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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
42日目、故郷なのです
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『トぅリア』後始末③



「分からんか」


 一向に話の進まない村民達に、声がかかる。鍛えられた体は切り刻まれ、腕は今にも千切れそうになり、魔力の消耗も著しい状態にも関わらず、その場に居る者を縫い付ける程の畏怖を含んでいた。


「マク――」

「納得は()()の為だ。許した記憶はねぇ」


 慰霊碑の前、そして村で――風船が割れるような音が何度も起こる。


 アルレスィアはしっかりと感知を行った。リツカですら安堵し、意識を手放した。レティシアとウィンツェッツも、まさか戻ってくるとは思っていない。意識の隙間を縫う行動は静かに、それでも苛烈に行われていく。


「わざわざ戻って何をするかと思えば」

「悪意の回収も済んどるんだろ」

「えぇ。それは恙無く」


 事を終えたマクゼルトと影の男が話している。


「今度こそ帰りますよ。赤の巫女はもう戦えないでしょうが、巫女はまだまだ戦えますのでね」

「赤の巫女と違って巫女には負けんがな」

「魔王様と貴方は赤の巫女を重視していますが、私はどちらかといえば――」


 闇に溶けていく二人は、雑談をしながら撤退した。




「巫女さーン」


 船に戻ったレティシアがアルレスィアを呼ぶけれど、返事は無い。


「寝てるんでしょうカ」


 鍵を開け、船室に入っていく。その後ろから、ウィンツェッツも続いている。


「……」

「あ?」


 レティシアが立ち止まり、後ろを向く。


「何してるんでス」

「自分の部屋に」


 ウィンツェッツは自室に用があるようだ。でも、今から巫女二人の部屋に行こうとしているレティシアにはある予感がしている。


「後にしてくださイ。氷と風よ(【グラソ・クゥ】)()道となりて(【リヴァン・クゥ】)かの者(=【プロティ】)を運べ(・イグナス)

「って……だから魔法でやんなっつって―――!!」


 ウィンツェッツが甲板に投げ出される。レティシアはため息をついてそれを見送った。


(こういう時、お二人は大抵――服を脱いでますからね」


 やれやれ、と大袈裟にジェスチャーし、船室に向かった。


「巫女さーン。入りますヨ」

「…………は、はい。どうぞ」


 少し慌てるような音が聞こえ、しばしの沈黙の後アルレスィアから許可が下りる。


「何してたんでス?」

「看病、していただけですよ?」


 レティシアの目はリツカの方を向く。その視線を遮るように、アルレスィアが移動する。


「……」

「……」


 しばし睨み合い、反復横飛びのように二人が攻防を繰り広げ始めた。


「ふぅ……リツカお姉さんは大丈夫なんでス?」

「少し……いえ、かなり魔力を消耗しています。今日は起きれないと思います」

「そうですカ……。生命に別状はないんですよネ」

「はい。ですけど……あれだけの魔力を撃った割には、消耗が少ない程でして……」


 アルレスィアもずっと緊張していたからか、疲れを滲ませてリツカの容態を伝えている。


(今日は安静にしてもらった方が良さそうですね)

「消耗ガ、少ないくらいですカ?」


 すぐにでも村人との関係が拗れた事を伝えようと思っていたレティシアだけど、二人が万全の状態になってからでも良いと思いなおす。


「あんなに撃ったんですヨ? あれはリツカお姉さんの魔力総量を超えていたと思うのですけド……」

「私もそう思ったのですけど……リッカさまの限界を超えた後からは、減っていなかったようで」

「……? どういう、ことです?」

「私にも何がなんだか……」


 アルレスィアとレティシアが頭を傾げる。すでに常識から外れすぎているリツカだけど、またここで二人の常識を覆してしまう。


「それでも、限界を超えている事に変わりありませんので」

「そうですネ。私達が見た魔力より少ないってだけデ、使いすぎって事実は変わらないんですヨ、ネ」


 絶技とも言える武と魔法の極地である魔力運用を見せたリツカ。何故魔力消費が途中から減ったのか、二人には分からない。リツカが何かをしたのかもしれないけれど、本人に聞く事は……今は出来ない。


「話は私が聞いておきましょう。村民は、何と?」

「あー……いエ。それはリツカお姉さんが起きてからにしましょウ」

「……何かあったのですか?」

「まァ、言い辛いのは確かでス」


 はぐらかそうと思っていたレティシアは、アルレスィアの座った目線に視線を泳がせる。結局、アルレスィアには話すことにした。



「リツカお姉さんに話すかはお任せしまス」

「分かりました」

「先ず謝罪ヲ。村民はもウ、私達の話を聞いてくれませン」

「レイメイさんが何かしてしまいましたか」

「そうですネ。もともと確執があったのニ、任せたのが間違いでしタ」


 レティシアがそのときの状況を説明していく。すでに浄化をするのは絶望的な事。”巫女”に対する不信については、村民はライゼルトが死んだと思っており、それすらも”巫女”の所為にしている事。慰霊碑前での騒ぎは有耶無耶となってしまったものの、こちらの所為である事はバレており、和解出来ていない事。

 

「巫女さん達の顔はバレてはいないようですけド、ここに来ている事は分かっているでしょうネ。サボリさんが少し含みを持たせてしまいましタ」

「レイメイさんにとっては因縁のある村です。どうしても許せない部分や割り切れない感情があったのでしょう」

「気持ちは分かりますけどネ。今回に限ってはもう少し私情を殺して欲しかったところでス」

 

 相手の、余りにも呆れるような対応と考えを聞いたレティシアは、寸前まで沸騰寸前だった頭が一瞬にして冷めたのを感じていた。しかしそこは、因縁があるかどうかの差が大きかった。ウィンツェッツはこの村に対して、我慢出来ない感情を持っていた。


「そんな訳デ、村での浄化は難しいですネ」

「リッカさまは見捨てないでしょうから、今のうちから浄化をする方法を考えておきましょう」

「こういっては何ですけド、今回の村のような場所でハ、諦めることも必要だと思いまス」


 レティシアの提案に、アルレスィアは苦笑いを見せる。その苦笑いには様々な感情が混ざっていた。


「私も、そうは思っています」

「そうなんでス?」

「全員救えるとは、思っていませんから。どうしても無理ならば、前進を優先させる必要もあると割り切っています」


 アルレスィアは”巫女”だ。世界の悪意を許さず、目の前の弱者を助ける事に躊躇はない。それでも、先ず優先すべきはアルツィアから託された”お役目”だ。


「リッカさまは、後悔したくないのです」

「それでご自身が傷ついてたら世話ないですヨ」

「それは……私も、少し気になっているところです」

 

 時に、自分を犠牲にすることを厭わないリツカ。アルレスィアにはそれが悲しい。約束を重ねようとも、最悪の事態を避ける為にリツカは躊躇無く自身を差し出す。アルレスィアにはそれを止める事が出来ず……ただ、リツカの無事を祈り、帰って来た時に微笑を投げかける事しか出来ない。


「ですけど、私はそんなリッカさまを……大切に想っています」

「リツカお姉さんも同じ気持ちでしょうネ。だからそんなニ」


 レティシアが、アルレスィアの背に隠れているリツカを見ようと体を傾げる。すかさずアルレスィアが移動した。


 大切に想っているから、リツカが思うまま動けるように支援したいと思っている。大切に想われているから、リツカの為に動きたいと思っている。アルレスィアも結局は、リツカ主体で動いている。


「一体リツカお姉さんはどうなってるんでス」

「寝ているだけですよ」

「……本当でス?」

「……本当です」


 頑なにリツカを見せようとしないアルレスィアに、レティシアの好奇心は止まらない。何とかして見たいと思っているけれど。


(巫女さん相手に出し抜くなんて無理でス)


 レティシアが肩を竦める。


「残りの話はリツカお姉さんが起きてからにしましょウ。もしかしたラ、この村を諦めてくれるかもしれませン」

「許せない部分があるとはいえ、余り嫌ってはいけませんよ。この村の方達もまた、この混迷の時代において、何かに縋らなければいけなかった者達なのですから」


 アルレスィアに諭され、レティシアは目礼する。少し私情に流されすぎて、悪態をつきすぎたと自制する。


「どのような神を奉じようとも、アルツィアさまの愛に揺らぎはありません。私達はその想いを形にするために動くだけです」

「……分かりましタ。リツカお姉さんも同じ気持ちでしょうかラ、準備だけはしておきましょウ」

「苦労をかけます」

「良いですヨ。そのための私達でス」

 

 レティシアがにこりと笑い、部屋を後にする。アルレスィアはレティシアの背に、微笑み頭を下げた。本当に良い子で、頼りになると。リツカが気に入るのも分かるし、自分も気に入っていると。アルレスィアはくすくすと笑みを零した。


(……あれ?)

「私、巫女さんに話しましたっけ」

(村民達がアルツィア様以外を崇めているって)


 レティシアの疑問に答えるものは居ない。首を傾げたレティシアは、疑問を感じつつも部屋に戻って尋ねる事はしなかった。


(まぁ、巫女さんですし)


 リツカやアルレスィア、ライゼルトという常人離れした察知能力をもった者達に囲まれていたレティシアは、特に深く考えずに甲板に戻っていった。




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