『トぅリア』後始末
「村民が何を言うか賭けますカ」
「賭けになるのか? どうせ俺等を責める罵声しか出ねぇぞ」
「その第一声を当てようって話ですヨ。ここだけの話、村民が変な事を言えば私はキレる自信があるのデ、気を紛らわせようと思いましテ」
村民が余計な事をした所為で、リツカは攻め急いでしまった面もある。鉄球から助けてもらったにも関わらず、最初の言葉が謝罪か感謝でなければキレるだろうと、レティシアは自覚していた。
「この度はありがとうございましタ。でどうでス」
「自分から負けに行くとか、何か裏があるんじゃねぇだろうな……?」
まず出てこないであろう感謝の言葉。村の様子と村民の態度を知っている二人は分かっている。
「まァ、遊びですヨ。晩御飯のおかず一品ってとこですカ」
「……それはお前にとって損になるんか?」
「なりませんネ。巫女さんは私が満腹になるまで用意してくれますシ」
「遊びなら、そんなもんか」
本当にただただ、気を紛らわせる為のお遊びだと言うレティシア。ウィンツェッツも軽い気持ちで村民の言葉を予想する。
「ただ今日ハ、リツカお姉さんの看病があるでしょうシ、私が作ることになるかもしれませんネ」
「……勝っても負けても、俺が損する未来が見えるんだが」
「何言ってるんでス。そんなはずないじゃないですカ」
不穏な言葉に、ウィンツェッツが慎重になる。レティシアの笑みもまた、不安を煽ってくる。
「私が負けたら味見する権利を上げましょウ」
「やっぱ損じゃねぇか。阿呆が」
確実に余計な味付けをするだろう。そして、リツカとアルレスィアに運ぶ料理は完成された物にする為に、レティシアはウィンツェッツで調味するだろう。おかず一品どころではなくなるのは、目に見えている。
「それデ、どんな言葉が出ると思いまス?」
「……良く帰って来たな。ウィンツェッツってとこか」
「外しに来ましたネ」
「勝ったらてめぇの毒見係だろが」
「毒見とは失敬ナ」
ウィンツェッツに残された道は外す事。勝ちがなければお流れだ。
「デ、何を賭けるんでス」
「何だって良いんだが」
(どうせ外れるしな)
「じゃあ私が決めまス」
「……まぁ、良いぞ」
嫌な予感を感じながらも、ウィンツェッツは自分の常識を信じる。トゥリアという町は間違っても感謝はしないし、追放した者を労ったりしない。ライゼルトは別だろうけど、ウィンツェッツに良く帰って来たなどと言わないと、誰よりも知っている。
「晩御飯の選択権」
「は?」
「サボリさんが負けたラ、晩御飯は私が決めまス」
「おいそれは結局」
「味見役でス」
「……」
「どうせ勝者は居ないんでス。気軽に行きましょウ」
常識を信じ、自分を通して尚、レティシアという存在はウィンツェッツにとって天敵だ。
(選択を、間違えちまったのか?)
レティシアはウィンツェッツが賭けた言葉を聞いてから笑みを浮かべた。その事にウィンツェッツは気付いていない。
そもそも言葉を当てる等という賭けが成立するはずがない。ならばどうなるか。
村民達が近づく音がする。レティシアとウィンツェッツが迎える準備を始めた。二人を目視した村民は、ウィンツェッツを確認し顔を顰める。そして、一言。
「よく帰って来れたな。ウィンツェッツよ」
レティシアが心の中でニンマリと笑う。ウィンツェッツは純粋に、村民の言葉に表情を歪めている。
「私の負けですネ」
「……何?」
隣からボソッと聞こえたレティシアの声に、ウィンツェッツが思わず聞き返す。村民への対応も忘れ、レティシアを見てしまった。
「ここで何をしているのかね」
「チッ……お前は後だ。何をしてるも何も、今から帰るとこだ」
レティシアとの話を切り上げ、村民への対応に戻る。
「ここは慰霊の場だ。こんなに滅茶苦茶にして、何を考えているんだ」
「文句は別の奴に言ってくれ。俺等もここで戦うつもりはなかったんだからな」
「成長しないな。ライゼの教育があってそれでは、生まれつきなのだろう」
ウィンツェッツがキレた事を感じ取ったレティシア。いつもなら止めるけれど、今回ばっかりは止める気はない。相手は明らかに、こちらが悪いと思ってきている。
説明は言い訳にしかならず、相手の考えを変えることは出来ない。そう思わせるだけの意識の差が、レティシアには感じ取れていた。
「マクゼは何処に居る? 生きていたと聞いたが」
「さぁな」
「恍けるな。お前達と戦っていたのは知っている」
(相も変わらず決め付けと不遜か)
追放された時と変わらず、初めからウィンツェッツが悪いと決め付けて話してくる村民達に、レティシアが呆れている。ウィンツェッツに任せてしまうか迷っているようだ。
「私が話しまス?」
「いや、お前ぇはそこに居ろ。ガキに言い負かされたとあっちゃ、余計拗れんだろ」
確かに。と、レティシアが頷く。
レティシアなら言い負かせるのは分かっていると、ウィンツェッツの口ぶりからは感じ取れる。実際穴だらけの決め付けなのだ。レティシアのような無関係な人間からの言葉の方が効く。
「そんで。俺が何したってんだ。確かにここで戦ったのは悪ぃと思ってるが」
村民数十名でやってくる程の事だろうか、と。
「マクゼと仲違いでもしたのか?」
「仲が良かった時なんかねぇよ」
話が見えてこない事に、ウィンツェッツが再びイラついていく。
「何か言っていなかったか?」
「あ? 言ってねぇよ」
「マクゼとの喧嘩、何をした?」
(まるでマクゼルトが良い奴みてぇに言いやがって、殺されかけた奴はどんな伝え方したってんだ)
ウィンツェッツがため息を吐く。
「こっちは何もしてねぇ」
「嘘をつくな。マクゼが理由無く暴力を奮うことはない」
「話にならねぇ……。何が言いてぇか用件だけ言え」
ウィンツェッツが遂に、イラつきを前面に押し出す。声を荒げる事はしないけれど、村民はウィンツェッツからの威圧に後ずさる。
「すぐに、立ち去れ」
「何だ。処刑でもするのかと思ったが」
ただ退去を命じるためだけにしては、相手は殺気立っている。
「そのまま下がっても良いが、一つ答えろ」
「……何だ」
交換条件を提示してきたウィンツェッツに、不承不承といった様子で頷いている。断れば何をされるか分からないと思われたようだ。
「もしこの村に”巫女”が来たらどうなる」
「……質問の意味は分からんが」
「ただの好奇心だ。見た事ねぇ教会と石碑が建っとるからな」
訝しむ村民に、ウィンツェッツは平然と答える。
「……あ、お前等……!!」
「あァ、やっと気付いたみたいですネ」
「基本的に、他人に興味をもたねぇからな」
一人の男が声を上げる。レティシアとウィンツェッツが村についた時に話を訊いた村民だ。
「どうした」
「コイツら……教会の事を聞いてきた連中です……ッ」
「一体何を訊きたいのだ。お前達は」
「だから、好奇心だと言っとる」
「決まっている」
「……異端者は火あぶりと決まっている」
「世界から見ればお前等の方が異端者だがな」
挑発をするウィンツェッツ。しかし村民は、そんな事を気にせずに続ける。すぐに話を終え、ウィンツェッツにお引取り願いたいようだ。
「ライゼは巫女の所為で死んだのだ。お前も本当は恨んでいるのではないか?」
「ライゼは死んでねぇ」
「そう思いたい気持ちも分かる。何しろお前はライゼにべったりだったからな」
半分諦めているけれど、それでもウィンツェッツは反応してしまう。ライゼルトが生きていると信じここまで来たのだから、そのウィンツェッツが最初に、ライゼルトの死を認めるわけにはいかなかった。
「ほゥ」
今とは違い、ライゼルトの事を尊敬し、父と慕っていたのは知っていた。しかし、べったりとまで言われる程だとはレティシアは初耳だった。
「コイツの前で阿呆な事言うんじゃねぇよ」
新たなネタに目を輝かせたレティシアを見ながら、頭を抱える。強く否定しないあたり、本当の事なのだろう。
こちらの考えなど関係なく、ただ自分達の現実を話す村民たち。その姿は、この世界の黒い部分を如実に表していた。
現実逃避と無関心。心の平穏を手に入れるために、面倒事からどこまでも自分を遠ざける。リツカが少しずつ気付いている。この世界の暗黒。