私の戦い
悪意を感じ取り、私たちは現場へ急ぎます。
(集落を襲ったマリスタザリアと、同じくらい?)
あの時は、無我夢中で倒しましたが、あの時は神さまいわく……焼ききれ、無理やり馴染んだ魔力による魔法の暴走とのことです。つまり……。
(今の私に出来るのは、自分を強化する事と、武器を強化する事だけ……)
木刀がないと、強い魔法は制御できません。できるのはこの二つ。
(本当なら、もっと魔法覚えたかったけど、時間なかったし――っ)
この二つで乗り切るしかない。このくらい乗り越えないと、先には進めないのだから。
「アリスさん」
アリスさんなら、すぐに制圧できるでしょう。杖があり万全のアリスさんなら。だけど、頼りきってはいけません。まずは、自分が強くならなくては…………っ!
「はい……リッカさま」
私と同じ速度、いえ、たぶんもっと早く走れるであろうアリスさんが、息を切らすことなく応えてくれました。
「このマリスタザリアは、私だけでやらせて?」
怒られるでしょうか?
「――必要な、ことなのですね?」
「うん、ここで一人で戦えないと。アリスさんを守るなんて絶対できない」
アリスさんは困惑しながらも、しっかりとした声音で理解をしめしてくれます。私は、強くなるんです。その為の儀式です。
「……わかり、ました。ですけど、危なくなったら、介入します。絶対です」
これが条件です。と念を押されました。
「うん、わかった」
私の、二度目の戦いが始まろうとしています。
魔法は連続発動できます。
私の【フォルテ】と【アフィネ】という、自身”強化”と刀剣”精錬”を同時に発動させる事が可能です。
これが、制御するということ。普通の人なら、問題なくできることが、私とアリスさんには媒介なしでは行使できません。
ですけどそれはあくまで、オルイグナス、全力発動と呼ばれるに限っては、です。イグナス、通常発動ならば剣と杖が無くてもいけます。ローブは必要ですけど。
武器無しで出来ることは、得意魔法のイグナスと不得意魔法のイグナス。出来ないことは、得意魔法のオルイグナス、”光”魔法の全て。
不得意魔法のオルイグナスは、私達以外の人々もできません。得意魔法のみオルイグナスを行えるのです。
これが私の知っている魔法の基本ルール。これさえ理解できていれば、あとは強く想うことだとオルテさんから聞きました。
(”光”はまだできない……)
本当は昨日の夜教えてもらうつもりだったのですけど、私がのぼせてしまったので出来ませんでした。ごめんなさいアリスさん。
(でも、出来る範囲でも戦えないと……この先行き詰る)
今の私の全力で、アリスさんの期待に応える――!
到着したとき、息を飲みました。今まさに行商と思われる人が襲われていたのです。
散乱する、荷物。今まさに……逃げ惑う馬と、行商の方々。襲い掛かろうとしている、馬のようなマリスタザリア。
私は腰の剣を抜き――。
「――私に鋭き剣と強さを……!」
強化された体で地面を全力で蹴り、一気に差を詰めます。私のローブが赤く煌き、赤い線のようになって敵の真横につきました。
その勢いを殺す事なくマリスタザリアの、今まさに踏み抜かれようとしている足を切り裂くのです。
痛みで後ろへ倒れこむ敵と、行商の間に体を滑り込ませ、剣を行商を守るように横に構え、睨みました。
(切り落とせなかったけど、剣は無事、次は落せる)
オルテさんから譲り受けた剣は、特に装飾など凝ったものはなく、見た目に大きな変化はありませんでした。しかし切れ味はあの日のものとは比べ物になりません。
(このまま一気に片付ける……!!)
今まさに起き上がろうとしているマリスタザリアを睨み、剣を脇構えに変え、滑るように地面を滑空し、マリスタザリアの横腹から肩へ、切り上げました。
マリスタザリアは、声をあげることもなく――絶命しました。
(奇襲からの、速攻……。問題なか――っ)
「なぁ……え?」
横からの威圧感を感じ、咄嗟に後ろへ飛び、行商を抱え横飛び気味に転がります。驚かせてしまいましたけど、もう少しの間大人しく願います。
私が居た場所に、ニ体目の馬のマリスタザリアの足が突き刺さっていました。戦いはまだ――終わっていないので。
「に、ニ体目!?」
逃げた馬がマリスタザリア化した……?
「リッカさまっ!」
「アリスさん! この人たちお願い!」
アリスさんが駆け寄って来ようとしているのを、私は止めました。まだ個人戦に拘っている訳ではありません。
行商に逃げるように促し、再び対峙します。
(ここからが、本番っ)
先ほどは強襲でしかありまえんでした。これからが本当の、私の戦い……! 一体も逸らす事は出来ません。守るべきアリスさんと、住民が、居るのですから。
私の動きに警戒しているのか、動きを伺っています。
(ホルスターンより、純度の高い殺意……?)
あの時の悪意は嬲りたいという欲が強かったといいます。つまり――。
(この敵は、殺意が強い)
殺人鬼と相対したことはありません。これが、殺すための攻撃を行う敵との初戦。
(マリスタザリアの攻撃なんて、全部即死級だって――っ)
嬲りたいといいますけど、嬲れていたのはオルテさんの防御力があってこそ。私は、一撃で死にます――っ。
私の強化は、あくまで身体能力の向上のようなもの。イメージ通りに体が動くようになりますし、それができるくらい体が強化されています。
でも、体の耐久度は然程上がっていません。元々ひ弱な体。一撃で、終わりです。
(集中して……。今まで習った全てを、思い出して)
逃げ足を残した、奇襲時に見せたものよりも遅い突進をしかけます。その突進に対し、マリスタザリアは横に大きく地面を蹴るように、避けました。
(攻撃しないで、間を取る。冷静、厄介)
攻撃をしかけてくれば、どの形でもカウンターを決めることができるようにしていました。
なのに……私の出方を伺うような、観察されているという気持ちが起こるほど冷静な対応。ホルスターンより格上の敵です。
(悪意の純度が高いの……?)
時間をかけるのは、得策ではありません。生まれたてのこのマリスタザリアは、ここで仕留める……っ!
(より、深く鋭く速く激しくっ!!)
蹴り足を爆発させるかのごとく迸らせ、敵の懐ではなく、真横……左側に並ぶかのように踏み込みます。
敵がまた、回避をとりました。もっとも開け、私から距離をとれる――私が居る方とは逆の方へ。
「――シッ!」
息を短く吐き、踏み込んだ勢いのまま、瞬きする間もない程の速度で逆時計回りに回転しつつ、剣を上段に構え直し――そのまま袈裟に、切り下しました。
マリスタザリアは、肩から腹にかけて深々と斬り口ができ――絶命しました。
「……」
死屍累々……。血や、内……臓が、草花を汚している光景を私は……呆然と、眺めていました。そんな私の耳に――。
「――ゥ"ォ"」
「ぇ……?」
今まさに、倒れたマリスタザリアから……人の言葉のようなものが、聞こえた気がしたのです――――。