『トぅリア』激闘⑧―⑥
「お前達何をしてる!」
戦場に、場違いな声が響く。
「ここがどういう場所か分かっているのか!」
「おい下がってろ」
状況の読めていない村人に、ウィンツェッツが声をかける。アルレスィアとレティシアは、村人どころではなかったからだ。
「お前、見た事あるな」
「どうでもいい。下がってろ。アレが見えねぇのか」
恨みしかない相手だけど、ウィンツェッツは助けるつもりで提案している。恨みが言葉使いに出てしまい、ぶっきら棒となってしまっている事を除けば、成長していると言える。
「ライゼ……? いや、マクゼさんか……!?」
「あ? ――おっと」
村人に反応したマクゼルトに、リツカが攻撃をしかけようとした。しかし、マクゼルトは油断していなかった。リツカは村人を気にしながら後退し始める。
(邪魔と判断されれば、マクゼルトはあの人を殺しに行く。その時に隙が生まれるけど、あの人は確実に死ぬ……!)
リツカの焦燥を知ってか知らずか、マクゼルトはリツカについて行こうとしない。
「し、死んだはずじゃ……」
「死体が見つかっとらんのに、死んだも何もねぇだろ」
「そ、そうだよな……」
顔も見ずに、簡素に答えるマクゼルト。村人とマクゼルトの間に何かあったようだけど、リツカは詮索する気もなければ、余裕もなかった。
(付いて来ない……。何する気……?)
「分かってますよね。私があなたの相手ですよ」
リツカは自身に意識を向けさせる為に口を開いた。
「せっかく楽しんでたってのに」
マクゼルトはリツカの言葉を聞かずに、村人を見ている。
「マクゼさん……その姿一体何だって――」
「うるせぇ小蝿だな」
「……っ!」
マクゼルトが懐に手を入れ、町民に何かをしようとしている。リツカは不本意ながら、マクゼルトを止める為に斬りかかった。
「俺を失望させるな」
マクゼルトが体を反らし、リツカの攻撃を避ける。リツカは避けられる事を見越し、そのまま村人とマクゼルトの間に入った。
他人を守る為に、自らを犠牲にする行動を取ったリツカに、マクゼルトが白けた顔を向ける。マクゼルトがその気であれば、リツカは手傷を負ったことだろう。
「その手に持ってるの……鉄球ですね。そんな物投げられたら、アリスさん達が巻き込まれかねません」
あくまでアルレスィアを守るためと、リツカは刀を構えなおす。鉄球を投げさせないと、その目は言っている。
(ここは、私が――)
「動くな」
レティシアとウィンツェッツの檻が狭まる。アルレスィアが動こうとしたのを、マクゼルトは見逃さなかった。
「っ……」
アルレスィアが苦い顔をする。リツカの為に何も出来ない事が、何よりも辛い。
「そんなに守りたいんか」
「……」
「守って見せろよ」
予備動作なく、マクゼルトの手から鉄球が放たれる。
「――っ」
「へ?」
リツカはそれを――横に斬る。上部は村人の頭上を掠め、下部は地面に大きなクレーターを作り出した。村人の間抜けな声は、土埃と舞い上がった落ち葉に呑まれる。
「ほう」
「……楽しまないで」
リツカの怒りを物ともせず、一つ二つと追加で投げていく。リツカは連続で飛んでくる鉄球のうち一つを同じように斬り、もう一つをそのまま流す。
一つは同じ結果となり、もう一つは町民の遥か上へ飛んでいった。もし後者も斬っていれば、下部が町民を砕いていただろう。
「遊ばないでください」
「邪魔者が居たら、あんさんが集中せんだろ。今みてぇにな」
マクゼルトが命の保障をしたのは、アルレスィア達だけだ。それ以外が死んでも知ったことではないのだろう。現に、アルレスィアが動きを止めてからはレティシア達の檻に変化は無い。鉄球も、リツカが選択を誤らない限りはアルレスィア達の方に飛ばないようになっている。
「ま、マクゼさん……怒ってんのかい? ライゼを追放した事を……! しかしあれはアイツの息子が――」
「邪魔と言っとる」
再び鉄球を投げようとしたマクゼルトに、リツカが斬りかかる。二度も投げる姿を見れば、止める事は出来る。
しかし、リツカの斬撃は――マクゼルトの腕を落とせなかった。
(筋肉で、私の――)
「つまらん終わり方だったな」
(刀抜けない……っ!)
マクゼルトの拳が近づいてくる。
「リッ――カ――っ……!」
アルレスィアの叫びが、ゆっくりとリツカの耳に届く。
(死ねない……!)
目を閉じたリツカの前を、マクゼルトの拳が――過ぎ去った。
「巫女さン……!」
もう自分達に構う必要はないから行けと、レティシアが促す。
「…………」
「巫女、さン?」
「おい、様子が……」
目を見開き、リツカを見ているアルレスィアを、レティシアとウィンツェッツが困惑しながら見ている。
「また……」
アルレスィアが小さく呟く。
「また、同じ……」
杖を強く握り締め、震えている。しかしその目は、赤い魔力を見つめていた。
(手前ぇを蔑む連中を助けて死ぬたぁ、つまらねぇ最期だ。巫女らしいと言やそれまでか)
マクゼルトは、リツカの呆気ない最期に嘆息する。そして、左腕にめり込んでいる刀を抜こうと手を伸ばし、ふと、気付いた。
(何で、こいつ)
「――っ!!」
「ッ!」
マクゼルトの左腕に衝撃が走る。刀が抜け、消える。白刃は再び煌きを取り戻し、マクゼルトの眼前に迫っていた。
「コ、ノ……ッ!」
体を反らし、二歩後ずさるマクゼルトの頬が、薄く斬れていた。
自身の傷を確認し、目の前を見る。
「おいおい……」
マクゼルトは視線を鋭くさせ、睨む。
(確かに当たったよな)
マクゼルトは手応えを感じていた。拳圧は確実に全てを破壊したはずだった。
(チッ……。アイツの言うとおり、か)
思い出すのは、ここに来る前に魔王が言っていた事だった。
「マクゼルト」
玉座に座った魔王が、不貞腐れているマクゼルトに声をかける。
「何だ馬鹿」
「赤の巫女には、気をつけるんだな」
「あ? 俺との契約を無視した馬鹿が何の冗談だ?」
リツカと戦った事を根に持っている。いつもの遊びならまだしも、戦闘し手傷を負わせた。完全に殺す気であった事は分かっている。「俺がやるから手を出すなと、あれ程言ったにも関わらずこれだ」と、マクゼルトの腸は煮えくり返っていた。
「赤の巫女はお前より」
「無視すんな」
マクゼルトの怒りを無視し、魔王は告げる。
「強いぞ」
その表情は、不気味な笑みに染まっていた。
「……チッ」
マクゼルトが歩き出す。怒りながらも、魔王の言葉を噛み締めているようだった。
(油断なんざしとらん。疲弊しきったコイツの弱点を突いただけだからな。だから万全のコイツとやり合いたかった)
マクゼルトはあの日の事を納得していなかった。命令はこなした。しかし、あのような形で殺しても意味が無いとも思っていた。
(俺より強ぇ、か。んなこたぁ、分かってんだよ)
一撃で仕留めきれるはずだった。しかし避けられた挙句、今この場で対峙している。
(何でアレだけの傷を受けて、俺の前に居られる)
斬れた頬を指で拭い、構えなおす。
「何をした?」
「……」
額からは血が流れている。よく見ると、目からも少量流れているようだ。ケホッ、と咳き込むと、血が流れてくる。
あの時を彷彿とさせる姿だけど、決定的な差がある。
「何で立っとる」
刀を持つ手に力がある。両脚で立ち、地面を踏みしめる。瞳は赤く光輝いている。地面に血溜りを作り、足と手は微妙に震えている。体は時に傾ぎ、咳き込む。それでもリツカは、立っている。
「さぁ」
力のある声で、リツカが宣言する。
「第二ラウンドと、いきましょうか」
刀をマクゼルトに突きつけ、魔力を煌かせた。
「あなたじゃ、私を殺せない」
「……チッ」
ダメージの差は圧倒的。少し押せば倒れるはずのリツカに、マクゼルトは気圧されている。得体の知れない存在に、マクゼルトの心が揺らぎ始めていた。




