『ゾぉリ』旅の再開
「……」
「どうするのかね」
「”巫女”方は良いと言ったが、本当にするのか」
「するに決まっている。そういう契約であろう」
船から叩き出された元老院達が話している。
「まさか”巫女”があのような選択をするとは」
「計算外だ。妹君を諦めると思っていたのだが」
「だが好都合。連合が望んでいたのは今の方であるぞ」
「”巫女”の名を貶めろ、であったか」
連合からの命令通りだという男。狙いは”巫女”にあったようだけど、残り二人は違う。
「しかしな……」
「”巫女”に楯突いて良いのか?」
「何がだね」
「あの”巫女”は今までとは違うのだぞ?」
「変わらんであろう。見たところ、後先考えぬ小娘二人だったではないか」
この場に”巫女”二人が居れば、後先考えていないのは元老院の方と言った事だろう。
「女王陛下の独裁をこれ以上許して良いはずがないのだ、連合だろうと利用すべきであろう」
この男は、エルヴィエールが独裁を敷いていると思っているようだ。エルヴィエールが発案した物は全て通っている。現国会は、エルヴィエールの言葉で動いているのは事実だ。しかし――。
「独裁と言うが、我々以外が純粋に認めているだけではないか」
「我々も気に入らぬと思っておるが、ここまでする程の事か?」
もう一人に聞こえないようにこそこそと二人が話している。エルヴィエールが独裁を敷いているという実体は無い。エルヴィエールが信頼されているにすぎないからだ。国民も、権力者も、元老院以外はエルヴィエールの言葉を深く考え賛同しているだけだ。
「すぐに連合の方に伝えねばな。行くぞ」
一人だけ、異常なまでに執着しているものが居るようだ。その他の者は、彼に言い含められただけにも見える。もはや道を逸れている事に気付くことなく邁進する男を、冷めた目で二人が見ている。
「一体いつからこうなった?」
「確か、妹君が国を発たれてからだったか」
「そうであったな。目障りな妹君が居なくなり、これ幸いと乗っかったが……」
「少々早まったやもしれぬ。このまま失敗に終われば、間違いなく首が飛ぶ」
「何をしている。早く行くぞ!」
「う、うむ」
二人が乗り気でない事を気にする事無く、男は一人歩き出す。
元老院達が次の計画に移る。レティシアを巡る、共和国と”巫女”の確執。これがどのような結末を迎えるのか。この時は誰も――神すらも分からない事であった。
「ところで、レイメイさんは何をしていたのですか」
「シーアさん一人にあんな決断を強いて」
明らかに追い詰められ、冷静さを欠いた決断をしようとしていました。そんなシーアさんを止めるためのレイメイさんだったのに、なぜか棒立ち。文句の一つくらい言いたくなります。
「いやお前ぇ、共和国語が分かねぇ俺に何を求めてんだよ」
レイメイさんは共和国語が分かりません。私と違って神さまのサポートがないので仕方のない事ですけど。アリスさんやシーアさんのように、他国の言葉をスラスラと使えるのはかなり……格好良いです。憧れです。私もそうなりたいと思っています。
……まずは、この国の言葉をスラスラと使えないとダメですけど。
「雰囲気で困っているのは分かっていたかと」
「しっかりしてください」
「本当、そうですよネ」
「お前ぇ……途中で翻訳を放棄しやがって……」
シーアさんもいつもの調子に戻ってくれました。かなり強引に、適当に引っ張ってきたので怒っていると思いましたけど、正解だったようです。
「つーか赤いのにだけは言われたくねぇんだが」
「シーアさんが困ってるのは分かったはずです。説明を求めるとかやりようはあったって話ですよ」
「リッカさまは、会話が分からずとも感情を読むことが可能ですので」
「お師匠さんも共和国語が分からなかったみたいですけド、ある程度は通じてましたヨ」
「例外共が……」
何の為の修行だと思っているのでしょう。同じ人なのですから、言語が変わろうとも感情は変わりません。何より、今日まで同じ船で旅した仲間相手ですよ。毎日じゃれ合っているのですから、他人よりは読めると思うのです。
「その例外にならないといけない人が何を言ってるんですか……」
「……」
「ぐうの音も出ないってこういうのを言うんですネ」
「勝てる見込みの無い戦いはするなと、リッカさまがいつも言っているじゃないですか」
「負けられねぇ戦いがあるとも言ってんだろが」
今がその戦いとは思えませんでした。
「まァ、私も巫女さんとリツカお姉さんには文句がありますけどネ」
「やっぱり?」
「一応お聞きします」
言いたい事はあるだろうなぁと思ってました。でも、訂正も撤回もしません。あれで良かったと胸を張れますから。
「感謝はしてまス。私だけだと出来ない選択でしたかラ」
「文句じゃねぇのかよ」
「まずは感謝しなければいけないでしょウ。私は助けられたんですヨ」
シーアさんは私達の事を考えてくれています。そんなシーアさんが、私達を貶めるのような選択を取れるはずがありません。
「だからといっテ、取って良い選択ではないですけどネ?」
「司祭系の人だったから」
「どちらにしろ結果は変わらなかったかと」
話し合いの余地すらありませんでした。始めて会った時の司祭と同じくらい会話にならなかったのです。あれならルイースヒぇンさんの方がずっと優しいですよ。
「お姉ちゃんへの報告しなければいけないのですけド、気が重いでス」
「言わなくても良いんじゃないかな?」
「それは難しいでしょうね。元老院の対処は必ず必要ですから」
「そういう事でス。あの人たちは絶対に許しませン。国に居られなくしまス」
魔法の腕前が世界一なシーアさんですけど、特筆すべきは、頭の回転が速いってとこだと思います。もしただの戦闘員として見ているのなら、元老院がわざわざ手を打つ事はなかったでしょう。放っておくと面倒になると思わせるだけの物を、シーアさんは持っています。
(敵に回しちゃいけない子なんだけど、元老院の考えが分からないなぁ)
私腹を肥やすだけなら、現状維持が一番だったと思います。何もしなければ、無能な元老院のままでいられたでしょう。しかし、反旗を翻したのです。もはや元老院という椅子どころか、共和国にいられません。
(裏で手引きをしている人間が居る?)
私達の邪魔ってだけで魔王と思ってしまうのは、もはや病気なのかもしれません。でも今回は、違う気がします。シーアさんを困らせ、陥れることが目的です。
私達にも被害が出るようにとは考えていたようですけど、こんな事で私達が揺らぐはずもなく。それを元老院が知っているとは思いませんけど。
(連合と手を結んでる、か)
その連合の目的が分からないです。最終的には、広大で資源の宝庫である王国を手に入れることなのでしょうけど……。
「まァ、あれでス」
「うん?」
「ありがとう、ございました」
少し照れた顔でフードを深く被りなおし、小声でお礼を言ったシーアさん。小声なのと共和国の言葉だったのは、私達に負い目があるからでしょう。お礼を言えばいいのか謝るべきか迷った結果、お礼を言ったといった感じです。
「お礼を言うのは私達だよ」
「いつも私達の為に矢面に立ち、庇ってくれていたじゃないですか」
「今回は私達の番だったって事で」
支えて支えられて。私達の関係はそれで良いのです。支えるだけが仲間ではありません。支えられる事に甘んじるだけの仲間など居ません。シーアさんがいつも私達を重んじて助けてくれる。だったら私達も、シーアさんの想いを守りましょう。”巫女”ではなく、巫女さんとリツカお姉さんとして。
「……困ったお姉さん達でス」
ふいと顔を逸らし、背を向けてしまいました。
「サボリさン。次の町まで早く行って下さイ」
「照れ隠ししてんじゃねぇよ」
「分かってても黙ってるのが男ってもんでス。アーデさんが怒りますヨ」
「アーデを出すんじゃねぇよ! ……ッてか痛ぇな!? 蹴るんじゃねぇ!」
この光景が、私達の旅にとっての日常です。守りましょう。まずはこの光景をずっと続けるために。