくリッカさまを見続けるだけなんて……二度としたくありませんっ」
私に馬乗りになり、目を見て切実に……涙がぽろぽろと私の頬を打ちます。
「私は、リッカさまを……っ……」
何かを言いかけて、ハッとした表情を浮かべました。何か、溢れ出そうだったのでしょう。
「とにかく……しばらくは、安静にしていてください……」
「うん」
アリスさんを抱き寄せ、ゆったりと抱きます。
(アリスさんをこれ以上心配させたくない……)
一緒に戦っている時ですら心配させてしまうのに、傍観者にさせてしまっては……昔に逆戻りです。
(アリスさんを傍観者にさせない方法……人質を取られるのだけは、絶対避けないと)
「リッカさま。安静にしてください」
「う、うん」
考えるのは、休んだ後ですね。アリスさんが私の胸に顔を埋め、ぐりぐり擦りつけ抗議を上げているので。
「シーアさん達は、大丈夫?」
「はい。船に戻っていますよ」
「あまり確認出来なかったけど、無事なら……良かった」
アリスさんの状態しか、見る暇がありませんでした。チラッと見た感じ怪我はなかったと記憶していますけど、心配でした。
「さぁ、休みましょう。リッカさまが疲れたままでは、皆さんも安心出来ませんよ」
「はーい……」
せっかくなので、アリスさんの顔をもっと見たかったのですけど、アリスさんの安心しきった表情を見れたので、よしとします。
「リッカさま……」
「うん?」
「……」
アリスさんも、疲れていたのでしょう。眠ってしまいました。何かを伝えようとしていたようですけど、ゆっくり待ちます。私は生きているんですから、いつでも聞けます。
「おやすみ。アリスさん」
こんな時、敬称をつけずに名前だけ呼べれば格好いいのでしょうけど……なかなか、呼べません。
「アリス…………さん」
くっ……。不貞寝しましょう。夕方くらいに、起きれたら良いですね。
「………おやすみなさい。リッカ」
城の玉座の間にて、魔王と少女が静かに座っている。
「かえってきたー」
少女がとてとてと入り口に走っていく。
「戻りました。魔王様」
「ご苦労。マクゼルトは」
「こちらに」
恭しく頭を下げた影からマクゼルトが出てくる。影はそのまま、居なくなったようだ。
「……」
「ぼろぼろだねーまっくー」
不貞腐れたマクゼルトが、地面に雑に座る。
「話を聞こうか」
「……負けたよ。あぁ、負けた。あの馬鹿が割って入らんかったら死んどった」
「それすらも防がれた訳か」
「あぁ。俺と戦っとっても、巫女だけは注意しとったらしい」
やっぱ化け物だよ。あいつぁ。と、マクゼルトは呆れた様に息を吐く。
「ってか、魔力で打ち消すとはな。あんな方法があるとは思わんかった」
「赤の巫女以外では出来ないだろう。最初から魔法を使わなかったのは失敗だったな」
「たのしみたいもんねー」
少女がマクゼルトの怪我をぺしぺしと叩いている。
「痛ぇからやめろ」
「深いな。完治は無理か」
「まぁ、間に合わねぇだろうな」
腕の傷が特に深く、完治まで時間を要するようだ。
「戦えれば良い。頼んだぞ」
「あぁ、来い。我侭娘」
「わーい!」
マクゼルトが少女を連れて行く。
「赤の巫女、ロクハナリツカ。異世界か。ふむ」
魔王は表情を変えない。しかし、その見えない仮面の下は――。
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