『トぅリア』激闘⑧―⑤
「クソが……」
ウィンツェッツは、目の前に居るマクゼルトから敵として見られていない事に腹を立てている。それがお互いの実力差を如実に表していた。
「巫女もここに居ろ」
「……」
歩き出したアルレスィアを、リツカが手で制する。
「先に、離れてくれませんかね。私は貴方を信じていない」
「用心深い事だ。ま、良い。来い、ロクハナリツカ」
マクゼルトがレティシアとウィンツェッツから離れる。リツカはそれについて行く。
「ぁ……」
離れるリツカの背に手を伸ばすアルレスィア。リツカはそれに気付いている。しかし、停まらない。停まれば、決意が揺らぐと、背中が語っている。
「……っ」
レティシアはそんな二人を見てしまい、焦りを加速させてしまう。
「何とかなんねぇのか……!」
「出来たラ、さっさとしてまス」
「落ち着いてください。機会は、来ます。それまでに、準備を」
一番動揺しているはずのアルレスィアの言葉に、ウィンツェッツもレティシアも黙るしかなかった。
(お前が一番……クソッ)
(”風”と”水”は何とか……。しかシ、”雷”がそれすらも邪魔を……。それに、黒い魔力が邪魔です……!!)
ウィンツェッツとレティシアにも、焦りは伝播していく。もはや三人は、まともな思考が出来ない。当事者であるリツカと違い、三人は知っている。マクゼルトの一撃で生死を彷徨ったリツカの姿を――。
「……」
「先に聞きてぇ事とかあんじゃねぇか?」
「……この戦いの意味とか、魔王の真意とか、色々ありますけど」
リツカは刀をゆったりと持ったまま、マクゼルトを真っ直ぐ見ている。
「ライゼさんを如何したんですか」
「あんさんに何の関係があんだ?」
「弟子ですし、魔王討伐を手伝うという約束を反故にしたちゃらんぽらんに文句言いたいので」
「カカカッ」
リツカは――自分を助ける為とはいえ、約束を破った事が許せないようだ。
「いつも私に、命の在り方を説いていたのに――ライゼさんは本当に、生きる努力をしたのか。問わないと気がすみません」
「成程。馬鹿だな。あんさん」
ライゼルトのような物言いに、リツカが顔を顰める。
「神の所で、自分で聞け」
「……」
リツカは短く息を吐き、戦闘態勢を取る。そして、マクゼルトも。
「奇襲なんざ俺の柄じゃねぇ。正面からぶっ殺してやる」
(……)
心底、戦いを待ち侘びていたと嗤うマクゼルトを、リツカは冷めた目で見ている。瞳から、”巫女”としての光が消えていく。そこにあるのは、眼前の敵を殺すためだけに煌々と光る赤を携えた――戦士の目だ。
「人殺しが出来るようになっとって安心したぞ」
マクゼルトは話すのを止めない。それが己の戦闘スタイルだといわんばかりに、話す度に闘気が高まっていく。
「手前ぇの敵を殺したくれぇで狼狽しとったガキの相手なんざ、求めとらんからな」
リツカは何も答えない。しかし、これがリツカの戦闘スタイルだ。喋りたい相手は喋らせればいい。呼吸を自ら乱す愚は冒さない。静かな怒りと殺意を、刀に込めていく。
(初めから殺す気で行く)
マクゼルトは殺し合いだと喜んでいる。しかしこれは、ただの殺し合いじゃない。少なくともリツカにとっては、必要な儀式だった。
(あの時出来なかった、戦い)
リツカは悔しかった。目の前で大切な人が危険に曝された事が。
(あの時守れなかった、戦い)
リツカは怒った。それを眺めるしか出来なかった自分に。
(あの時忘れた物を、取り戻す)
リツカの魔力が荒ぶる。激しく明滅を繰り返し、リツカを覆う。その明滅は、アルレスィアにも届いている。激しい想いと共に。
(私が守れなかった約束を、今ここで……!!)
(リッカ、さま……)
アルレスィアが祈る。
(どうか、勝利を……)
アルレスィアの祈りが届いた瞬間、リツカは――光となった。
「カカッ!」
「――!!」
マクゼルトも、風のように消える。
正拳突き。リツカの顔面、鼻先に圧を感じたリツカは、大きくしゃがみ込み、拳圧に身を任せマクゼルトの背後に流れる。
「――シッ!」
「そんな避け方もあんのか……面白ぇ!!」
リツカの横薙ぎを、拳圧で受け止める。魔王の欠片が行っていた手法だ。
「――っ―――」
正面からの力押しでは互角。刀を返し手首への一撃。しかし、勢いそのままの拳がリツカに迫る。後方へ大きくステップし、避ける。
「一度俺の拳を受けただけはあるな。範囲は織り込み済みって事か」
(斬り込んでも同じ結果が続くだけ、かな。いや……私の方が不利)
リツカが刀を持った右手の手首を気にしている。
(魔王との立会いを参考にしたけど、純粋な力はこっちが上)
耐久力にしてもマクゼルトが上だ。速力も、現状はリツカが追いついていっている。
(唯一は、技術)
二度の攻防で、リツカは技術で上回っている事を認識した。
(切り結べば結ぶ程、私が不利になる。少ない手数で、効果的な一撃を入れないと)
いつもとは違う。手数で押し、会心の一撃で締める。相手に反撃する隙すら許さない猛攻こそがリツカの真骨頂だ。しかし、マクゼルトはそれをさせてくれない。リツカの攻撃に平気な顔でカウンターをあわせてくる。
(どれも私の想像の範囲内。でも、威力が想定外かな)
すでに、リツカの肩口の服が擦り切れている。骨に異常はないけれど、違和感が少し蝕んでいる。
「ライゼは避けるのに精一杯だったってのになァ!」
「……っ」
マクゼルトは力と速度を上げ、リツカに襲い掛かる。
(小手調べなのは分かってた。決められなかったんだから、ここから……っ!)
リツカの”抱擁強化”も上がっていく。人の動きの限界を超えて、マクゼルトと打ち合う。刀と圧がぶつかる度に、周囲が変化していく。葉が散り、枝は折れ、落ち葉は舞い上がり、地面は抉れる。
木々が痛めつけられていく現状に、リツカは顔を顰める。しかしそれ以上に。
(もっと離れないと、アリスさん達の方まで……っ)
マクゼルトの拳圧に合わせ、じりじりと離れていく。一気に離れては、着地を狙われる。相手の方が速いのだから、慎重に退いて行く。
「周りを気にしとる様じゃ話になんねぇぞ」
(ライゼさんは私寄りだったけど、この人はレイメイさん寄り……正直煩い……っ!)
事ある毎に反応し、高揚を言葉で表現してくる。マクゼルトが嗤う様を、リツカは嫌悪する。
(心を揺らさない……っ)
リツカがリズム良くステップを踏み大きく離れる。緩急のついた動きに、マクゼルトが一瞬反撃の構えを取った。
(感情の揺れが、只でさえ短い戦闘時間を短くする……!)
相手のペースで動く事は、リツカにとって苦ではない。だけどそれはあくまで、相手の呼吸に合わせるという話だ。決して踊らされる訳ではない。それが、感情の揺れによって踊らされてしまう。リツカが今避けたいのは、それだった。
「一本取られたな」
カカカッと嗤うマクゼルトが、再びリツカへの攻撃を開始する。
(フック、アッパー、ストレート……どれも私の適当な部位に)
しかし、それで十分だ。当たれば終わるのだから。
(上手い事コンビネーションを織り交ぜてる。カウンター出来なくはないけど、拳の範囲が厄介)
反撃を織り交ぜながら戦った方が、相手の手数を削げる。しかしそうすれば、今以上の消耗を強いられてしまう。
(我慢勝負……!)
今の膠着状態に、音を上げた方が負ける。リツカもマクゼルトも、相手の小さい隙を逃さない。己の隙も作らないだけの技術を二人共持っている。そんな中でリツカが取れる手法は、マクゼルトのイラつきを狙う事だ。
(殺し合いをしたいと願ったマクゼルトにとって、今の私はイラつきの対象になる)
ただ避けるだけ。反撃する事も出来るはずなのに、まったくしない。そんなリツカにイラつけば、隙が出来る。
(一刀の下斬り捨てる。剣とは本来……一度振れば相手を死に追いやる武器)
一撃で沈める。リツカの瞳は、一切退いていなかった。