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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
42日目、故郷なのです
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『トぅリア』激闘⑧―④



 アリスさんの準備が終わったので、私達は船を降ります。


「この悪意は……!」

「うん。あの人が、居る」

「……っ急ぎましょう」


 アリスさんも緊張しています。場所は、向こう側の森です。村からは離れています。大丈夫、巻き込みません。




「……ッ」


 ウィンツェッツの歯軋りが聞こえる。


「……こんなに早く会えるとハ」

「まぁ、ここしかねぇだろ。なぁ? 共和国の魔女に――孫」


 石碑に腰掛、レティシア達を見ている男の名は――マクゼルト・レイメイ。ライゼルトの父で、魔王の幹部だ。


「ライゼの親だろうが、俺のジジイって事にはならねぇぞ」

「カカカッ! そりゃそうだ」


 膝に頬杖をつき、生意気な返答をしたウィンツェッツを嗤う。


「殺さないんですカ」

「あん?」

「あの時みたいニ」

「死にたかったんか?」

「冗談でしょウ。そんな人居ませんヨ」


 レティシアは慎重に言葉を選ぶ。長く会話する為に。

 今レティシアとウィンツェッツは捕らえられている。”風”で作られた檻。しかしその檻には、殺傷力がある。触れれば斬れる。この檻が閉じればスライスだ。


(何です。この魔法。切れ味がおかしいですね。ただの”風”じゃないんですか)


 逃げるにはまず、この檻をどうにかしなければいけない。


「ま。殺しても良かったんだがな」

「簡単に殺せたでしょうネ。私達は完全に裏をかかれたんですかラ」

「そういうこった。だがな、それじゃ足りんらしい」

「足りなイ?」

「絶望が、な」


 マクゼルトが纏うものに、ウィンツェッツとレティシアが警戒を最大にする。


「魔力か……?」

「いいエ、ただの殺気でス」

「……赤いのの物とは違ぇな」

「そりゃそうですヨ。リツカお姉さんがどんなに本気の殺気をぶつけようとモ、この人みたいに本気で殺そうとは思ってないんですかラ」


 純度が違う。と、レティシアは冷や汗を流す。


「あんさん等が死んでも、()()()()絶望する奴は居らんだろ」

「……」


 暗に、エルヴィエールやコルメンスの存在を仄めかすマクゼルトに、レティシアが歯噛みする。


「あの馬鹿……いや、魔王が()()見た感想を言いやがってな」


 明確な不機嫌さを隠そうとせずに、マクゼルトが会話を続ける。


「巫女共は絶望せんという結論に至ったらしい」

「それが何だってんだ」


 レティシアは気付く。マクゼルトがやろうとしている事に。


「赤の巫女は、あんさん等にとってどうだ」


 マクゼルトの問いに、二人は答えない。


「ま。答えんでも良いがな」

「……?」

「俺は最初っから、赤の巫女――ロクハナリツカ狙いだ」


 ギロリと、マクゼルトが睨む。しかしそれは、レティシア達のほうではない。船の方だ。


「邪魔されたくねぇから、あんさん等を捕らえただけだ」

「……邪魔ですカ」

「ま。すぐに解」


 石碑の上で嗤っているマクゼルトの背後から、白刃が襲い掛かる。場所は首。音も無く、マクゼルトの呼吸に合わせた最適な一撃。体が弛緩し、動けなくなる一瞬を狙っている。


「――っ」


 パンッと、空気が爆ぜる。首が宙に舞うはずだった。


「リツ――」

「危ねぇ危ねぇ」

「!?」


 自分達の後ろに突如現れたマクゼルトに、驚く二人


(赤いのと)

(同じ速度? いえ、でも……そんなはずは……!)


 明らかに、リツカより速いように見えた。二人は、冷や汗と共に戦慄を覚える。速度ではリツカの方が上。そう思っていたけれど、現実はこれだった。


(やっぱり、普通の人間じゃ出来ない動きをする)


 リツカが、マクゼルトを睨む。

 体から力が抜け切っていた。普通なら、逃げるにしても無様な姿を曝すしかなかったはず。しかし――。


「油断も隙もねぇ女だな」


 捕らえたウィンツェッツとレティシアの傍に移動したマクゼルトが、カカカッと嗤う。その位置は、どう頑張っても迂回しなけば到達できない場所だ。対峙してしまった以上、背後を取る事が難しい位置取りをしている。


「巫女も居るんだろ」

「……」


 リツカの後ろに、アルレスィアが現れる。


(反撃しようと思えば出来たはずなのに)

(何か話があるようですね)


 アルレスィアが魔力を練り始める。マクゼルトが時間を使ってくれるのなら好都合。【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を最大解放する為に、アルレスィアが集中する。


「ロクハナリツカ」

「……」


 隙を窺うリツカに、マクゼルトが話しかける。


「俺と一対一だ」

「……?」

 

 マクゼルトの言葉に、リツカは眉間に皺を寄せる。「何を言っているんだろう」と、訝しんでいる。一対一といわれて、はいそうですかと従うはずが無い。


「ま。これを見ろ」


 マクゼルトが石を持ち、ウィンツェッツの檻に投げつける。


「……っ」


 リツカはその檻が持つ破壊力を、既に理解していた。しかし、実際に見せられると強く実感してしまう。


(”風”だけじゃない?)

(”水”と”雷”が少量含まれています)


 石を見ると、斬られただけでなく少し焦げたような痕がある。


「触れたら最後、離れる事は出来ねぇ」

「確実に斬る、って事ですか」

「そういうこった」


 助けるにはあの檻が厄介だ。


(”拒絶”出来そう?)

(時間があれば、可能です。しかしそうなると……)


 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は使えないだろう。


(シーアさん達があの状態で、一対一の要求。人質だね。私が一対一をする振りをするから、その間に)

(……分かりました)


 その事は重々承知しているリツカだけど、二人がそのままだと一対一を受けなければいけない。切れ味を見せられたのだから、あれは確実な死を二人にもたらしてしまう。


「何が言いたいんですか」

「ハッ」


 マクゼルトが鼻で嗤う。


「あんさんが気付いてねぇはずがねぇだろ。さっさと決めろ。見殺しにするか、受けるかだ」

「……っ」


 時間稼ぎの為に会話しようとしたリツカ。しかしマクゼルトは今にも檻を閉じようとしている。


「良いでしょう」

「先に言っておくが、もし巫女が余計な事をしやがったら容赦なく殺す」


 リツカが前に出て、刀を構える。眉間に更に深く皺が刻み込まれる。


「こいつは俺が命令すればすぐに閉じる。巫女が”拒絶”するより先にな」

「……」


 やはり、今までの事は全部見られていた。アルレスィアが魔法を”拒絶”出来る事、相手の魔法に干渉し、効果を奪う事を。マクゼルトはそれを知っている。リツカ達の計画は破綻した。


「巫女が余計な事をせんかったら、何もしねぇ。お前が死ねばその限りじゃねぇがな」


 マクゼルトは、リツカが一対一を守る限りは自分も守ると言っている。アルレスィアが動けば、そこからは無差別となり、二人を確実に殺すとも。


「アリスさん」

「……リッカさまの戦いを見守れ、と?」

「絶対に死なない」

「……っ…………」


 アルレスィアが唇を少し噛む。何も出来ない自分が、許せないのだ。


(特に制限されている訳ではありません。”拒絶”する事も、共に戦う事も。マクゼルトより早く”拒絶”出来る可能性はあるのです。でも……その可能性よりも、リッカさまが戦った方が……っ! 今は……冷静に事を、見るしか……ありません。リッカさまが戦い出せば、マクゼルトが集中しなければいけない場面が絶対に来ます。そうなれば、”拒絶”する事も……。今は見るしか……見る、し、か……)


 瞳を揺らし、誰が見ても動揺していると分かるほどに、アルレスィアが震えている。その姿をレティシアも見ている。


(巫女さん、私達の事は気にせず……なんて、気軽にいえたらどんなに良いか)


 レティシアもまた、俯いてしまっている。アルレスィアに声をかけ、二人でやって欲しいと言いたい。しかし、それをすればレティシア達は確実に死ぬだろう。


 そうなった時、リツカは誰も責めない。自分を強く責める。共に戦ってしまったアルレスィアを責めれば楽になるのに、溜め込む。それをアルレスィアは誰よりも知っている。


(リツカお姉さんが絶対死なないと言ったのです。巫女さんはそれを信じるしかありません)


 だから動けない。動かないのではなく、動けないのだ。リツカを信じているアルレスィアが動く事は無い。いよいよリツカの命が消えかけない限りは、リツカの……皆を助けたいという想いを優先するだろう。


(戦っている間に、何か考えつかなければいけません。巫女さんが行動出来ない以上、私が)


 内側からこの檻を如何にかすれば、マクゼルトの考えは破綻する。檻を閉ざす前に抜け出せれば、勝機はある。


(絶対に壊れない自信があるんですね。実際、これの壊し方が分かりません。”風””水””雷”の複合。絡み合い、より強固な魔法になってます。これを壊すには、全てを解き霧散させるのが一番です。”風”と”水””雷”の二つに解く事が出来れば……しかし)


 それが、難しい。見た事のない魔法だ。レティシアであっても一朝一夕で解けない。


(巫女さんの”拒絶”で、無理やり剥がすのが一番です。でも、巫女さんの魔法が効果を発揮するより先に、閉じます)


 このまま、リツカの一対一を見なければいけないのかという焦りが、レティシアから思考力を削っていく。脳裏には、あの日のリツカが巡っている。


(何とか……何とか、しないといけません)


 何とかしなければいけない。そんな想いが更に思考を塗りつぶす。思考の迷路に、レティシアは入って行ってしまった。



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